3
昼休みに図書室へ行ってみた。
津川先輩に会うためではなく、別の三年生に会うためだ。
一階の図書カウンターに行くと、ちょうど三年生の当番の人が図書の貸出手続きを行っていた。手続きを終えた生徒が本を持ってカウンターを離れて行く。それを見計らって近づくと、向こうがこちらに気がつく。
「今日の昼は、お前が当番じゃないよな?」
坊主頭の日焼けした顔の男が聞く。本よりも白球と太陽が似合いそうな見た目だと思った。
「ええ、違います。少し聞きたいことがあって来ました」
「聞きたいことって?」
「津川先輩のことです」
それを聞いた男の顔が少しにやけた。。
「へぇ。知ってるか? 図書委員の間では、時々お前と津川のことが話題になるんだ」
どうせあまり良い話題ではないだろう。そう思ってこちらからは詳しく尋ねない。
しかし相手は、それを許してくれなかった。
「なあ、付き合ってどれくらいだ?」
にやにやと笑みを浮かべながら聞いてくる。こちらとしては少しもおもしろくないけれど、僕も笑顔を作ってから答える。
「やだなあ。付き合っていませんよ。ただの先輩後輩の関係ですから」
「いやいや、みんな言ってるぞ。お前が委員会に入ってから津川は変わったって。前よりも明るくなったとか玉の輿を狙っているとか」
笑えない。
面倒だ。ここは無理矢理でもいいから話題を変えておこう。
「ところで、津川先輩が他の人と違っていると思ったことはありませんか?」
「は?」
彼は、急に問われて困惑している。突拍子もない質問だから無理もない。
しばらく待ってみたものの、難しい顔をしたまま何も言わない。津川先輩にとってのレッテル【ズレ】に関することは、聞くことができそうにないか。
「なあ。お前は、どうして図書委員会に入ったんだ?」
諦めて帰ろうとした矢先に声をかけられた。
「生徒会に行けばよかったんじゃないのか。お前ならそちらの方が向いているだろう」
この人は、僕の何を見て向いていると言っているのだろう。
日焼け顔の男は、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
「先輩は、野球部に所属されているんですか?」
「ああ、そうだ。それがどうかしたか?」
「今年は上の大会へ進むことができるといいですね。がんばってください【応援団長】」
僕は、相手の反応を見ないで足早に図書室を後にした。
「なあ、【応援団長】ってどういう意味だ?」
「なんだいたのか」
幽霊は、一時間目の授業から昼休みに入るまでずっと姿を消していた。
それが突然、また背後に現れた。けれどだんだん慣れてきたのか、今ではあまり驚かなくなった。
「皮肉かな」
「皮肉?」
「先輩や自分のことを色々言われてちょっとイラッとして……。でも、悪いことしたなぁ」
「どうして【応援団長】が皮肉になるんだ」
「あの人の背中に貼られているレッテルだよ。多分、ずっと試合に出場するメンバーに選ばれていないんじゃないかな」
野球部員が大会に出場する際、メンバーに選ばれなかった部員も試合会場に向かう。では、彼らは試合中に何をしているのか。僕は、野球部に所属したことがないから分からない。だが、おそらく試合会場で声を張り上げて応援しているのだろう。そして図書委員の彼は【応援団長】とレッテルが貼られるほど、試合に出場できていないということだ。
「あまり気にするなよ。惚れた女を悪く言われたら誰だって怒るものだ」
「いや、好きでもないし、付き合ってもいないから」
僕は、津川先輩にとっての後輩であり、妹なのだから――。
けれど妹か。僕はあまり気にしていないけれど、これは【ズレ】と言えるかもしれない。
「俺の目に狂いがなければメガネちゃんも着やせするタイプだな。間違いないぜ」
幽霊にその考えを伝えようかと思ったが、やめた。
午後の授業が始まる直前、放課後に図書室へ来てほしいと先輩から連絡があった。生徒手帳を返す良い機会だと思い、すぐに了承の旨を返事した。
「ありがとう、真実ちゃん。なくして困っていたの」
「いえいえ。今日は抜き打ちの持ち物検査がなくてよかったですね」
「ねー」
放課後の図書館は、閑散としている。当番の図書委員も暇そうにしている。
「そういえば雪森先生に聞いたけど、今朝、図書室に来たの?」
「はい、来ました」
雪森先生、なぜそのことを話したのですか……。
前回、前々回と同じことがあった時、先輩からひどく怒られたことを忘れたのですか。
「うん。電車が遅延しちゃって遅刻ギリギリ。ところで、何もなかった?」
「地下書庫で先輩の生徒手帳を見つけたくらいです」
先輩は、疑いの目で僕をじっと見つめてくる。彼女の目は、全てお見通しだと、訴えかけてくるように感じられた。もちろんそれは、僕の思い込みでしかないのだけれど。
観念して本当のことを話そうと思って頭を深々と下げた。
「すみません。先輩の手帳の中に入っていた写真がはみ出ていて、見てしまいました」
「くくく。なかなか嘘をつくのが上手いじゃないか」
幽霊が余計な茶々を入れてくることも次第に慣れてきた。しかし、年上の男が耳元でささやいていると思うと、やはり気分が良いものではない。
「あはは。気にしないでいいよ。写真のこと、自分でも忘れていたから」
それを聞いてようやく頭を上げる。先輩はいつもの笑顔に戻っており、目には疑いの念が消えているように思えた。彼女は、自分の生徒手帳から写真を取り出す。
「中学生の頃に女子の間で好きなアイドルとか俳優の写真を持ち歩くのが流行ってね。本当は校則違反なんだけど、友達と見せ合うためにこうして生徒手帳の裏に隠して持ってきていたの」
もしかしたら、僕の出身中学でもそういったことが行われていたのかな。
「高校に入学してからもなんとなく入れていたの。最近はあまり見ていなかったけど」
「じゃあ、先輩にとって思い出の品なんですね」
「うん。私にとっては、お守りでもあるかな。『おまじない』のかかったお守り」
「『おまじない』……ですか」
彼女は、懐かしそうにその写真を見ている。けれどその目は、どこか寂しげにも見える。
「ところで真実ちゃん。今週末、時間ある?」
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