第15話 熊、孤立


「そうですか。あの開かずの部屋は、倉庫でしたか」


 リビングに戻り、

 起こったすべての事情を話すと、

 ハカセさんがうんうんと頷きながら聞いていた。


「もう大変でしたよ。

 あねごさんがピストル撃ってしまって、

 あと数センチ右だったら、

 ぼくの頭にズドーンでしたから」


「災難だったね。

 それで無線機は直すことできなかったのかな?」


「真上から銃弾がめり込んでいて修復不可能です」


 一通りの説明では、

 壊れていたとしか言ってなかったので、

 ハカセさんが食いついてきた。


「でも変だね。ここまで銃声は聞こえてこなかったよ」


「それはお前がメガネをかけていたからじゃねえの?」


 ぼくの隣で椅子にもたれながら、

 あねごさんはグラスを片手に言った。

 3秒くらい間を呼んで誰もフォローしなかったので、

 ぼくが入ることにした。


「ほら、地下室だったし、

 防音効果もそれなりに、

 整備されていたからだと思いますよ。ははは」


 苦笑を混ぜてみたがハカセさんは、


「ヒメさん、爆音って聞こえたかな?」


「ううん、静かだったよ」


 更にハカセさんは、


「白さんも聞こえなかったよね?」

 と、質問する。


 白ちゃんは大きく頷いた。

 どこからどう見てもあねごさんのイヤミなのに、

 ハカセさんは、

 わざとらしく真に受けたように確認しながらニコッと笑う。


「困るんですよね。

 でたらめな仮説の立てて、

 僕たちを混乱させるのは」


「悪かったよ。目が悪いのに耳は達者なんだな」


 テーブルにグラスを叩きつけるよう置いたあねごさんは、

 立ち上がってガラス越しに外の様子を眺めていた。

 導火線に着火しなくてホッと胸を撫で下ろす。


「まあいいでしょう。

 ところで今後のことについて、議論しなくてはいけません」


「今から? もう休もうよー」


 ヒメが嫌そうに口を尖らせた。


「異議がなければ、すぐに終わりますので聞いてください。

 まず明日ですが、

 鍵もありますので本格的に屋敷内を捜査します。

 もしかしたら7人目が潜んでいるかもしれないからです」


「7人目じゃなくて8人目じゃねえのか? 

 ひとり死んでるし」


 外の様子をうかがっていたあねごさんは、

 再びぼくの隣の椅子に腰をかける。

 おさらいしてみると、

 ハカセさん、あねごさん、熊さん、

 ヒメ、白ちゃん、そしてぼく。

 この時点で6人。

 書斎の男の遺体を混ぜて7人。

 やっぱり8人目って言うのが適格。


「訂正させていただきますと、

 8人目が潜んでいるかもしれないので捜査します。

 いかがですか?」


 異議はないらしく、みんなしーんと黙っている。


「意見はなさそうですね。

 では引き続き、

 今晩の寝床についていですけれども……」


 ハカセさんは鋭く熊さんを睨む。

 この2人が会話をするところなんて珍しいので、

 ぼくはじっとかたずを呑んだ。


「あなたは寝相が悪いです。

 今朝僕は昇天しそうになりかけたのですよ。

 なんとかしてください」


 全くもって同意見。

 こっちなんか下敷きにされて、

 漬け物になるかと思ったんだから。


「そりゃあ酷いことしてすまんかった。

 でも避けなかったハカセくんもハカセくんだ」


 反省の日差しが微塵みじんも見えないよ、

 人のせいにして! この肉だんご!


「わかりました。確かに僕たちにも非が存在します」


 納得しちゃダメだってば。


「今晩から熊さんは、個室で寝てもらいます!」


 人差し指を額の中心に突きつけるハカセさん。

 この件に関しては相当おかんむりのようだ。


「嫌だぁー、ウサギは寂しいと死んでしまうだぁー」


 自分のことをウサギに見立てているようだ。

 ウサギじゃなくて豚だろう。

 いや熊だった。


「僕もそこまでは鬼ではありません。

 ここは民主主義なので多数決を取ります。

 では、熊さんと一緒にリビングで寝てもいい人?」


 我先に熊さんが手を挙げる。


「反対に熊さんはデカくて暑苦しいので、

 個室に行くべきだと思う人?」


 ぱっ、ぱっ、ぱっ。

 花が咲いたように熊さん以外全員手を挙げる。


「全員一致ということで、

 残念ながら熊さんには退場してもらいます。

 ここで各自からコメントをもうけさせていただきます。

 ヒメさん、この件についてひとこと?」


「明らかに自業自得でしょう。

 当事者には拒否権がありません」


 ノリノリだな、ハカセさん。


「時間ありますか? 

 ではもう1人あねごさんからひとこと、どうぞ」


 テレビ中継じゃないんだから、

 その辺にしておかないと。

 密かに嘲笑ちょうしょうしていたぼくも、

 徐々に気の毒になってきた。


「デブならではの結果。

 多数決をやる事態ムダってことよ」


「辛口なコメントありがとうございます。

 ええ? もうひとりいける?」


 いい加減にしろよ。

 熊さんの傷口に塩を塗るようなマネをして。

 本人向こうで泣いてんじゃねえか! 

 ぼくに振ってもノーコメントだからね。


「太朗くんはどう思いますか?」


 まるでマイクを持っているかのように、

 拳をぼくの口元にこすりつけてきた。


「参ったな。お二方に全部持って行かれちゃいました。

 でも熊さんにもチャンスがあったはず。

 これを糧に再チャレンジを試みてください。

 人生とは転倒の連続です。

 転んだときに何かを掴んで立ち上がるかが重要なんですよ」


 ハッ、しまった! ぼくとしたことが。


「厳しいお言葉ありがとうございます。

 それでは熊さんには毛布を持参して退場してもらいましょう。

 どうかみなさんで温かい拍手を」


 この演出やり過ぎだろ。

 うつむいたまま熊さんは、

 毛布片手にとぼとぼと出ていく。

 名残惜しそうに首だけこっち向けて、


「単独行動は危険だべぇ?」


「熊という生き物は群れを作らない物なんです。

 それにあなたの体重は成人男性の2倍はあるでしょう」


 ハカセさんに反論もせず、

 熊さんは涙を溜めながらリビングを去った。

 単独行動を過敏かびんに発信していたハカセさんだが、

 他人事になると手のひらをひっくり返すなんて。

 ちゃっかりしてるな。

 まあ熊さんなら大丈夫か。


「おーい、鍵閉めて寝ろよ」


 あねごさんの声が大きな背中を刺した。

 昨日同様に、

 ぼくたちは男女の境界線を張って眠りに入る。


 今日もいろいろなことが溢れていたな。

 身体が疲れているはずなのに、

 なかなか寝付けない。

 本来ならここから脱出して、

 ふわふわのベットで寝ているはず。

 だがぼくたちはここにいる。 

 リビング内はレモン色の月光が差していて、

 真っ暗ではなかった。


 キィー、キィー、とコオロギの歯ぎしりが聞こえる。

 相当疲れているはずなのに、

 みんなぐっすり寝ている。


 本当に記憶喪失なのか?


 もしかしたら、

 ぼくだけ記憶喪失でみんな演技をしている可能性もある。

 緊張感がなさ過ぎる。

 一刻も早く外部と連絡を取らなくてはいけない。

 そして真実をこの手で確かめるんだ。

 と、意気込んでも宝石強盗のニュースを目の当たりにしたら、

 真実を知らないほうが、身のためかもしれない。

 だったらみんなで、

 一生ここで生活するのも悪くない。

 記憶が戻るとは限らないし、

 戻ったとしても世間が受け入れてくれるとも限らない。


 真実を知るべきか、伏せるべきか。


 ぼくの心は記憶とぶつかる度に大きくブレていた。

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