4
そして今日の昼、僕は正体不明の謎の男を見た。これでもう三度目だ。
「あっ」
「どうした?」
僕が急に足を止めたので友人も足を止める。
化学室から自分の教室に戻る途中、弁当を家に忘れてきたことに気がついたのだ。食卓の上に置いてあった弁当箱を持ち、玄関先まで来たことは覚えている。しかし、今日は鞄に入れる教科書が多くて入れ忘れてしまったのだ、と言い訳する。ああ、笑えない。
「だったら今日は購買でパンだな。仕方ないから俺も付き合ってやるよ」
友人は、慰めるような口調でそう言った。
普段、僕が持ってくる弁当のおかずをおすそ分けしてもらっているせいか、その表情は少しだけ暗い。だが、こちらの立場で言わせてもらえば「おすそ分け」というよりも「横取り」されている感覚に近い。
仕方ないと諦めて再び歩き出そうとしたところ、僕たちの脇を一人の女子生徒が通り過ぎていく。すぐに誰か分かって咄嗟に目を逸らした。
友人の顔を見ると、彼女に見惚れてボーっとしている。きっと背筋をピンと伸ばして前を向いて歩いているだろう。背中まで真っ直ぐに伸びた黒髪は、時折左右に揺れているかもしれない。けれども僕は、それを全く見ようとしない。
「栃尾さん、なぁ。なんていうか、なぁ」
「なぁって何だよ。言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
僕は、何か言いたげな友人の顔をじっと見る。彼は、はるか先を歩く少女の背中を見ている。
「あの長い黒髪はすごく綺麗だ。でも、顔はあまりパッとしないというか地味というか」
「失礼な奴だな」
「それから胸がもっと大きければ最高! 言うことなし!」
僕はため息をついてまた歩き出す。慌てて友人もついてきた。
二年一組の教室に戻ってきたら昼食の時間である。
友人と共に購買に行こうと、鞄から財布を出そうとしたらなぜか弁当箱が入っていた。先ほどまで鞄に入っていたはずの教科書は、ご丁寧に机の中に入れられている。それは誰かの弁当箱ではなく、今日僕が家に忘れた弁当箱だ。誰かが届けてくれたのだ。その誰かは……考えるまでもない。
まだ近くにいるかもしれないと思い、慌てて廊下に出るとすぐに見つけた。彼女の後ろ姿を。
「あか……じゃなくて、とち……」
声を出して呼び止めようとするが、上手く言葉にならない。喉が締めつけられるような感覚。真っ直ぐ前を見ていられなくなり、自然と目線が下がっていく。
どうするか。
そうだ、少し走って彼女の前に立てばいい。
そう、背中が見えなければそれでいいのだ。
決断してすぐに目線を上げると謎の男が立っていた。
今日も黒いスーツを着ている。おそらくネクタイも同じものだと思う。
この男は、いったい何者だろう。
男の目線と僕の目線が合う。
睨みつけるでもなく眺めるでもなく、じっくりと観察するような目をしている。
「失礼します」
僕は頭を下げて教室に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます