第15話 ホラー

 ホラーというとお化けとか幽霊とか呪いとかゾンビだの猟奇的な殺人と言ったものを思い浮べるような気がする。


 今日の帰り道。

 橋の上が虫でいっぱいだった。

 初めは暗くて気が付かなかった。

 車のフロントガラスに羽虫が2,3匹止まってきて目障りだな、ぐらいにしか思わなかった。

 信号で止まった時に車の内側にいるんじゃないかと思って一瞬、サイドウィンドウを開けて追い出そうとする。

 指先で弾こうとしたらガラスの向こう側だったので、なんだ。と思って窓を閉めた。


 そこから10mくらい進んで、信号で止まる。

 交差点から2番目の位置に停車して前方が見やすくなっていた。

 ひらひらと何かが舞っているなと思った。


 反対車線の車がヘッドライトで前を照らしている前に黒い粒が巻き上がるようにしてひらひらと舞っていた。


 横を車が通る度に煽られて列が乱れる。

 すぐにくるくるとした回転軸を取り戻して、またヘッドライトに照らされていた。


 「虫だ」


 今、フロントガラスの前に張り付いている虫がきっと目の前を舞っている。

 目を凝らしてみると至る所に虫がひらひらと舞っているのが見えた。

 そしてさっき、10m手前で窓を開けていた時、

 車の中に虫が入って来なくて本当に良かったと思った。


 気付くとサイドウィンドウにも虫が張り付いていた。

 窓を閉めるスイッチを持ち上げて、ちゃんと窓が閉まっているのを確認する。

 油断すれば虫が車の中を覆いつくすんじゃないかと思うくらい

 虫が舞っていた。


 事実、前方の視界はくるくると回る虫の竜巻で視界が悪くなっていた。

 周りの車はそれをもろともせずに突き進んでいく。

 きっと通る度に踏みつぶされて、飛ばされていく羽虫が何十、何百というるのだろう。


 そう考えると一刻も早くこの場を立ち去りたかった。

 スピードを出してフロントガラスに張り付いた虫を遠くに飛ばしてしまいたかった。

 それでも行く先々で虫は飛び交い、光のある所に群がっていた。


 昔、家の目の前で白い蛾の大量発生を見たことがある。

 真夏に、白い雪のようにひらひらと宙を舞っていた。

 床に倒れて寝転ぶものたち、道路で踏みつぶされて白い羽だけが舞っているもの。

 コンビニの灯りに誘われてコンビニの中も白い蛾が舞っていた。

 商品の棚にも、お弁当のふたにも白い羽がついていた。

 粘着質の防虫シートは羽で覆いつくされ、力なく動いているのか風で動かされているのか分からない、ほんの一部だけかすったがためにくっついてしまっているものも、白い羽だけがやけに目立っていた。


 店員は何事も無かったかのように仕事を続け

 店に入ってきた客も蝶を鬱陶しそうにしながらも買い物をしていく

 その姿が異様な空気に感じたが、自分も蝶を避けてビニールの袋に包まれた商品を手に取り会計を済ませていた。


 外灯に眼を向けるとそこにも白い塊が上下に動いている。

 一見するとそれは雪のような白さで、都会の雪のような濁った白で、そして不自然な雪だった。

 いずれは下に沈む雪。

 解けない雪。

 上下に往来する雪。


 蛾の大量発生は時々起こるものだという。

 それはちょっとした環境の変化だったり、たまたま捕食者がいなかったというような条件が重なって発生する。


 いつかまた大量の虫たちを見ることがあるだろうか?


 それは私にとって悪寒を感じるような体験になるだろうか?


 ヒッチコックの「鳥」のように、自然の根源的な恐怖を虫たちは教えてくれる。


 虫の知らせと言うように、虫の教えは自然の摂理の中に組み込まれているのかもしれない。

 あの時見た虫があなたにとってのターニングポイントなのか、ただのとるに足りない虫だったのか


 全身をつたい、這って耳元でささやくような微かな感触


 踏めばぐちゃりと潰れてしまうもろさなのに、どうして恐れるのだろうか

 それは数が気になるのか、あまりにも弱いせいなのか、毒を持っているものもいるからなのか?


 それは個人個人で違うだろう。

 ただ、虫があなたの生活基盤を支えている生命であることも確かで、それを排除することで虫のいい話になることは無いだろう。

 知恵を持った昆虫と共生するためにどうすれば良いのか?

 

 それとも虫に滅ぼされる道を歩むのか。

 それはこれからの話し合いにかかっていると感じていた。

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