第47話 スズキ スズキ スズキ

「こんにちは~。」

 と、静かに入って来たのは先生。

「あぁ先生、いらっしゃい。いつもの?」

「えぇ、お願いします。」

 決まってアジフライ定食。

「ふふ・・・それにしても先生、毎日同じで良く飽きませんねぇ。」

「え?えぇ・・・まぁ、これが好きでここに住んでるようなもんですからねぇ。体が受け付けなくなるまでは、毎日食べてやろうと思ってるんです。」

「あらぁ、そんなに好きなんですか?」

「えぇえぇ。特にこの辺のアジは最高ですからねぇ。」

 確かに身も厚く脂ものっている。さばいていて感心するくらい。

「こんなに愛してもらえるなら・・・ふふっ、魚たちも本望ね。」

「え・・・『本望』ですか?」

「え、えぇ。どうせなら美味しく食べてもらいたいじゃない?」

「そう・・・で、しょうか?」

「あれ?それとも『人間になんか食われたくねぇ』ですか?」

「えぇ・・・たぶん、そっちじゃないかなぁと。」

「へぇ?そうですかねぇ。」

「はい・・・たぶん。」


 揚げるのにそんなに時間はかからない。

「はぁ~い先生、出来ましたよ~。はいっ『スズキ目スズキ亜目アジ科マアジ属のフライ』ねぇ。」

「はぃ?スズキ・・・もく・・・ん?」

「はははっ。『スズキ目スズキ亜目アジ科マアジ属』ね。」

「え・・・っと、なんですか?」

「ふふふっ。こないだねぇ、鈴木ちゃんにお魚の本借りてきてね。えぇ。で、いろいろ見てたら・・・先生知ってました?普段食べてる魚の多くが『スズキ目』なんですよ。私、なんか可笑しくなってきちゃって『コレもスズキ?コレもっ?』って。」

 借りてきた本を手に、あの興奮を思い出す。

「そうなん、ですね・・・。」

「えぇっ。だってカツオもマグロもサバもカサゴもスズキの仲間なんですよ。」

「え、えぇ・・・。」

「面白いのがねぇ・・・ちょっと待って、メモとったのよ・・・あ、これ。例えばカツオ・・・『スズキ目サバ亜目サバ科カツオ属』。」

「えっ、サバ?」

「そうっ、カツオってサバの仲間なのよっ。ねっ。マグロもよ、え~クロマグロね・・・『スズキ目サバ亜目サバ科マグロ属』。どう?可笑しいでしょ?」

「えぇ。ってことは、カツオとマグロの上にサバがいて、さらにその上にスズキがいるってことですか?」

「そうそう、そういう事みたいなのよ。ちなみにサバは、と言うと『スズキ目サバ亜目サバ科サバ属』って。これマサバね。」

「へぇ・・・なんだか『スズキ一大勢力』って感じですねぇ。」

「そうなんですよ。でもねぇ、その割にスズキの『格』が低いのが・・・なんか、可愛そうな気がするのよねぇ。」

「あぁ、そう言われると・・・そんな気がしますねぇ。」

「ねぇ、美味しいのに・・・でね。見てて面白いのが、名前と違うヤツがいたりするの。」

「名前と違う・・・?」

「えぇ。名前に『サメ』って付くのにサメの仲間じゃ無かったり、『エイ』って付くのに実はサメの仲間だったり。」

「なんだか、ややこしいですね。」

「そうなんです。も~だからねぇ、これ作った人本当に凄いと思う。」

 本をパラパラとめくりながら、作者の労力に思いを馳せる。

「あぁ、そうそう。これなんかも・・・見て、コバンザメも『スズキ目』。」

「あらぁ、どう見てもサメですけどねぇ。」

「ねぇ、そうですよねぇ。」

「えぇ・・・え、ってことは、コバンザメも美味しいんですかね?」

「あぁ、どうなんでしょう・・・一度食べてみたいわねぇ。」

 美味しい魚の多くが『スズキ目』なら、『スズキ目』の魚は大体美味しいんじゃないかという推測。「花より団子」な性格の自分を、再認識。

 と、そこに鈴木ちゃんが何やら荷物を抱えてやって来た。

「あぁ、鈴木ちゃ・・・なに、どうしたのその荷物。」

「これ、ですねぇ・・・あぁ、先生もいらしてましたか・・・よいしょっと。」

 カウンターにドンっと置いて、中から一つ取り出した。

「ん・・・帽子?」

「え、えぇ。あの・・・船の保険屋さんがねぇ、毎年持ってきてくれるんですよ。」

「へぇ・・・えっ?これ全部そう?」

 保険屋さんのロゴの入ったベースボールキャップ。パッと見た感じ30はある。

「えぇ。これと同じのがまだもうひとつあるんですけど・・・毎年こんだけ持ってきてくれるんで、こうして配って回ってるんですよ。えぇ。なんで、ヨーコさんにも一つと思いまして・・・。」

「キャップ・・・ねぇ。」

「あ~、今年は紺にしたんですねぇ。」

「えぇ、去年は謎のピンクでしたからねぇ・・・。あぁ、もちろん先生もお一つどうぞ。」

「うん、ありがとう。いや、ヨーコさんコレが・・・最初は『へ?』って思ったんですけど、なかなかどうしてだんだん楽しみになってきましてね。『今年はこう来たかぁ』って。今じゃすっかりコレクションですよ。」

 嬉しそうにかぶって見せる先生。

「キャップかぁ・・・。」

「・・・ヨーコさん?」

「私ねぇ・・・キャップは、似合わないのよねぇ・・・。」

 渋る私に、

「まぁそう言わずに、かぶってみてくださいよ。」

 促す鈴木ちゃん。

「え・・・う、うん。絶対、似合わないわよ?」

 断りにくい雰囲気に、取り敢えずかぶってみる。

「ん・・・。」

「あぁ・・・。」

 と、黙る二人。

「・・・ちょっと?何とか言ってよ。」

「あ・・・はい。」

「です・・・ね。」

「ね。だから似合わないって言ったでしょ。も~、せめて笑ってくれればスッキリするのに。」

「あ・・・アハハハ・・・。」

「鈴木ちゃん。愛想笑いならいらないわよ。」

「プっ・・・。」

 そのやり取りに、先生が思わず吹き出す。

「も~、先生まで・・・。」

「あぁ、すいません・・・ふふ。」

「まぁでも、ヨーコさん。釣りをするときにでもかぶってもらって、ねぇ。こっちには使い切れないくらいあるんですから。」

「う~ん、そうねぇ・・・。」

 確かに、日よけにはなりそうだけど・・・。

「じゃぁ、僕はこれで。他にも回らなきゃなので。」

 そう言うと帽子の束を抱えて、

「あぁ、ヨーコさん。あとで去年のピンクのも持ってきますね。」

 鈴木ちゃんは出て行った。

「いやぁ、だからいらない・・・って、もう。鈴木ちゃぁん。」

「ふふふ・・・でもねぇ、ヨーコさん・・・。」

「ん?」

「かぶっていたら、きっと似合ってきますよ。」

「え~っ?そうかしら。」

 にわかには信じがたい。


 しばらくして、鈴木ちゃんが本当に去年の「謎のピンク色」を持ってきた。

「・・・ちょっとっ?何とか言ってってば。」



※今回のお話では、ぼうずコンニャクさんの「市場魚貝類図鑑」を参考にさせていただきました。学術的な分類だけではなく、美味しい食べ方なども載っているのでそちらも覗いてみてください。(https://www.zukan-bouz.com)

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