第24話 のろしSOS
再びリビングに戻りテーブルを囲む。
あねごさんは鎮痛剤を飲んだあと、
毛布を下にして仰向けで寝ている。
お腹にはタオルケットを乗せていた。
地下に行ったときに、
ヒメが発見して人数分拝借してきたのだ。
「これからのろしを上げようかと思います」
倉庫から持参してきた、
2リットルボトルの油を撫でながらハカセさんは言った。
そのセリフの中には、『誰か同行してくれますよね?』
も含まれているらしく、ぼくたちの顔を伺っている。
冗談じゃない、
この暑さに焚き火なんかしたら、
自分で出した案なのに、
今頃になって後悔の糸が引いてしまった。
「あたし、あねごの看病するから太朗と白ちゃんで行ってきなよ」
この機に及んでヒメが逃げやがった。
するとぼくが反論をする隙も与えずに、ヒメは続ける。
「1つ提案なんだけど、
今までリビングで固まって寝てたよね?
個室に別れてもいいんじゃないの?
フローリングって硬いから背中が凝って眠れなくて。
理由はわかるんだけど、
ずーっと誰かと一緒にいるのって精神的に苦痛なの」
確かにヒメの言い分もわかる。
ぼくたちが記憶を失って3日が経つ。
八方ふさがりの状況で熊さんの死。
普通だったら、精神が病んでもおかしくない。
記憶喪失が幸いなのかどうかわからないが。
「一理ありますね。
実は僕もベッドが恋しくてずっと眠れなかったのです」
ハカセさん、それは初耳だ。
あなたが1番ぐっすり寝ているはず。
「と、なると2階の部屋が僕たち人数分当てはまりますので、
そちらに移動しましょう」
「決定ね。じゃあ、あねご連れて行くから。
あねごー、行くよ」
ヒメが声をかけただけであねごさんは、
上半身を起こして目をこする。
浅い眠りだったようだ。
そしてぼくたちはのろしを上げるために、
キッチンのゴミと書斎の本。
正直、本を燃やすのは抵抗があったが、
呑気なことは考えてられない。
玄関を出て左側の芝生をスコップでえぐり、
ゴミと本をピラミッド状に積んで、
油をふりかけマッチで点火。
「意外に燃えますね」
青空にもくもくと伸びる黒煙を、
ハカセさんは首が曲がるくらいに仰ぎ見ている。
「これってSOS信号になるんですか?」
傍から見たら、普通に焚き火をしているようにしか思わないだろう。
「実際は飛行機やヘリが通過しようとしたときに、
立ち上る煙をサッと毛布で
3つの煙を浮かべてアピールするのが手なんだけど……」
ハカセさんは再び空を見上げる。
雲ひとつない澄んだ空。
大きく翼を広げた名もなき鳥が、1羽だけなめらかに泳いでいく。
この調子だと天気は崩れることはなさそうだ。
「ふたりとも、こちらに来てください」
ぼくと白ちゃんはのろしの番を放り投げて、
ハカセさんの手招くほうへ。
すると畳一畳分くらいの花壇に紫色の花が無数に揺れていた。
「きれいな花ですね。何っていう名前ですか?」
「それをクイズにしようとしていたのです。
さあ名前は何でしょう?」
チッチッチッチッと、
ハカセさんはアナログ時計の秒針音を奏でる。
「あのヒントは?」
「ノーヒントです」
ケチだった。
ヒマワリ、チューリップ、サクラ、バラ、アサガオなど
メジャーな花くらいしかわからなかった。
仕方がない、ここは。
「白ちゃんわかる?」
するとぼくの右手首を掴み、
手を広げさせて人差し指で丁寧に書いていく。
「ト・リ・カ・ブ・ト?
ハカセさん、この花トリカブトですか?」
「正解。毒草で有名なトリカブトだよ。
白や黄色の花を咲かせるものもあるんだ。
そうそう、この話知ってるかな?」
ハカセさんは、のどの調子を整えて続ける。
「トリカブトの毒は
フグの毒を混ぜて服用させるて、
つまりフグの毒を入れることによって、
トリカブトの毒が身体中に行き渡るのを、
抑えてアリバイを作るってこと」
「へえー、でも実用性ありませんね。
なんでトリカブトを育てているのだろう?」
「トリカブトの
漢方薬に配合される重要な生薬にもなるんだよ。
きっと調合のために育ててたとしか当てはまらないね、
仮説だけど。
おっと火の勢いが弱まってしまった。くべるとしよう」
ハカセさんはゴミ袋を逆さにして、
焚き火に全部投入してしまった。
雑なやり方だが、火種が生きていたらしく、
水を得た魚のようにぐんぐん勢いを増していく。
「そうそう、とっておきのクイズがもう一問あるんだ」
青空高く登り詰める灰色の煙を一緒に見ていたハカセさんが、
思い出したようにぼくたちに言った。
「毒草と薬草の見分け方ってわかりますか?」
誰もやるって言ってないのに2問目を出題してきた。
特に断る理由もないので考えることにした。
「見分けですか? んーと、えーと、ヒントは?」
「これもノーヒントです。がんばってください」
相変わらずケチだった。
「ワンクリック検索に頼ってばかりいるから、
思考能力が衰えてしまうんですよ」
今、指摘されることではないような気がするんだが。
そんなハカセさんはアヒルのように口を尖らせて、
ピッピッピッピッと電子音バージョンの秒針を刻む。
取りあえず答えは浮かんだが自信はない。
流し目で白ちゃんを見ると眉を歪ませて検討中だった。
「タイムアップです。お二方答えは整いましたか?」
白ちゃんが左右に首を振る。
「わかりませんか。では太朗くんは?」
「自信はありませんが、答えは出ました」
「間違えても構いませんよ。
どうせ当たったって賞金が出るわけないですから」
だったら、この時間は何に当てはまるのだろう?
「答えをどうぞ」
「やっぱり色で見分けるしかないですよ。
ほら、毒キノコだって派手な色が多いし」
「植物の葉の色は緑ですよ。
それを色で見分けようとするなんて。
当てずっぽにもほどがある解答ですね」
一瞬カチンときたが、
大人げないので深呼吸をひとつして冷静を取り戻した。
「ブー、もちろんハズレです」
ハカセさんのコメントを耳にしたところから、
間違っていると気づいたので別に驚きはしなかった。
「正解は?」
「惜しくも敗退してしまった太朗くんに、
なんとここでボーナスチャンス」
「いらないんで、正解教えてください」
別に正解を聞いたからって、
明日友達に自慢できるかどうこうってわけでもないが、
ここまで引いておいたからには、
聞いておくプライドがあった。
「せっかちですね太朗くんも。
そんな性格では女の子にモテませんよ。
まあ、これ以上引いても意味がないので発表します。
正解は食べてお腹を壊さなければ薬草で、
お腹を壊してしまったら毒草です」
「へ?」
思わず声が裏返ってしまった。
1オクターブほど甲高く漏れた。
ぼくの横では白ちゃんが目をぱちくりさせている。
「だから食べてみて……」
「2回言わなくていいですから。
何なんですか、その珍回答は!
小学生でもわかることですよ」
「だって他に方法が見あたらないので」
「だったらクイズにしないでください」
「図鑑と照らし合わせて調べるのがベストですよ」
結局その方法かよ。
完全に場の空気がしらけてしまった。
何度も感じてしまうんだが、
ハカセさんだけ記憶喪失の薬以外に、
怪しい薬を投与された可能性があるのだと。
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