第16話 洋子

 ケーキの真ん中に立てられたメッセージプレートに、

『ハッピーバースデー ヒロコさん』

 とあった。


「・・・ぇ、えっ・・・えぇ~っ!?」

 するとタイミングよく先生が、

「はいっというわけで、本日は『ヨーコさん』こと『小川ヒロコ』さんの、さんじゅうん~回目の誕生日ですっ。みなさん拍手~。」

 みんなの盛り上がりと同時に、いろんな感情が湧いてきた。

 祝ってもらえる喜びと、分かっていてもされるサプライズの心地良さ、それと・・・。

 わずかな「怒り」。


「待って、ちょ、ちょっと待って~っ!」

 一同を静めてから、

「ねぇいつから?いつから知ってたの?私が『ヨーコ』じゃなくてホントは『ヒロコ』だって、いつから知ってたの?」

 鈴木ちゃんの方を見る。

「い、いやぁ~あの、これは~・・・。」

 言い訳をさせる間も与えず、

「それと先生っ。あなたも役者ね~、全部分かっててとぼけてたんだから。」

「いやぁ~、それはヨーコさんだってお互い様ですよぉ。」

 バレてたかぁ。

「それに先生、さっき『さんじゅうん~回目の・・・』って濁してくれたけど、ここに思いっきり『35』って入ってますからね。」

「あらま、それは気づきませんで・・・。」

「で?みんな、いつから知ってたの?」

「あのぉ~・・・それにはいろいろありまして・・・。」


 鈴木ちゃんがこれまでの経緯を順序立てて説明してくれた。

 自分の「はやとちり」が発端であること、それがそのまま広まってしまったこと、そもそもちゃんと自己紹介をする機会を設けなかったこと・・・などなど。


「ふ~ん・・・」

 わざと意地悪っぽく、

「で、つい最近になってそれが分かって、『誕生日も近いことだし、乗っけてしまえ。』ってことになった訳だ。」

「・・・ぇ、えぇまぁそんなところです・・・。」

 小柄な鈴木ちゃんがますます小さく見える。

「で?みんなはこれからどうするの?」

 店内をゆっくり見渡し、自己紹介でもするような気分で、

「・・・これからは『ヒロコ』って呼んでくれますか?」

 穏やかに訊いてみる。


 静まる店内。

 潮騒が聞こえる。


 すると、ず~っと黙っていた源ちゃんが口を開いた。

「・・・ぃやっ、やっぱり『ヨーコ』だよ。」

 ・・・え?

「はぁ~!?あんたここまでの話聞いてたぁ?ねぇ、鈴木ちゃんの読み間違えが原因でみんなが『ヨーコ』って呼んでるだけで、私の名前は『ヒロコ』っ!生まれてこの方ず~っと『ヒロコ』で生きてきたんだからぁ。」

「いやぁでもぉ・・・」

 改めて私の方をじっくり見て、

「・・・やっぱり、どう見ても『ヨーコ』だよなぁ。みんなはどう思う?」

 この日『ハマ屋』に集まった見慣れた顔が、皆口々に同意を示している。

「それに・・・ぃ、今更『ヒロコさん』って呼ぶの、恥ずかしいし・・・。」

「もぉ~、美冴ちゃんまで~。」

 棟梁も、

「そうだよ、やっぱり『ハマ屋』には『ヨーコちゃん』が必要なんだよ。」

 と、分かったような分かんないような事を言うから、店内が『ヨーコ』コールであふれてしまった。

「もぉ・・・みんな・・・。」


 みんなの満面の笑顔が私を見ている。

 とても愛おしい、穏やかな人たち。


「・・・分かりましたっ。」

 改めて静めてから、

「これからも『ハマ屋のヨーコ』で頑張りますっ。」

 ひと際大きな歓声が上がる。

「それと・・・みんな、ありがと。」

 この言葉は歓声にかき消されて届かなかったかもしれないが、気持ちはきっと伝わっていると思う。

 雫港に来てからの日々を振り返っていた。

 職安で見つけた求人から引き込まれるように『ハマ屋』の主人になり、バタバタと慌ただしくも心地良い時間の中で、すっかり「港の一員」になれた気がする。

 ある日訪れた見知らぬ女性を、快く受け入れてくれたみんなの包容力とおおらかさ。

 きっと、いつか「ここが私の故郷です」と言える日が来るのだろう。

 そんな気分になっている。


 残り3分の1程になったケーキを見ていて、ふと気になった。

「ねぇ、鈴木ちゃん。」

「え、なんです?」

「このケーキ、高ったでしょ?」

「えぇ、ちょっと頑張っちゃいました・・・って、値段のことはいいじゃないですか。」

「ねぇ、まさか私の給料から天引きってことはないわよねぇ。」

「そっ、そんなことする訳ないじゃないですか。ちゃんと僕の財布から出してますよ。」

「ホント?それなら良かったぁ。ねぇ、みんな聞いた?今日は鈴木ちゃんの奢りだよ~。」

「え?え~っ!なんでそうなるんですぅ?」

「私を『ヨーコ』にした穴埋めはしてもらいますからね。」

「う・・・うぅ~・・・こ、今回だけですよぉ・・・。」

「よし、そう来なくっちゃ!」

 他人の金で飲む酒はよほど旨いのか、いつになくみんなの酒がすすんだ。

 ただ、どんなに盛り上がっても日没には「お開き」にするがこの港の習慣。

 この日もキレイに散会となった。


 店内の掃除を終え外に出ると、満天の星空が迎えてくれた。

 雫港は都会からそんなに離れてないのに、星がきれいに見える。

「この星空をエサに人を呼べないかなぁ・・・。」

 なんて考えてしまうのは、鈴木ちゃんの悪い癖がうつってしまったのだろうか。

「ヨーコちゃんっ。」

 振り向くと素子さんが、

「ほいっ差し入れ~。晩御飯まだなんでしょ?」

 おにぎりを持ってきてくれた。

「まぁ、すいません、ありがとうございます。」

「今日のはねぇ、美冴が握ったのよぉ。」

「へぇ、美冴ちゃんが・・・。」

 言われてみると幾分小ぶりな気がする。

「では後で堪能させていただきます。」

 すると突然素子さんが空を指し、

「見てヨーコちゃん。あのひと際大きく輝く星が・・・」

 たっぷりタメて・・・

「・・・あれが、『巨人の星』よ。」

「へ?も、素子さん?」

「あはははっ、ごめんヨーコちゃん。あたし、あたしねぇあの人にこうやって口説かれたのよぉ。」

「えぇっ!?船長そんなこと言ったんですかぁ?」

「そう、あんな真顔でこんなこと言うもんだから、思わず好きになっちゃった。」

 意外な馴れ初めを聞いてしまった、そして今でも仲良しな夫婦。

「ねぇ、だから・・・、ヨーコちゃんにも『イイ人』あらわれるわよ。」

「えぇ、だといいんですけど・・・。」

「ほらぁ、そんなしんみりした顔してると、来る人も来ないわよ~。ほら笑って笑って~。」

「は、はいぃ。」

 無理やり大きな笑顔を作って見せると、

「ほぉら、笑顔のヨーコちゃんが一番カワイイっ!」

「へっ!?」

 面と向かって「カワイイ」なんて言われ慣れてないから、固まってしまった。

「さってと、明日も早いからもう寝ましょ、じゃぁお休み~。」

 大きな手を大きく振って素子さんが帰っていった。

「お休みなさい。」

 あの背中がとても頼もしい。

「はぁ、『イイ人』ねぇ・・・。」


 下手なドラマなら、ここで満天の星空に流れ星が流れて、お願いなんかしたりするんだろうけど。

「・・・そんな都合良くいかないわよねぇ。」

 その人も、どこかでこの空を見上げているのかしら。

 ああ、運命の人よ。

 私は、今日も『ハマ屋』にいますよ。


 ・・・って、なんだか乙女チックな少女漫画みたいになってしまった。

「あ~、恥ずかし・・・ご飯にしよっ。」

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