第39話 何もない朝
「おっ、出てきた出てきた。」
水平線の向こうからゆっくりと昇る、真っ赤な朝日を見ている。
「ふふっ、今日も私の勝ちね。」
日の出より早く起きるのが快感になったのは、いつからだろう。
「ヨーコさん、おはようございます。」
「あら明音さん、今日は早いのねぇ。」
「はい。私も早く港の時間に慣れないふぉ・・・。」
あくび混じりにしゃべる明音さんが、なんとも愛らしい。ちょっと寝ぐせ。
「ふふっ。」
「ふぁ・・・ん、早く港の時間に慣れないとと思いましてね。ふふふ。」
こんな姿を、鈴木ちゃんは毎日見ているのか。羨ましい。
「あんまり無理は良くないわよ。」
「えぇ、大丈夫です・・・今のところ。」
「ふふっ、少しずつね。」
「はい。うふふ。」
二人並んで、昇ってゆく朝日を見ている。その朝日に挑むように、船が出てゆく。
「きれいですね・・・。」
真っ赤な朝日が海面に映り、きらきらと輝いている。
「ヨーコさんは、毎朝この景色を見ていたんですね。」
「え、えぇ・・・ふふっ。まぁ、晴れてればね。」
「へ・・・?あ、あぁそうですよねっ。ふふっ。」
「でもまぁ・・・こうやってね、漁師たちが出てくのを見てると『今日も頑張んなきゃ』って、元気が出るわよね。」
「ふふふっ、ヨーコさんって・・・すっかり『港のお母さん』ですね。」
「え?お、『お母さん』って・・・わ、私まだそんな年じゃないわよ?」
「えぇえぇ、わかってます・・・ふふっ、でもやっぱり・・・うん、『お母さん』です。」
「え~、せめて『お姉さん』にしてぇ。」
「ふふふっ。」
「ふふ・・・もう。」
もう、ホントに可愛いんだから・・・。
「おっはよう、お二人さんっ。」
うしろから大きな声。
「あら、素子さん。」
「おはようございます。」
「なになに~、二人で肩並べて何話してたの~?」
「いや、なに・・・って、ほらぁ『鈴木ちゃんと別れて私の嫁になれ』って話を・・・。」
「え?えぇ・・・そ、『そんなヨーコさんいけませんわ~』って、話を・・・。」
「ふっ、はっはっはっ・・・ふふ、もう二人ともすっかり仲良しさんね・・・ふはは。」
大きく豪快な笑い声。『港のお母さん』は素子さんだと思う。
「いやぁねぇ、二人が肩並べて話してるの見てたらさぁ。なんか、フミちゃんが来た頃のこと思い出してさぁ。よくこうして、二人で朝日を見てたなぁって。」
「へぇ、そうだったんですねぇ。」
「フミさんも・・・よそから来た方でしたっけ。」
「そうそう。タケ坊んとこにお嫁に来て『朝早いの大変だわ~』なんて言いながらね、こうやって朝日見ながらそんな話をよくしてたなぁって。」
お二人の若い頃の話、そういえばちゃんと聞いてなかったなぁ。
「でね、そうしてると決まってヨーコさん・・・先代のヨーコさんがね『よぉお二人さん、おはよ~!』なんて声かけてくれてね。」
「へぇ~。」
「あの・・・今の素子さんみたいに?」
「うん、そうそう。そうしちゃ三人で旦那の愚痴言ったりなんだりしてさ、まぁ今で言うとこの『女子会』みたいな感じ?」
そうやって人の輪が絆になっていくのね。
「ん~っ、だからさぁ。二人の姿見てたら、あの頃のこと思い出しちゃってねぇ。」
「その頃の話、もっと聞きたいなぁ。」
「あ、えぇ私も。是非聞かせてください。」
「ふふっ、いいわよ・・・あ、でもフミちゃんが一緒の時にしましょ。ね。」
「あぁ、そうですね。」
「ふふ、楽しみにしてますね。」
「うん。あぁそれはそうと、鈴木ちゃんはもう仕事?」
「えぇ、もういつもの机に座ってると思います。」
結婚と共に港に移り住んだ鈴木ちゃん。バイクでの通勤時間が無くなった分、以前に増してワーカホリックになった感じがする。
「ん~まぁ。仕事仕事も良いけどさぁ、もっと明音さんのこと可愛がってあげて欲しいわよねぇ。」
「は?あ、いぇ・・・あの、夜はゆっくりできていますので・・・。」
「でもさぁ、朝がこれだけ早いんだから夜は短いでしょう?」
「えぇ、いやぁ、でも・・・むふ、はい。ちゃんと、可愛がってもらえてますよ。ふふふっ。」
明音さん、その笑みは・・・?
「ふ~ん、それならいいんだけど・・・ねっ。」
「うふふ、はいっ。」
私、なんだか肩身が狭い。
「さて、そろそろ二人のお弁当考えなきゃ。」
「あぁ、すいませんお世話になりっぱなしで。ホントならもう私自分でやらなきゃいけないのに・・・。」
「ううん、いいのよ。結構楽しんじゃってるから。」
「あ、じゃぁ今日私が作ってやろっか?」
「え、素子さんの・・・あの大きなおにぎり?」
「あら、ダメかしら?」
「いいんじゃない?会社持ってって自慢してあげなよ。『へへ~、いいだろ~』って。」
「あはっ、それ良いですねぇ。では、お願いしてしまっても良いですか?」
「うん、任せてっ・・・あ、おかずはヨーコちゃんにお願いしてね。」
「あ、はい。」
「ふふ、じゃぁ今日は合作ね。」
「はい、有難くいただきます。ふふ、はぁ~私お二人に教わることいっぱいあるなぁ・・・。」
「ふふふ、この『お姉さん』で良ければ、いつでも力になるわよ~。」
「なにヨーコちゃん。今日はやけに『お姉さん』に力入れるわねぇ。」
「だ、だって・・・き、聞いてくださいよ素子さん。明音さんったら私のこと『港のお母さん』とか言うんですよぉ。私はまだそんな年じゃないって言ってるに・・・」
何もない、静かな朝。『ハマ屋』の前の、いつもの風景。風が吹く日も、雨が降る日もあるけれど、一日一日をみんなしっかり生きています。そうしてこの町に、また新たな陽が昇るのです。
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