第22話 薬探し、地下室へ

 テーブルを囲みランチタイムになった。

 耳鳴りがするほど静かに、

 みんな箸を動かしていく。

 ぼくとハカセさんの間には空席が。

 熊さんがガツガツと食パンを頬張っていた姿が透けて見える。

 短期間ではあるが、

 一緒に苦楽を共にしてきたことを浮かべると、

 ちょっとだけ寂しい。


「僕の顔のに何か付いているのかい?」


 視線を感じていたハカセさんが、箸を休めて右を向く。


「いえ、何でもないです」


 カツカツとごはんを口へ放り込む。

 涙成分が入っていたのかわからないが、

 塩味が滲んでいた。


「食事も済んだことなので、情報交換でもいたしましょう」


 ハカセさんがくるっと一周見渡しながら静かに立ち上がった。


「まず外回りを代表してあねごさんから」


「悪りぃ、ヒメ頼む」


 頬杖をついたままうつむいているあねごさんは、

 低い声でパスを送る。

 さっきよりも顔が青白い。

 頭痛が悪化しているのだろうか。


「あねごの代わりにあたしから。

 この屋敷外も結構広かったけど、

 別途で倉庫らしき建物があったの。

 1つは発電所って書いてあったけど、

 中は鍵が閉まっててさ、

 開けられなかったよ。

 まあ屋根にソーラーパネルも付いてるし、

 オール電化みたいだから送電してんじゃないのって無視した。


 もう1つは浄水場。

 ここは中には入れたよ。

 ゴゴゴゴゴゴって雷みたいな音してたけど、

 下水から流れた水をリサイクルしてんのよ。


 あとは倉庫って言うか物置。

 あねごと白ちゃんでくまなく調べたんだけど、家電の墓場。

 冷蔵庫とかテレビとか廃タイヤにパソコン、

 テーブルあとはボロボロのソファーかな。

 ノコギリとか鉈とか工具類もあったよ。

 怪しい人影も隠し扉もなかった。以上」


「報告ありがとうございます。

 僕たちは内部の再チェックってことかな。

 以前僕たちが下山しているときに、

 ヒメさんと熊さんで行ってくれましたけど、

 見落とし部分がないかってことで。

 一応屋敷内を捜索しましたが異常はなし。

 その後太朗くんと一緒に、

 キッチンの棚卸たなおろしを実行しました」


 ハカセさんが腰を下ろす。

 そのタイミングを見計らってヒメが、


「外も中も8人目がいなかったってことは、

 熊さんを殺した犯人ってこの中にいるの?」


 警戒するようにキョロキョロと、ぼく達を疑い始める。


「実はそのことですけども」

 肘をついたままハカセさんが言う。

「個人的に熊さんの遺体を拝借いたしましたところ、

 腹部に刺さった包丁の辺りにためらい傷が複数見受けられまして。

 自殺の可能性が算出されました」


 ハカセさんの発言は、

 ぼくと2人っきりで話していたことと逆だった。

 つまりこれは嘘。

 ぼくたちの中に犯人がいないってことを裏付けて、

 関係をギクシャクさせないためだった。

 だからと言って、8人目が存在しないとは限らない。


「じゃあ頸動脈うんたらを切ったのも熊さん自身なの? なんで?」


「ヒメさん落ち着いてください。

 僕達はある人物、

 つまり8人目から実験の薬を撃たれて記憶が欠けているんですよ。

 要するにその反動で幻覚症状げんかくしょうじょうが起きて、

 精神状態が不安定になって、

 首や腹を包丁で刺したってこともあり得ると仮説を立てたのです」


「一理あるね、だって白ちゃんの声も出ないし」


 うんうんと納得するヒメ。


「僕達も起きる可能性もあるので、気をつけてください」


 一応ハカセさんが締めたが、

どう気をつけていいのかわからない。


「あのさ。これからどうするんだ? 

 あたし頭痛いから一休みしたいんだけど」


 あねごさんはテーブルに腕を組んで顔を伏せてしまった。

 いつものテンションに比べると、

  徹夜明けの受験生のようにグロッキー状態だった。


 と、ハカセさんが、


「特に決めていませんが、

 可燃物を集めてのろしを上げてみようかなって」


「そっか。悪りぃけどパスしてもいいよな?」


「ええ」


 ハカセさんを中心にみんなが頷いた。


「おやすみー」


 右手を一瞬だけ挙げてあねごさんは無口になった。

 頭痛って眠っているだけで治るのだろうか? 

 でも薬なんてないし。

 薬? 

 そういえば地下に。


「あのー、地下に実験室みたいな、

 薬品室みたいな部屋がありましたよね? 

 もしかしたら頭痛薬もあるかもしれませんよ?」


「まじで?」

 ピクッと過敏に顔を起こすあねごさん。

「ちょっと行ってくるわ」

 立ち上がって酔っ払いのようにふらふらと歩く。


「お供しますよ」


 あねごさんの左に回り、ぐらついている肩をそっと包んだ。


「じゃあ一緒に行ってきます」


 振り向いてヒメとハカセさんにしばしの別れの挨拶を。

 あれ? 誰かいないような。

 後ろからシャツを引っ張るような合図。

 反転するとやはり白ちゃんだった。


「ついて行くってよ。

 太朗がお気に入りみたいなんだな」


 あねごさんが真っ青な顔でニッコリと笑う。

 かなり無理しているように見える。


「そんなんじゃないですよ。午前中は別行動でしたし」


 あねごさんの表情は変わらず、受け入れてくれなかった。


「ずるーい。あたし1回も地下行ってないから一緒に行く」


 駄々をこね出すヒメ。

 別に人気スポットじゃないからおとなしく待ってろ。


「僕だけ残されるのも腑に落ちませんね。

 同行します。べ、別に地下室なんて行きたくないんですからね」


 今度はハカセさんが強引にツンデレをぶっ込んできた。

 そこはヒメをなだめるところだろうが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る