第12話 国外にて 3

 ブルボン王国の用意した宿泊用のホテルは当地で最高ランクの旅館であり、アルビオン王国一行が滞在している間は私達のみの貸し切りとなっていた。極秘訪問なので王城に行くことはせず、国王との挨拶もホテルの会議室で行われる。警備や身の回りのことは全てブルボン王国側が行うため、私たちは与えられた部屋で自堕落な時間を過ごしていた。


「いやー、海外出張って良いですね! 私個人じゃ予約すらできないようなホテルのこんな良い部屋に泊まれるなんて!」


 エリザベスが嬉しそうにベッドに寝転がりながら言う。


「今回は特別だよ。私が魔導学会の発表で国外に出るときなんか、風呂さえないホテルだよ? 護衛も最小限だから野営の時には歩哨ほしょうに立たなきゃいけないし、ご飯も自分で作るし。こんな楽な出張は初めてだ」


 そういいながらアルディもホテルのサービスはきっかり享受きょうじゅするようで、部屋に置いてあったティーバックをあさっている。


「最近は経費節減もうるさいから、近距離であれば馬車だって相乗りだし、幹部になっても飛竜に乗るときはエコノミークラスだよ。」


 飛竜のエコノミークラスは貨物と一緒に飛竜にぶら下げられたかごに乗るため、狭いうえによく揺れる。飛竜の背中に乗るビジネスクラスや飛竜を貸切るファーストクラスなどは、大臣級でもなければ乗ることができないはずだ。


「っていうかエリザベスの実家だって男爵家だし、親に頼めばホテルくらい手配してくれるんじゃないの?」


 私はふと気になって彼女に尋ねた。道中色々な話をしたが、彼女の実家についての話題はあんまり出なかったと思い出す。


「うちは地方の落ちぶれた男爵家だから無理ですよ。そもそも王立医科大学にも奨学金で来てるくらいですから。兄がしっかりしているので当分は大丈夫かと思いますが、実家の生活レベルと言ったら王都の中堅商人以下ですよ。」


「アンタも苦労してんだね、案外」


 アルディがしみじみ言う。


「そうなんですよ! だから女である私でも実力で出世出来て、あわよくばイケメンで将来有望な騎士と結婚できるチャンスがある王室に努めることにしたのに、何ですかこの仕事。毎日毎日毎日毎日仕事ばっかりで! だから今回は思いっきりブルボン王国で遊んでやるんですから」


「いや、一応仕事中だってこと忘れんなよ。アンタ、仮にハンナ様が怪我したとき治療に失敗でもしたら、一族もろとも国外追放だよ?」


 呑気なエリザベスにアルディが釘を刺した。


「まぁ勇者様もアルディさんもいるし、大丈夫でしょ。ところでリリーさんとアルディさんは夕食会参加するんですよね?」


 夕食会とはブルボン国王との謁見の後に行われる食事会のことであり、このホテルのレストランが会場だ。謁見はあくまで形式的なものなので、中身のある会話は食事会で交わされることになる。


「そうだよ。今から気が重いよ」


 私は鏡を見ながら髪形をチェックしつつ答える。


「えぇー? どうしてですか? せっかくホテルの最上級フルコースをタダで食べられるのに。私なんか商人向けのお弁当ですよ? 海龍のステーキ私も食べたいです!」


「いやねエリザベスちゃん、周りは王族とか大臣級とかばっかなんだよ? いくらおいしいご飯だからって味わってる余裕無いわよ。それに彼が変なこと言わないか、もう今から気が気じゃなくて……」


「リリーは本当に勇者君ばかりだね。まるで夫の世話を焼く妻みたいじゃん」


「リリー先輩もやっぱりそのつもりなんですね! 勇者様は渡しませんよ!」


 渡すも何もまだ誰のものでもないじゃんと思いつつ、私は席を立つ。


「とりあえず行ってくるよ。食事会の後のオペラ鑑賞は遠慮しようと思うから、3時間もしないと思う。そしたらパブでも行こう」


「ありがとうございますー。お土産期待してますね!」


 エリザベスの言葉を背中に受けながら、私はドア開けた。


*****


 長いテーブルの真ん中にハンナ様、その左右に勇者と宰相が座り、向かいにはブルボン王国の面々が並ぶ。絢爛けんらんなシャンデリアとシミ一つない食器は、ここが最高級ホテルであることを否が応でも実感させた。儀仗兵ぎじょうへいのような使用人たちが、1皿で私の給料ほどはありそうな食事を次から次へと持ってくる。私とアルディは末席で小さくなりながら料理をつついていた。


 食事会はやはり魔王討伐の話題で占められた。遠征隊のプランは軍事機密であったが、同盟国であるブルボン王国にはこの機会にリークしておくようだった。


「なるほど、そうすると討伐隊の出発は今から2か月後ということですか」


 ブルボン国王がステーキにナイフを入れながらハンナ様に訊く。


「はい。式典が終わった後に1か月ほど静養期間を設けますので、その間に勇者様には英気を養っていただきます」


「その際にはぜひブルボン王国にもお越しいただきたいですな。もちろん、国賓待遇でお迎えしますので」


「それはありがたきお言葉。ただ静養期間はじっくりと体力を温存したい所存でありますので、今回のように極秘での訪問であればなおありがたいです」


 私はハンナ様の横に座った彼を見つつ、時にはそんなオブラートに包んだ仕事の拒否のやり方もできるんじゃないか、と毒づく。


「はっはっは、確かにそうですな。これから魔王討伐に向かうという勇者様を疲れさせては元も子もない。ただ、討伐が終了した折には我が国においても凱旋パレードをお願いしますぞ」


 今回の魔王討伐はアルビオン王国の勇者が行うが、魔王軍の残党の掃討作戦はブルボン王国と合同で行う。そのため、ブルボン王国としてはアルビオン王国といっしょに魔王を倒したという形で臣民に威厳を示したいのだろう。


「もちろん、魔王討伐の折には陛下のところにもご報告に伺わせていただく所存です」


 ワインに口をつけながら、彼はブルボン国王に微笑んだ。


「ところで、討伐隊はどのような方法で魔王討伐を?」


 ブルボン国王の問いに、それまで黙っていた宰相がもったいぶったように説明を始めた。


「ご存知のように、すでに北方のイベリア王国、シシリー大公国、コルシカ共和国の3か国が魔王軍の手に落ちてしまいました。それぞれの国は魔王軍四天王のうちの3人、ヴァイス、シュートラ、ジョセフィーヌが統治しています。四天王のうちのルシフェルについてはすでに勇者様が討伐されておりますので、あとはこれらの国を解放しつつ、最終的には大陸北端の魔国に攻め入り、魔王を討伐するという次第です」


「なるほど、流れとしては今までの魔王討伐と変わらないわけか。しかしどうだね、今までも魔王を討伐したところで、200年程度すればまた新たな魔王が誕生してしまう。この現象を何とかできないものかね」


 ブルボン国王の言うことももっともなことで、未だに魔王発生のメカニズムについては明らかにされていなかった。ちなみに、アルディの王立大学卒業論文のテーマが「魔力均衡理論に基づいた魔王の発生に関する一考察」というもので、その界隈では随分と話題になったらしい。私には全く理解できなかったが。


 チラリとアルディを見ると、熱心にステーキを切り裂いている。そして彼女はそれを食べる……のではなく何故か目立たぬように体の方によせている。


「アルディ……?」


 私が彼女にだけ聞こえるような声で囁くと、アルディはいたずらっぽい瞳を浮かべながら膝の上に置いてあるポーチにその肉を素早く突っ込んだ。


「はぁ!?」


 勢い少し大きな声が出てしまったようで、目の前に座るブルボン王国の文官にいぶかしげな顔をされる。幸い、ハンナ様達のいるテーブルの中心部までは聞こえていないようだった。宰相が説明を続けている。


「正直なところ、魔王の完全討伐、いわゆる未来永劫にわたる魔王の根絶は難しいと考えているところです。ただ今回は魔王討伐ののち、魔国への入植することにより現在の魔王城近辺に軍の駐屯地を設けようと考えております。そうすれば、新たな魔王が発生した時にも早急な対応が可能ですので」


「何と! あの不毛の地と言われ誰も住みつかない魔国に植民すると! アルビオン王国は本気かね!?」


 ブルボン国王の驚きに対してハンナ王女が反応する。


「まだ計画段階ですが、コルシカ共和国からの亡命政府を中心として検討が進められています。あの国は魔王国と国境を接しているため、魔王誕生の折には毎回侵略の憂き目にあってきました。そのため、今回は本気で魔国を消滅させる心づもりらしいです」


「なるほど……話はそこまで進んでいたか」


 ブルボン国王は大きなため息を吐くとチェーサーから水を飲んで息を整えた。大柄なブルボン国王をもってしてもこの料理は多いのか、彼のステーキは3分の1程残されている。他方でアルディの皿の上にあった肉はほとんどなくなっていた。よく見ると彼女は末席に座っているのをよいことに、手元のポーチに隠した魔法袋に肉をどんどん入れているようだ。

 最後の肉の塊を素早くポーチの中に突っ込むと、彼女は何食わぬ顔をしてナイフとフォークを置いた。あまりの場違いな行動に机の下のアルディの足を小突くと、彼女は大丈夫大丈夫と言った感じの顔でこちらを見てくる。大胆というか恐れを知らないと言うか、何とも言えない気分になる。


「して勇者殿、勝算はるあるのでしょうか?」


 ブルボン国王は鋭い目つきで勇者を見据えながら言った。


「勝てない戦はしない主義です。もっとも、正攻法で攻めてもすぐには勝てないでしょうから、まずは占領地に侵入して情報を収集することから始めようかと」


「うむ、そうなるだろうとは思っていた。この度の魔王討伐の遠征にはブルボン王国としても資金と武具の援助をさせていただこう。詳しくは明日以降、文官同士で詰めてもらいたい」


「ありがとうございます」


 ブルボン国王が言うと、勇者と宰相は声をそろえて答えた。私はそんな常識人の皮をかぶった勇者を見つつ、少し複雑な気持ちになる。何故私の前では全く常識のある対応をしてくれないのだろうか。そんな私の懸念をよそに、食事会は滞りなく終了した。その後、アルディがこっそりと魔法袋に保管したステーキを肴に、パブで女3人しこたま飲んだのは言うまでもない。

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