第157話 焼きさつま揚げ

「ほう・・・んふふ、それもいいんじゃない?」

 人の世に流行廃はやりすたりがあるように、一個人の中にも「ブーム」といったものは存在する。

「・・・ん?ぅん。ならアレもやってみるか。」

 目下私のブームは、さつま揚げ。

「よ~し、今日はこんな感じでやるか。」

 便宜上「さつま揚げ」と呼んではいるが、魚のすり身の他におからも結構入っているので、本場のモノとは違うどころかのような表情も持っている。

「ホイッ、と。ふふ~ん。」

 タネを小判型に整えるのもだんだん慣れてきた。次々と油に入れると、ジュワ~っと音を立てながら浮かんでくる。

「んふふ、我ながら物好きよねぇ。」

 今日はトウモロコシとアスパラガス。具材を変えるだけで表情を様々に変えてくれるのが、さつま揚げの面白さなのよね。


「へ~、アスパラガス美味しい~。」

 舌鼓を打つのはイズミさん。

「ね、結構イケるわよね。」

「うん、食感も面白いし。」

 細かく切ったり、細長く切ったり、斜めに切ったり・・・と色々に切り方を変えたのを入れた。切り方ひとつで食感や味わいが変わるがアスパラガスの面白さ。

「その穂先の方より下の方の方が合ってる気がするけど・・・どう?」

「ん~・・・ぅん、たしかに。歯ごたえのあるところの方が美味しいかも・・・あ、ならさぁ、ブロッコリーの芯とかでもイケそうじゃない?」

「あ~・・・んふふ、お願いします。」

「あ、ははっ、分かった。今度持ってくる。」

 香ばしい匂いが漂ってきた。

「ん・・・これは?」

「ふふ~ん、焼きもろこしっ。」

「へ?」

「ふふふ。これねぇ、トウモロコシを入れたのも作ったんだけど・・・う~ん、ちょっといまいち主張が足りない気がしてね。それで『なら、醤油つけて焼いちゃえ』って。ちょうど九州の甘い醤油があるし、って。」

「え~、そんなん絶対美味しいじゃぁん。」

「んふふ、もうちょっと待ってねぇ。」

 少々焦げるくらいが美味しい・・・はず。

「あぁ、それでさぁヨーコさん。」

「ん?」

「例の『キャベツ祭り』の件なんだけどさぁ。」

「あ~、うんうん。」

「なんかさぁ・・・思ったより大事おおごとになりそう。」

「え、そうなの?」

「うん。なんかねぇ、仮設のステージ作ってカントリーミュージックのバンド呼んで・・・とか言い出しちゃってる。」

「へ~、すごいじゃないっ。」

「そうなんだけどさぁ、なんか・・・だんだん不安になってきちゃって。私らでそれ運営できる?って。」

「ふふふ、みんなでやってればなんとかなるわよ・・・お、そろそろ良いかなぁ。」

 醤油の焼ける匂いって、なんであんなにも食欲をそそるのかしら。

「はぁ~い、焼きもろこしね~。」

「かっこ笑い?」

「ふふふ、ほら(笑)こうやって書くのがあるでしょ?アレアレ。」

「あ~、アレね。ふふ~ん、じゃ、いただきます。」

 こうして焼いてみると、焼く前にはあまり感じなかったトウモロコシがしっかりと主張してくるから不思議。おかげでしっかり焼きもろこしの香りがしている。

「ん~~っ、夏祭り~っ。」

 イズミさんのこういう表現が、ちょっと独特で面白い。

「ははは、美味しい?」

「ぅんっ、もう最高。ちゃんと焼きもろこし。で、魚の旨味もちゃんとある。美味しいコレ~。」

「んふふ、やった、大成功。」

「ねぇねぇねぇ、コレさぁ、お祭りのとき持ってきてよ。串に刺さして焼いたら絶対売れるって。」

「あぁっ、良いかも。焼きそばよりそっちの方が・・・?」

「あ、いや、焼きそばもやって。いろいろ手配してるから。大きい鉄板とか、ガスコンロのでかいヤツとか・・・それに、私が食べたいからっ。」

「あ、んふふ、分かった。」

「ふひひ、楽しみなんだから、私。」

「ふふ。じゃぁ、特別なソースでも作ろうかなぁ。たっぷりのキャベツに負けないのをね。」

「お、お~ぉっ、それ楽しみ~っ。早くお祭り来ないかなぁ~。」

「んふ、その前に試作を作るけど・・・。」

「来るっっ。いつ?いつやる?」

「んはは、そうだなぁ・・・。」

 なんだかだんだんイズミさんとしてるような気になってきちゃった。


 単調に感じる日々も、ほんのちょっとした事がきっかけで彩りある日々に変わったりする。本当に「ほんのちょっとしたこと」で。例えば「家にハンカチ忘れてきた」とか、「いつもの牛乳売り切れてた」とか、「定食屋で相席した」とかね。きっとそんな事ってどこにでもあって、遭遇するのを待っているんだと思う。


「ほう、今日は串焼きかい?ん、ん・・・さつま揚げ?」

 棟梁の晩酌。酒のアテはだいたい任せてくれている。

「えぇ、さっきイズミさんが来てねぇ『串に刺して焼いたら絶対売れるって』なんて言うから、ちょっとやってみたのよ。」

「へぇ、あの子も面白いこと考えるねぇ。」

「えぇ、楽しい人ですよね。」

「あぁ。ん~、どれどれ・・・ん、ぅん、トウモロコシ?」

「えぇ。甘い醤油を塗って焼きもろこしにね。」

「あ~、なるほどねぇ。いいねぇいいねぇ、『夏祭り』って感じだよ。」

「へっ?それ、イズミさんも同じようなこと言ってた。」

「あ~・・・だよ。焼きもろこしと言えば祭りの屋台だもん。」

「そう、なの?」

「違う?」

「あんまりイメージ無いなぁ・・・かき氷とか、綿菓子とか?」

「へぇ、地域によるんかねぇ?」

「ん~・・・かなぁ?」

「じゃぁ、逆に焼きもろこしったら何になるん?」

「ん・・・スナック菓子?」

「あ~・・・そんなのもあったねぇ。」

「まぁどっちにしても、あんまり出会う機会無かったなぁ・・・。」

「あ~、そう言われると・・・夏祭り以外のイメージ無いなぁ・・・。」

「普段・・・何してるのかしら。」

「普段?」

「えぇ。シーズンオフ。」

「あぁ・・・ん、ん?なんの話?」

「え、あ・・・ふふっ。ねぇ。」

 本当に、一体なんの話をしてるんでしょう?

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