その42:国産ブルドーザ(モドキ)爆誕!
「チャンチャンチャンチャラチャチャチャチャチャチャ――」
勇壮な音楽とともに、始まるラジヲの報道。
大本営発表であった。
史実では「デタラメの代名詞」となる大本営発表であったが、勝っている間は正直だ。
まあ、嘘つく必要ないし。
しかしだ――
勝てば勝つほど国民が浮かれまくって、戦争を終わらせるのがどんどん難しくなってくるんじゃないかと思った。
勝利が全然、終わりに結びつかない。アメリカ本土まで攻め込んで、ワシントンで城下の誓いをさせる力は日本にはない。
そんなのは、当時の日本の軍人にしても常識以前の話だ。だから、長期持久で、アメリカが嫌気がさすまで戦うか、短期決戦で戦意を喪失させるかって選択になる。
戦争を本気で終わらせる気があるなら、こんな情報は統制してもっと国民に危機感を持たせるべきなんだが……
俺は戦艦陸奥の執務室で、書類に目を通しながらラジヲを聞いていた。
ラジヲからは素晴らしき戦果の報告が力強い声音で流れてきている。
一応は「勝って兜の緒を締めよ」的なことも言っているが、なんちゅーかとってつけたような感じだ。
このあたり、21世紀の日本の国際大会などのスポーツ報道と似ているような気がした。
マスコミはイベントを盛り上げるのが最大の使命であると思っているのだろう。
そのためには、ネガティブ情報は排除されるべきと考えているに違いない。
「同じだな……」
俺は小さくつぶやいていた。
アリューシャン海戦で損傷した大和は、一応中破の判定だった。
今は呉で修理中。一時的に司令部は陸奥に移った。爆沈しないよな? 今は1942年だから大丈夫だと思うか。
史実では来年謎の爆沈をする陸奥である。有力な説は、火薬庫への放火である。
色々な説が乱れ飛び、真相は俺のいた世界の21世紀になっても分からんといういうことだ。
まあ、この世界でも、爆沈するかどうかは分からんし。
大和の修理は3か月はかかりそうだった。その間、対空砲火の増強。電探装備などの改装も行われる予定となっている。
被害状況は意外に大きかったらしい。乗っている方はあまり気にならなかったのだが。
まず、非防御区画に喰らった14インチ、16インチ砲によってそこはほとんど廃墟になっていた。
内火艇格納庫と後部飛行甲板は滅茶苦茶だった。甲板に設置された対空機銃や高角砲もいくつかは損傷している。
410ミリの装甲厚を誇る舷側バイタルパート部分も損傷していた。
装甲自体は無傷だが、装甲を支える支持材がたわみ、かなりな量の浸水があった。
この部分の構造を補強する工事も行われる予定だ。これは、史実でも行われたらしいが。
「はぁぁ~」
俺は椅子にもたれかかってため息ともあくびともつかぬ呼吸をした。
「なんだ? 勝っておるのに浮かぬ顔だな」
女神様だった。執務室には俺しかいない。今は女神様は実体化して俺の前に立っていた。
長い黒髪を束ね、ツインテールぽくしているいかにも古代の女神的な髪型。
顔だけ見れば、抜群の美貌といっていい。しかし、中身は大概だ。
「いえ、勝っても、勝っても終わりが見えないのですから……」
「それは貴様一人で抱え込み過ぎだ。もっと仲間を増やすのだ。東條英機だ! やはり政府中枢、大本営中枢にも人脈を広げるのだ」
「まあ…… 分からなくもないですけど……」
今のところ、俺の協力者は大西瀧治郎中将と源田実中佐。
聯合艦隊司令部の幕僚にも俺の正体を明かしていない。
この不条理な状況をどう説明するんだ?
2人に説明したときですら、すげぇ疲れたんだど。
「まずは、聯合艦隊司令部幕僚からでしょう。その次に軍令部、で、海軍省で、その次に大本営に……」
「いつ明かす?」
「ポートモレスビー占領が終わったタイミングでいいと思うんですけど」
「ふむ、まあいいだろう――」
女神様はそう言うと、空いている椅子に腰かけた。
今日の彼女(?)は、いつのも和服っぽい格好ではなかった。
現代風のTシャツを着ていた。
ただ、そのTシャツには巨大な旭日旗を背景に、影絵の大和が書かれていた。
俺はそのTシャツをネット通販で見たことがあった。リアルで着ている人(人じゃないけど)を見たのは初めてだったが。
軍ヲタの俺でも着て外にでるのは、ためらうようなド派手なデザインの代物だ。
「結局、大和を降りるのか…… もったいないではないか」
女神様が口を開いた。
「聯合艦隊司令部は陸に移すべきですよ。こう戦線が広がっておまけにやる事盛りだくさんじゃ、大和が作戦行動している間、司令部が機能しなくなりますよ」
「そうではあるが…… 大和はカッコいいので降りたくないのだ!」
「勝利のためです! 我慢してください」
「む…… 勝利のためか…… 『欲しがりません勝つまでは』ということだな?」
「まあ、そんなもんです」
分かってくれるなら「ぜいたくは敵だ」でもなんでもいい。
海軍省、軍令部には聯合艦隊司令部を陸に上げることで、話しを進めている。
以前から、話しはしていたが、ここにきて、一気に具体化しそうな感じだ。
これで、俺も最前線に出ることはなくなる。
軍人でもない俺に、最前線とか絶対無理なのだ。いつか戦争神経症になってしまう。
「勝つためにはやる事てんこ盛りなんですよ……」
「分かっておるわ! アングロサクソンより東亜を解放する日まで戦い抜くのだ!」
「……」
本当にやることは盛りだくさんだ。
今、ポートモレスビー攻略に向かっている機動部隊は、修理を行っていた赤城に試作の対空レーダーを無理やり乗せた。
第二航空戦隊、飛龍の艦長である柳本大佐が「飛龍にも設置して欲しい」と希望したらしいが、機材が揃わないので断念した。
まあ、1艦だけというのは心細いし、バックアップは必要だと思ったが、無いものは無いのだ。
今の日本では赤城に1艦に設置するのが精一杯。予備の真空管もたくさん積んである。
後、レーダー情報をまとめて、CAPに伝える方法は、源田実の提案で行くことになった。
97式艦攻を指揮機として、そこから中継して、戦闘機に伝えるというものだ。
搭載無線機は従来のものだが、設置方法やアースの取り方を変えて、なんとか実用できるレベルにはなったようだ。
ただ、長期航海で潮風に晒されたときにどうなるかは分からない。これも予備の真空管と民間技術者を乗せて手間かけて解決する方針だ。
機械的信頼性は一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。フィールドエンジニアを充実させて、運用効率を上げるしかない。
後、海上護衛の専門部隊の設置は、順調に進みそうだった。近々には組織が立ち上がる予定だ。
聯合艦隊からも、艦艇を抽出しなければならない。その点で、聯合艦隊内部が一番反対が多いというのが現実だった。
しかし、海上護衛に関しては、商船暗号を真っ先になんとかしなきゃいかんわけだ。
これも、一応話だけは進めてはいる。
今のところ、商船の被害が、当初の予測範囲内にとどまっている。今のうちに対策しておけば、史実よりはマシになるかもしれない。
ただでさえ、船舶は不足しているのだ。
「ああ、明日は施設本部に行くのか……」
「排土車か?」
「そうです」
女神様の言った「排土車」とは「ブルドーザ」のことだ。
一応、ポートモレスビー攻略部隊と最前線であるラバウルに試作品を送ったのだ。
俺はバタバタしていて現物を見ていない。
呉の施設本部と民間企業が特急で作り上げたという排土車を視察しに行くのが明日だった。
まあ、実物は見ていないが、写真と仕様の書類はすでに目を通していた。
しかし、これは……
写真に写っている機材はとてもブルドーザに見えないものだった。
まあ、明日実物を見て確認すればいいのだが……
ブルドーザーの開発は凄く重要だ。
史実でも1943年から日本でも配備されたが、数も性能も十分ではなかった。
基地航空戦になったときに、非常に重要なのは、その基地を維持する能力だ。
この能力が低いため、日本の基地航空隊は、戦う前に地上でどんどん消耗していった。
その辺りは何とかしたいと思っている。
空母で空母を攻撃するような戦いが出来るのはおそらくは、1943年までだ。
それ以降は、基地航空部隊の連携で攻め込む米軍を迎撃するという形以外での勝機は皆無だと思っている。
さらに、1945年になると、それですらかなり厳しくなる。
米軍の機動部隊は1000機を超える運用が可能になるだろうし、それに対抗するのは現実的に厳しすぎる。
そうなると、機動部隊本体への攻撃は陽動程度にして、本命を補給ラインにするしかなくなる。
とにかくだ。
こういった色々な青写真もブルドーザがないと話にならないということだ。
最新の戦闘機なんかより、こっちの方が絶対に重要なんだ。
「零戦の後継機はどうするのだ?」
俺の思考を読んだように、女神様が言った。
「雷電の開発が進んでいるはずですよ。これに絞ろうかと思っているんですけどね」
「烈風はどうなるのだ? 紫電改は? 震電は? デブの雷電で1機種だけか?」
「いえ、零戦の改造を続けて、空母の運用は零戦。陸上は雷電にしたいんですけどね」
「雷電か……」
雷電は振動問題で戦力化するまでに時間がかかった。
大西中将を通して、航空本部には史実で行った振動問題解決方法の情報を流している。
対症療法であるが、プロペラ剛性を上げるのだ。
これで、戦力化は早まると思う。
史実でも、海軍は零戦の生産を絞って、この雷電を主力戦闘機にすることを考えていたくらいなのだ。
おまけに、陸軍もこれに同調。主力機として採用を検討していた。
雷電がこけてなかったら、陸海軍で機材の統一ができたかもしれない。
それができたら、その影響は凄く大きい。だから、雷電なんだ。
雷電が成功して戦力化されれば、日本の航空戦力はかなり変わると思う。
性能も悪くない。
最終型では最高速度は330ノット(610?/h)以上。
上昇力で雷電に勝てる戦闘機は連合国の中にはない。
横転も早いし、火力は20ミリ機銃4門ある。
空中での機動性も決して悪くない。縦の空戦であれば馬力荷重が良いので、強力な機動ができる。
アメリカの調査でもP-51以外の全ての戦闘機に勝ると評価された機体なのだ。
まあ、このテストでは他の日本機同様、雷電もアメリカ製のプラグ、オイル、エンジンで改造されていたようなものだが。
なんでも670?/h以上を叩き出したらしい。
誉エンジンがまともに動いた紫電改と比較すれば、空戦性能は劣るかもしれないがそう引けを取る機体ではない。
そもそも、この誉がやっかいすぎる。火星エンジンの信頼性には勝てない。
機材開発は絞り込んでいきたい。戦後のプラモデル屋には悪いのだが。
ただ、さすがに艦上機まで雷電にするのは、事故続出の可能性が高いのでやめにしたい。
史実では、それすら検討した形跡があるらしいが。
零戦の生産は続ける。なんせ、操縦しやすい機体だ。それは事故が少ないともいえる。
最終的には52型丙が主力になるのではないかと思う。
このあたりはエンジン開発の進捗次第だ。
「勝てるなら、この際、何でもよいのだ! 鬼畜米英皆殺し! アングロサクソン撃滅! 神州不滅の八紘一宇なのだぁ!!」
旭日旗と大和がプリントされたTシャツを着た女神様が、ぐぁと立ち上がり叫んだ。
「あが? き、貴様…… 動くな! 動くなというに!」
急に女神様が苦しそうに声を上げた。
「吾の封印が…… 吾は戻る! この世界の神州を滅ぼした大戦犯を封じなければならぬ!」
そう言うと、女神様は光の玉となり、俺の体の中に飛び込んでいった。
「なんだそれ……」
執務室に残された俺は、意味不明な女神様の行動にポカーンであった。
◇◇◇◇◇◇
「これが、排土車ですか…… 日記に書くべきか? どうなのか? 読者受けを考えると微妙ですな。どうでしょうか長官?」
「俺にそんなこときかれても困る――」
「そうですか……」
ここ最近、自分の日記を基準に物事を言うことが多くなった宇垣参謀長が言った。
日記の書籍化で最近は頭がいっぱいになっているように見える。
俺のすげない返事に、ちょっとガックリしている黄金仮面。
つーか、俺に自分の日記の内容に関する意見を求めないでくれよ。
俺、宇垣参謀長、黒島先任参謀、三和参謀、渡辺参謀で呉の施設本部を訪問したのだ。
ブルドーザを見るためにだ。
「山本長官をはじめ、聯合艦隊の方に来ていただけるとは……」
「いや、そんなに緊張しなくていいから」
ガチガチの敬礼をする技術士官に対し、俺は言った。
説明役のこの士官が開発プロジェクトのリーダーだったようだ。
「しかし、これは…… なんですか?」
「排土車です! 本邦の実情に合わせた排土車です」
渡辺参謀が長身を折り曲げて、目を近づける。
確かに、そう言いたくなる代物が俺たちの目の前にあった。
「わが社の技術を応用した量産性に優れた機材なのです!」
分厚い丸いメガネをかけた男が言った。
コントでしか見たこと無いようなメガネだ。リアルでこんなメガネかけている奴がいるのか? さすが大日本帝国だ。
「君は民間企業の?」
「はい! 大日本超積載車両工業の下山田といいます」
「あまり聞いたことの無い、企業ですな」
三和参謀が訝しげにいった。お前、それ失礼だろ?
このブルドーザの開発に協力した民間企業の社長だった。
「いやぁ、わが社はこれから、勇躍する新興企業ですからな! 軍命とあらば、どのような納期でも対応いたします!」
まったくそんなことを気にせずに、その男は言った。
満面の営業スマイルだった。
社長というが、まだ30代前半に見えた。若い。
「車両というと、なにを専門に…… トラックですかな?」
黒島先任参謀が聞いた。
「いえ!」
「建築用の車両で?」
「いえいえ! リヤカーです! 弊社は施設本部にリヤカーを納入している業者なのです!」
なんだよそれ?
書類には社名しか書いてなかったけど、リヤカーの会社。
ああ、それでか!
納得できるよ。このブルドーザみたいなの……
俺は、技術士官を見た。多分、ちょっと怖い顔だったのかもしれない。
「いえ! あの…… 有力企業はほとんど、陸軍に抑えられておりまして…… しかも、短納期で対応できる企業となりますと……」
しどろもどろで言いわけめいたことを言い始めた。
そんなこと別に責める気は無いけど。
俺は改めて、そのブルドーザーを見た。
そうだよ。
まるで、リヤカーを連結したような形で、前に排土板がついている。
だいたい、本体が鉄パイプで、ベニヤ板で作られているってどうなんだ?
「エンジンは! エンジンは国産統制型の信頼性の高いものを乗せてあります。トラックのものです」
「ああそう」
それは鉄パイプで構成され、エンジンを積んで、ボディをベニヤで囲んだものだ。
キャタピラではない。
でかいタイヤが隙間なく6個ついている。6輪車ということだ。
いや、でかいタイヤじゃない。写真じゃよく分からなかったが、これリヤカーのタイヤだよ。それを横にいくつも重ねてるんだ…… それで1本の太いタイヤに見えるんだ。
なんだこれ?
排土板は太い鉄パイプに連結されていた。
それをワイヤーで操作するように見えた。ワイヤーが剥き出しだ。
なんつーか、凄く雑な作りに見える。
「これ、6輪駆動なのか?」
「はい、そうです。社内試験では、抜群の不整地における走行性能を達成しております。無限機動装備の車両に劣りません!」
グリグリメガネの下山田社長が力強く言い放った。
「はい、見た目は…… まあ、アレですが、我々の受け入れ試験でも、要求仕様は満たしているかと」
確かにキャタピラより手間が無い。生産性も高い。
建築機材でも、キャタピラではないこういった機材は見たことある。
しかし、戦場で使うのはどうなんだ?
「欧米列強と同じものを作るのでは芸がありません。いいですか、この機材は革命なのです。我社では大量生産体制のラインも組んでおります! 今後はこの排土車を主力しとして、東亜に! いえ、世界に雄飛するのです! 当然、お国へのご奉公なのです」
興奮して唾を飛ばしながら、熱弁をふるう下山田社長。
「まあ、とりあえず、動くとこ見たいんだけど……」
俺は言った。
俺の思い描いていた、物とは違ってはいたが、まあ使えればそれでいい。
「しかし…… もう少しかっこよく…… 一般受けという視点が欠けているのではないかと」
宇垣参謀長の小さな呟きが聞こえた。それは、どうでもいい感想だった。
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