第13話 地下室再び

 白ちゃんに続いてぼくとハカセさんも橋を渡りきった。

 向こう岸では、

 しゃがみこむ白ちゃんにあねごさん、

 熊さんにヒメが囲んでいた。


 ぼくたちが辿り着くとあねごさんが、


「ったく、足を引っ張りやがって。

 山道をバカにしてんのか!」


 白ちゃんに説教中だった。


「まあ、その辺にしてもらえますか?」


 仲裁ちゅうさいに入ることにした。


「太朗がかばうんだったら許してやっか。

 じゃあデブ、白のことを運んでやれ」


「おれがぁ?」


 自分のことを指差して真っ赤に頬を染める熊さん。

 目つきがいやらしいんだけど。


「デブはおめえひとりしかいねえだろ! 

 納得いかねえんだったら、

 今からみんなで体重を計って証明してやっか?

 やんなくてもわかるよな? 

 あたいらとてめえの体格を比較すれば済むんだから。

 とっとと運べ!」


 何1つ嫌な顔をしない熊さんは、

 白ちゃんをお姫様だっこして屋敷の中へ入っていく。

 白ちゃんは抱き上げられたとき、

 目をぱちくりしていたが悲鳴は上げなかった。


「あねごさん、君はいつからそんなに偉くなったのかね?

 熊さんをあごでこき使って。

 それに熊さんのことをデブって言って。

 誰にだって言われたくない一言だってあるんですよ。

 少しは女性としての品格を持ってください」


 ハカセさんは熊さんの肩をもちながら、

 あねごさんに反論を試みた。


「うっせえんだよ、このメガネ! 

 デブだからストレートにデブって言ったら悪いのかよ。

 じゃあデブに向かって、

『ガリガリに痩せてますね』って言えばいいのか?

 そしたらあたいは嘘つきのレッテルを貼られるんだよ。

 てめえだってハカセって呼ばれてるけど、

 本当はメガネって呼んだほうが型にはまってるんだよ。

 大体どこがハカセなんだ? 

 何かノーベル賞でも受賞したのか? 

 違うだろ。

 ただ単にメガネをかけてるから、

 ハカセっぽいだけでハカセなんだろ。

 そんなにメガネが嫌か? 

 メガネの何がいけないんだよ? 

 そもそもメガネって悪口なのか? 

 メガネがこの世にあっちゃいけねえのか? 

 メガネをかけてるヤツはお前だけじゃないんだよ。

 つまりお前にメガネを語る資格はねえんだよ!」


 ほーら、火に油を注いじゃって。

 ハカセさんは反論もできずに、

 下唇を噛みしめながらうつむいてしまった。

 この場所だけ空気が重く冷たかった。


「時間も時間なので夕食にしましょうよ」


 流れを変えるべく、ぼくは一案を出した。


「そーだな。

 ここにいても意味ねーし。行こ行こ」


 マシンガントークを繰り広げたあねごさんは、

 小さくあくびをして玄関へと向かう。

 どうやら換気に成功したようだ。


 ヒメも「あたしもー」と声を伸ばしてあねごさんの後を追う。

 そういえばあれ以降会話をしていない。

 ぼくたちの間に深い溝が入ったままだった。


「ハカセさん、行きましょうよ」と振り向くと、


「あのアマ……」


 爪がめり込むくらい拳を握りしめていた。


「ハカセさーん」


 ぼくは聞かなかったふりをして再度呼んでみる。


「あ、すまない。行こうか」


 追い越して行ってしまった。


「あのビニールシートって何ですか?」


 玄関左の芝生の上に、

 ブルーシートに包まれている不思議な物体。

 大きさで言うと大人1人分くらいの大きさだった。


「書斎にあった死体が腐敗するからって、

 熊さんが外に移動させたものだよ」


「でもブルーシートってありましたっけ?」


「車庫にあったのを、僕が持ってきて被せたのさ」


「ふーん」


 特に関係なさそうなので聞き流した。





 そして夕食の時間となり、

 ぼくたちは昨日同様に食料を集めてリビングに集合した。


「食べながらでいいので、

 今後のことについて話し合っていこうかと」


 ハカセさんがコホンと咳払いをする。


「結局、橋が壊れていて、

 その先には行けなかったんですよね?」


 食パンを片手にヒメが付け加えた。

 どうやらある程度のことは耳にしているらしい。


「一応おさらいするとそうなるね。

 僕たち4人で道を下ったわけだが、

 途中大きな川が流れていて、

 おまけに橋が壊れていた。

 渡るにも水位が増していて、

 危険と判断して引き返すことになった。

 ってことです」


「つまり袋小路状態ってこと」


 サバの水煮缶を手にあねごさんがつぶやいた。

 ある意味缶詰ってことだろう。


「どーすんのよ? 

 このままあたしたち、

 ここで一生暮らさないといけないの?」


「ヒメさん落ち着いて」

 ハカセさんが必死でなだめる。

「通信手段を考えるから」


「通信って何ができるの? 

 ケータイも使えないし、電話も繋がらない」


「まあ火を焚いてのろしを上げるとか方法は……」


「原始的なことで誰が気づいてくれるのよ。

 バッカじゃないの!」


 わがままヒメ相手にハカセさんも、

 てんてこ舞いだった。

 のろしを上げる案はぼくが出したのに、

 頭ごなしに否定されるとイラッときてしまう。

 ましてヒメに。


「捜索組から以上ですね。

 待機組は変わったことはありませんか?」


 ぼくたちの目線がヒメに集中した。

 熊さんは当てにならないからだろう。


「変わったことはないよ。

 一応見回りはしたけど、

 あたしと熊さんの他に誰もいなかったし。

 そうそう熊さんが、

 書斎にあった遺体を外に運んだだけ。

 これはみんな知ってるよね?」


 ハカセさんとあねごさんは無言で頷く。

 ぼくもついさっき、ハカセさんに聞かされていたので承知済み。

 でも白ちゃんは首を傾げていた。


「あたしからは以上よ」


 言い終わったタイミングで、

 ヒメがもぞもぞと座り直した。


「おいデブ、何かあるか?」


 腕を組んで黙っていたあねごさんが、

 上目遣いで熊さんを呼ぶ。


「おらかぁ?」


 どこか間の抜けた返事だった。

 これに対してあねごさんがズバッと切りかかる。


「あのさぁ、デブの一人称ってなまってねえか? 

 おらぁってなんだよ? 

 べつにおらぁでもいいんだけど、おらぁ以外にあるだろ。

 試しに一人称変えてみろよ」


「おらぁは、おらぁだ」


「だから変えてみろって」


「お、お、お、おれえぁ?」


「もういいわ。

 あたいが悪かった。

 で、話を戻すけどデブは何かあったか?」


「死体運んでいるとき鍵があっただ」


 鍵ってもしかして?

 ポケットからゴソゴソと、

 熊さんは銀色の鍵束を抜き取った。

 ぼくが予想していた、

 開かずの地下室も含まれているはずだ。


「デブにしてはお手柄だ。

 早速片っ端から開けていこうぜ」


「待ってください」


 鍵束かぎたばを持ったあねごさんを、

 ハカセさんは強く止める。


「あんだよ? 

 あたいの冒険心がうずうずして、

 張り裂けそうなときに」


「確かにこの屋敷内でまだ行ってない場所もあるでしょう。

 もうすっかり暗くなっているんですよ。

 明日に回しましょう」


「釣れないカタブツだな。1カ所だけならいいだろ?

 ほら、太朗だか誰かが言ってた地下室の開かない部屋。

 もしかしたら通信機とかあるんじゃねえ?」


「よりによってそんな怪しい場所を。

 僕は行きませんからね」


 地下室とか苦手だもんな、ハカセさんは。


「誰もメガネなんか誘ってねーよ。

 じゃあ地下室行く人、手ぇ挙げて? 

 はーい」


 挙手をしているのは空しく、あねごさんだけだった。


「もういいわ。あたいひとりで行くから」


「単独行動は危険です。明日にしてください」


 ハカセさんが透明なグラスに水を注いでいる。

 諦めたほうが無難ですよ、あねごさん。


「じゃあヒメ一緒に行くか?」


「ヤダ。いくらあねごの頼みでも行かない」


「お前も否定派かよ。

 仕方ねえな、あたいらだけで行くか?」


 あねごさんは、ぼくと熊さんを順番に見た。


「ぼくですか?」


「今朝言ってただろ。開かずの間があるって」


「まあ言ったような……」


「真相を確かめないと眠れないんじゃないのか? 

 太朗はそういうタイプだ」


 そこまで深刻に考えていなかったが、

 気になるレベルだ。

 何らかの通信機があれば、

 ここから脱出する希望もあるし。


「よし決定だな。おいデブ行くぞ」


 ピクリとも肯定の合図を送ってないのに、

 強制的になってしまった。


「食事中」


「バカヤロウ! 

 てめえどんだけ食べれば気が済むんだよ。

 あたいらは今、大きな密室にいるんだぞ。

 食料だって限りがあるんだ」


 同じく熊さんも強制。

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