第21話 昼食へ
「随分と長居してたようだね」
キッチンに戻ってきたぼくに、
ハカセさんは
「
ちょっと寄り道しちゃって」
「隠し扉でも発見したのかい?」
「いいえ、ノートパソコンを見つけて。
机の下にあったんですよ。
結局起動させても、
パスワード承認しなくちゃいけないので水の泡でしたけど」
「そこは僕が調べてのに、パソコンなんてあったかな」
「早く始めましょうよ」
「じゃあ食料を1カ所に集めてくれるかな?」
缶詰を抱えてハカセさんは、
1つ1つ調理台に積み上げていく。
まだ始まったばかりのようだ。
ぼくも冷蔵庫から食料をかき集めて調理台へ。
地味な作業が続く。
「結構あるもんだね、これで全部だよ」
1時間くらいかかっただろうか、棚卸しは無事に終了した。
「どれ、見せて?」
ハカセさんがメモを覗き込んで読み上げる。
「缶詰26個、お米が2袋と半、パスタ5束、
ミネラルウォーターが2リットル3本……」
「でも、地下にも倉庫があるので、全部が全部ってわけでもないですよ」
ピタリとハカセさんの口が止まる。
なにかまずいことでも言ったかな?
「太朗くん、1つ疑問が浮上したのだが、
キッチンの食糧の減り具合ってどう感じるかな?」
「えっと、普通に消化されてると思いますよ。
意識してませんけど、
あねごさんと熊さんのツートップでガツガツ食べますけど、
代わりにヒメと白ちゃんは小食ですから。
アバウトですけど、1食6人分は消化されてますよ」
「同意見だね。ってことは?」
さっぱりわからない。
ハカセさんは、ぼくに何を求めているんだ?
「すみません、ちょっとピンとこないです」
「6人分しか食糧が消化されていないって、
太朗くん言ったよね?
ってことは?」
「わかりました。
つまり8人目はいないってことですね」
「いや、あくまで仮想だから断定はできないよ。
だからと言って安心することはまだ早いね」
ゆっくりと目を閉じてうつむくハカセさん。
言いたいことがなんとなく伝わってきた。
「8人目の存在が確認できないってことは、
ぼくたちの中に熊さんを殺した犯人が、
潜んでいるってことに……」
「察しがついたようだね。
どうも監視されている気配がなくて。
書斎の男と熊さんを殺害した人物は同一ってこともありうる」
ハカセさんの表情が険しくなってくる。
でもここでもう1つの疑問がふわりと舞い上がった。
「熊さんは自殺の可能性ってないんですか?
ほら、ぼくたち記憶喪失の薬を打たれたんですよ。
白ちゃん同様に何らかの副作用みたいなものが出て」
「僕が視てた結果としては自殺の可能性は低いね。
腹部を刺した傷が一カ所しかないんだ。
自殺の場合は、手首とかにためらい傷が複数発生する傾向が見られる。
まあ脳に障害が起きて、ズバッと一差しってことも想定できる。
そしたら頸動脈の傷は? という疑問になるね」
「だったら熊さんを殺した動機はどうなるんですか?
なんであの時、みんなのアリバイを聞かなかったですか?」
「落ち着いて太朗くん。
本来の目的はここから脱出すること一点なんだから。
実を言うとあの場をぼかしたのは下手に刺激を与えなかった為なんだ。
今、犯人追求したってここから出られるとは限らない。
気持ちはわかるよ」
まるで空気の壁があるように、
ハカセさんは、ぼくに両手で押し込むような仕草をする。
「すみません、興奮しちゃって」
頭を下げることにした。
それにしてもわからない。
なぜハカセさんは、ぼくに話したのだろうか?
もう1つ気がかりな点があった。
それはハカセさんが熊さんの
書斎の遺体を運ぶのには毛嫌いしていたはずなのに。
状況が一変したからだろうか。
このことを口にすることは止めておこう。
「あー、腹減った。
なんだよ男どもはつまみ食いか。
こっちが外回りしてきたのによ」
蝶のようにふらふらとあねごさんが入ってきた。
後ろにはお供のヒメと白ちゃんを引き連れて。
「もうそんな時間ですか?」
「ほら見ろよ」
あねごさんがグイグイと親指を指す先には、
キッチン同様円盤のアナログ時計が掛かっていた。
時刻は12時を5分ほど通過したところ。
ニアピンだ。
「くれぐれも内密に」
ハカセさんが周囲を気にしながらそっと耳打ちをする。
ぼくはコクリと声も出さずに頷いた。
きっと熊さんが他殺を割合が高いってことだろう。
もしも、今犯人はこの中にいるって真相追求に走ったら、
もっとギクシャクすることになりかねない。
いや、バラバラになって孤立しかねない。
身を守るために殺し合いに発展する可能性もある。
もしかしてその為に武器倉庫があるのか?
だったら施錠する意味がわからない。
考えすぎだ。
とにかく今は胸の内に秘めておこう。
「ここで何してたんだ?」
音も立てずにスーッとあねごさんが寄ってきた。
声は普通だが顔色が青白い。
体調でも悪いのか?
「一通り見回りをして、やることなくなってしまったので、
ハカセさんと一緒にキッチンの食糧チェックをしていたところです。
それよりあねごさん顔色悪いですよ?」
「顔が悪いだって!」
「顔色って言ったんですよ。
か・お・い・ろ。
ちゃんと人の話を聞いてくださいよ」
「まあいいや、許してやる。
頭がズキンズキンって痛いんだ。
やっぱ炎天下の中、歩き回ってきたせいか。
ったく普通逆だろ。
男どもが外行くんじゃねえの? 外」
「お言葉を返すようですけど、
ハカセさんとジャンケンをして、
あねごさんが勝って選んですからね」
「そーだったかなあ。ハハハ」
額の冷や汗を拭きながら照れ笑いをする。
数時間前のことをふと思い出してみると、
あねごさんの独断で外回りを決めてしまったので、
ヒメと白ちゃんはしかめっ面だった。
ちなみに10回勝負でハカセさんは6連敗。
挙げ句の果てに
ぼくとタッチしてくれないから
「ご苦労さまです。
お疲れのようなので、
僕と太朗くんで昼食の準備をいたしましょう。
今朝の残りの有り合わせでよろしいでしょうか?」
「あたし、こってりとしたものが食べたい。
例えばビフテキとか」
ぼくたちに視線を逸らしながら、ヒメはワガママを吐いてきた。
「これだから空気の読めないガキは……」
ぼくは独り言のように呟いた。
「てめえこそガキだろ!
あたしたちと会話しているときに、おっぱいばっか見てよ。
視線が垂れ下がってるのがモロバレ。
このむっつりスケベ!
女の敵!
豆腐の角に頭ぶつけちまえって」
内心ドキッと跳ねた。
もちろん心当たりがある。
つい目が行っちゃうんだよ、彼女たちの胸元に。
悔しいけどこれが男の
許容範囲としては、あねごさんからヒメあたり。
白ちゃんは枠外だからオッケー。
「反論の余地がないってことは図星じゃない。
あーヤダヤダ。
今あいつに舐めるように見られるなんて。
罰金1億円。
耳をそろえて払ってもらうからね!」
「なんだって!
なんでお前の貧困な身体が視野に入っただけで重罪扱いなんだよ!
身も心も成長してから発言しろよ。
このツルベタ!」
ヒメは胸元を腕でガードしながらムキッー! と、
サルのような黄色い声を上げる。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんもケンカは止めて」
すると聞いたこともないヘリウムガスを吸ったような、
甲高い声をキャッチした。
その発信源を凝らしながら辿っていくと、白ちゃんが立っていた。
「うっそぉー、白ちゃん声が出るの?」
メラメラと戦火を燃やしていたヒメも、
これにはハッと息を呑む。
ぼくたちの脚光を浴びていた白ちゃんの顔が、
面白くなさそうに歪む。
そしてサッと反復横を避けると、
身を隠していたハカセさんの姿が。
「メンゴ、メンゴ」
陽気に笑い出す。
「あのですね、ハカセさん」
こめかみに手を押し当てながら、
ヒメは深い溜息を吐いた。
怒りを通り越して呆れ返ってる。
一方で白ちゃんは、
ぷくーっと頬をパンパンに膨らませてそっぽを向いている。
「またメガネがやらかしたのかよ。
もういいや、早くメシにしてくれ。
みんなジャマになるから行ってようぜ」
頭痛持ちのあねごさんは、
ブルドーザーのようにヒメと白ちゃんの背中を押した。
ぼくもその後をついていく。
「太朗くん、君はこちら側の人間ですよ」
とびっきりの笑顔でぼくを手招きしている。
「でも……」
「太朗くん!」
目尻に溢れるくらいの涙を溜めて必死に手招く。
「わかりましたよ。
そんな顔で見つめないでください」
そんなぼくは冷蔵庫からタッパーに詰まっているみそ汁を、
鍋に戻して火を通す。
一方でハカセさんは、
出しっ放しだった缶詰類を目で吟味していた。
沸騰したみそ汁とごはんを5人分茶碗に盛って、
「先行ってますよ」
とハカセさんに告げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます