勇者と王室の板挟みにあう秘書官は胃潰瘍になりそうです
まいけ
第1話 プロローグ
王城の長い廊下の突き当たりまで来ると、重厚な木製の扉の前で息を整えた。心の中でゆっくりと3つ数えると、慎重に右手を上げて3度ほどノックをする。乾いた音が、静まりかえった廊下の隅まで響き渡った。
「どうぞ」
年配の男性の声がドア越しに響き、私はゆっくりとノブを回す。部屋の中では、3人の男たちが手元の書類に目を落としながら椅子に座っていた。広い部屋の真ん中に、大きなラウンドテーブルが一つ。テーブルの向こう側には3人の男が黒い礼服を着ながら、さながら世界の終わりを迎えんとする司祭のような顔つきで座っている。テーブルのこちら側には椅子が1脚だけ、まるで主を失った犬のような孤独をまといながら佇んでいる。私はドアを閉め、ラウンドテーブルそばまで近寄った。
「どうぞ、かけてくれ」
真ん中の白髪の男性がこちらを向いて言葉を発した。私は言われた通り椅子に座って、正面の3人をまっすぐに見据えた。3人が相対するには部屋はあまりにも広く、静寂のせいで空気が重く感じる。嵌め殺された窓の外では春の暖かな日差しが緑葉を照らしているが、その光はここまで届かない。
「リリー君……だったね。今の職場は好きかい?」
真ん中の男性が優しそうな声色で訪ねてくる。もっとも、彼の眼鏡の奥の目は決して笑っていない。長いあいだ組織の中で人に指示することに慣れた目、会話する人間の言葉の裏を読み取る訓練をしてきた人間の目だ。
「はい、大臣。やりがいのある、とても勉強になる職場だと感じています」
私は相手の目を見ながら一語一語、噛まないようにゆっくりと答えた。
男は満足そうに頷き、眼鏡を外してこちらをのぞき込む。
「そうか。ちなみに今の職場に来てからどのくらいたつ?」
「この春でちょうど2年になります」
「そうか。まぁ時期的にも良いかもしれないな」
そう言いながら男は再び眼鏡をかけ、手元の紙に視線を落とした。この間、両サイドの男たちは一言も発することなく、私の顔を見続けている。
「君に異動の内示だよ。発令は来週初日だ」
男は私の目をまっすぐ見ながら言った。
「リリー・セインズベリー、宮廷省秘書課勇者担当秘書官としての勤務を命ずる」
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