私の玩具箱

山下愁

これが私の初夢か01

 ――ここは一体どこだろうか。


 気がつけば『私』はひたすら走っていた。

 空は瓦礫で塞がれて、鉄パイプが走る壁に沿って、ただなにかに追いつかれる恐怖から逃げている。肺が軋み、心臓の鼓動が早くなり、足が棒のようになっても、追いかけてくる『なにか』に追いつかれたくないからひたすら走る。走る。走る!

 どうしてこうなったのかよく分からない。

 どうしてこんな訳の分からない世界にきたのかも。

 現実世界で例えるならそこは地下鉄の駅構内のようで、だけど大幅に違う。道路標識は英語表記だし、ここは外国なのだろうか。

 すると、背後の方でガン!! という耳障りな音が響いた。どきりと私の心臓が跳ねる。壁を覆い尽くすかのように張り巡らされた鉄パイプの一本が外れて、地面に落ちた。

 悲鳴を上げる暇もない。一刻も早く逃げなければ。


「おーい、あーぶねーぞー」


 その時、私の耳に飄々とした掴みどころのない声が聞こえてきた。

 誰だろうと疑問に思うよりも先に、背後で銃声と断末魔が聞こえてくる。足をもつれさせながらも壁に手をついて立ち止まると、狭い通路いっぱいに獣のようなものが塞いでいた。私を追いかけていた恐怖の正体だ。

 そして、それと対峙している女の人が一人。

 銀色の髪に厳しい重火器を握りしめて、生暖かい風に外套の裾を靡かせる。コンクリートを踏みしめるブーツは頑丈そうで、靴底の方が赤いもので汚れていた。あれはきっと、血だろう。

「なんつーモンに追いかけられてんだ、お嬢ちゃん」

 女の人は振り向きもせずに、そんなことを言う。飄々とした口調は男のようで、しかし言葉を成す声は鈴の音を鳴らしたかのよう。ちぐはぐな印象を受ける女の人だ。

「ぐるる……」

「おっと、まだ生きてやがったか」

 女の人が相手をしていた獣が、のっそりと伏せていた上体を起こした。額からは鮮血を流し、血走ったガラス玉のような目で私を睨みつけている。まるで親の仇でも見るかのような、そんな恐ろしさがあった。

 やれやれと女の人が肩を竦めて、小さく「こりゃ相当強い怨念を持ってやがるな」と呟く。その意味を、私は理解できなかった。

「仕方ねえ。こいつをやると道が塞がれるから嫌なんだけどなァ」

 そう言って、女の人が外套の内側から取り出したものは手榴弾だった。そんな危ないものを平然と持ち歩いていた彼女に、私はある種の恐怖を感じた。

 ピンを外した女の人は、唸り声を上げる獣めがけて手榴弾を放る。

 放物線を描く手榴弾に背を向けて、女の人は陸上選手さながらの速度で私の方に駆け寄って、ひょいと私の体を担いでしまう。一体どこにそんな力が出るのか。火事場の馬鹿力という奴なのか。

「逃げるぞ。崩壊する!!」

「崩壊!?」

「爆薬投げたからな!!」

 直後、ボカーン!! という爆発音が私の鼓膜を突き刺して、獣の悲鳴がこだました。

 手榴弾の爆発によって私が獣から逃げていた道は崩落し、使えるような状態ではなくなってしまった。



「災難だったなァ、本当」

「危ないところを助けていただき、ありがとうございます……」

 私は助けてくれた女の人にお礼を言った。

 女の人は「いいって、礼を言われるような働きじゃねえし」と謙遜する。それでも命を助けてくれたことは事実だ。女の人なのに、あんな怖い獣と対峙して怖くないなんて凄いと思う。

「えっと、あの……お名前を伺っても……?」

「ん、俺はユーリってんだ。まああだ名みたいなモンだな、俺の本名が長いからそう呼ばれてる」

 にへら、と快活そうに笑う女の人――ユーリさんにつられて、私も笑ってしまった。

「結局、私を追いかけていたあれはなんなんでしょうか」

「あん? 知りたい?」

「知りたいような、知りたくないような……」

「知らない方がいいぜ。世の中には知らない方がいいこともある」

 ユーリさんがそんなことを言うので、私は「そうなんですね」とだけ返した。これ以上、この話題はやめておこう。本当に嫌な予感しかしない。

「お嬢ちゃんはどっかから迷い込んできたのか」

「えっと、多分……?」

「じゃあ出口まで案内してやるよ。この先がそうだし」

 先ほどと同じような瓦礫に塞がれた空とパイプが覆う壁の道の先に、本当に出口があるのか。私は少し信用できなかったが、ユーリさんが言うんだから間違いないだろう。

「お嬢ちゃん」

「なんでしょう」

「は、はあ……」

 ユーリさんの言葉は難しい。私の理解力がないのだろうか。

 すると、薄暗い道を照らすように強烈な光が私の網膜を突き刺した。眩しくて顔を顰めてしまうが、ポンと私の背中をユーリさんが押してくれる。

「ほら、行ってこい。じゃあな、また出会うことがないように」

「本当にありがとうございました」

 もう一度、私はお礼を言った。

 ユーリさんはひらひらと手を振って、私をまで見送ってくれた。











「殺されて死んだ女を助けてやるなど、貴様は優しいのだな」

「あの子はまだ死んでねえよ。まあ、どのみち助かるのは一時的なモンだ」

「なら、何故助けてやる。性格が悪いぞ」

「俺は性格いい方だろ?だってわざわざ忠告してやるんだぜ、次はねえぞって。事故やら老衰やらで死んだだけならまだしも、誰かに恨みを持って殺されたら――」



 ――キキィ、ドン!!



「ああやって、トドメを刺されるからな」

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