その20:東京空襲! 小笠原沖海戦 4

 大和の通信班は優秀だ。まあ、通信班に限らずどこもかしこも、最優秀の人材で固めている。

 なんせ、水中調音機の人材ですら潜水艦や駆逐艦配属者以上の能力を持っている。このような人材の配置はおかしいんじゃないかと思うけど。

 まあとにかく、通信班が優秀なのは助かる。膨大な情報がここ大和に集まってくる。なんせ、聯合艦隊旗艦なのだ。

 その情報の優先順位、ただちに長官である俺のところに持ってくるように言ってあるのは「ドゥーリトルの東京空襲」関連の情報だった。

 そして、今新しい情報が入ってきた。


 B-25が見つかったのだ。攻撃機とは別途飛ばしてあった哨戒機が発見したのだった。

 飛んできたのは空母艦上機ではないことが、ここではっきり分かった。


「やはり、長官の読み通り、双発の陸軍機を……」

 司令部内がざわめく、俺が可能性の一つとして示唆していたわけだが。

 史実で知っていたことが史実通り起きただけなのだが、俺の「戦略眼」に対する評価はうなぎ上りだろう。


「ずいぶん、高度が低いですが……」


 宇垣参謀長が訝しげにつぶやく。

 報告では高度2000メートルといってきている。

 実際には、本土侵入時にはもっと下がるはずだ。

 こっちのレーダを警戒しているのだ。まあ、レーダね……

 大日本帝国には、まともなレーダないんだけどね。


 九十九里にないわけではないけど、キャッチしたって話は知らん。

 この時点のレーダは安定稼働してないからね。

 ほとんど試作品レベルだからね。


「侵入時には低空を飛んでいるはずだ。各航空隊には即時通達だ。陸軍航空隊にもだ。これは大日本帝国の戦いだ」

 俺は真剣に言ったよ。本当に真剣だよ。

「敵は高空からくる」という予断も迎撃失敗の要因だったんだ。


 あと、陸軍への連絡は必須だ。

 なんせ、本土には陸軍の機体の方が多い。97式戦闘機が主流だけど。

 史実では、もはや陳腐化した97式戦闘機では有効な攻撃ができなかった。

 高度を見誤っていたというものあるけど。7.7ミリ機銃2丁で、確実に爆撃機を落とせる時代は終わっている。

 それでも、袋叩きに出来る状況が生まれれば、なんとかなるかもしれない。 


 後は、キ61だな。

 史実では三式戦闘機「飛燕」として採用になる陸軍の戦闘機2機が迎撃に上がっている。試作中に。

 模擬弾しかもっていなかったので、1機は実用弾交換中に、攻撃機会を逃し、もう1機はそのまま攻撃。

 しかし、大してダメージを与えていない。

 ちゃんとした実用弾なら、どうだったんだろう。

 今回は、前回より時間的余裕があると思うんだが。


 キ61はドイツの液冷エンジンを搭載した、新鋭機だ。この時点で時速591キロを叩き出し、日本の実用戦闘機では一番速い。

 12.7ミリ機銃、4丁は陸軍機としては最強の部類に入る。世界水準では並みといった感じだけど。


「とにかく、低空だ。低空を警戒するように、各地に伝えろ」

 この命令伝達が即時で上手くいくかというのも、この時代の課題の一つではあった。

 各部隊が手足のように、即時こっちの言うとおりに動いてくれるわけでもない。

 色々な齟齬が発生する可能性もある。


 命令を出してしまうと、もうこっちはやることが無い。

 各実戦部隊の奮闘を願うしかない。

 

 空母を沈めるのも重要だ。作戦の第一目標といっていい。

 そして、空爆阻止。これも重要なんだ。

 つまり、この「ドゥーリトル空襲」という作戦を完全な失敗に終わらせること。

 それにより、アメリカ国内の対日戦略に影響を与えるんだ。

 

 1.ニューギニアから反撃を主張するマッカーサーを封じる。

 2.対日主戦論を唱える海軍の発言力を落とす。


 1は、すでに進行中だ。マッカーサーはコレヒドールに籠城中。

 あの「煽り」が効いたのだろうか。


 2は、これからだ。このアメリカにとって、この作戦の失敗はとてつもなく痛いはずだ。


 軍事的、戦略的なリターンは望めないのに、高リスクの作戦の実行と失敗はルーズベルトに政治的なダメージを与えるはず。

 反撃戦力として貴重な空母を失う。今後、正面からの反撃はしにくくなるはず。

 日本海軍に対する連敗記録が伸びる。士気の喪失は更に悪化するはず。

 日本に情報が漏れているのではないかと、疑心暗鬼になる可能性がある。今後の作戦活動に掣肘が加わるはずだ。逆に今後について、史実の情報を頼りにはできなくなる。今回の作戦成功は、そのようなリスクもある。でも、やらなければ、日本は多分負ける。やったから、勝てるかどうかは分からんけど……


 ざっと、俺はこの作戦成功の効果を考えた。


 とにかく、海軍の士気を下げ、アメリカを対日戦は「消極防衛」一辺倒に持ちこむこと。

 アメリカ海軍は真珠湾か、できれば西海岸にでも引きこもってくれないかと思う。

 とにかく、後は防衛ラインの築城を急ぐのだ。

 ニューギニアを固めて、オーストラリアに蓋をする時間をかせぐ。

 後は、国際状況の変化を待って、持久するんだ。

 国際状況の変化を知っているという後知恵なくしては、できない戦略なんだけどね。


 このドゥーリトル空襲の阻止と、空母撃滅は、今後の戦争遂行の方向性を左右する重要な作戦なんだ。

 俺の中では真珠湾なんかより重要だと思っているくらいだ。


「接敵中の飛行艇、接敵を断念。退避中です――」

「そうか」


 そりゃ、そうだ。

 いくら、高性能でも、空母に搭載している戦闘機に襲い掛かれれば、排除されてしまう。

 むしろ、ここまで粘ったと賞賛したいくらいだよ。表彰ものだ。

 俺は、搭乗員たちの無事を願った。本当に優秀な搭乗員たちなんだろうと思う。

 

 索敵攻撃に入っている一式陸攻90機からは連絡はない。

 無線封止中なのだろうな。

 二式飛行艇からの情報をキャッチしているなら、捕捉の可能性は極めて高い。


「5航戦は――」

 空母翔鶴、瑞鶴を主力とする機動部隊も進撃中だ。


「無線封止中ですが、大艇からの索敵情報は大和からも打電しています」

「そうか」


 黒島先任参謀が胸を張って行った。「当然じゃないですか」みたいな顔している。


 史実のミッドウェーでは、空母赤城が「米空母がミッドウェー近海で行動中の可能性あり」という電文を見落としていた。

 大和からも送るべき通信を「いらねーだろ」って潰したのは目の前の黒島先任参謀なんだけどね。

 まあ、今回はそんなことが無いように、大和からもバンバン送っているからな。

 赤城より新型の翔鶴、瑞鶴なので、通信設備もマシなはず。

 

 つーか、赤城はさ……

 予算不足で、高角砲とか旧式のまま開戦しているし。なんで、この艦が旗艦だったんだよって感じだ。

 今回は、インド洋で受けた損害を復旧すると同時に、改装も行うわけだけど。


 90機の陸攻と翔鶴、瑞鶴の空母2隻。

 合わせて、250機近い航空戦力だ。練度も抜群だ。

 敵は、空母2隻と言っても、戦闘を行えるのは、エンタープライズのみだ。

 わが軍は、圧倒的だった。絶対勝てる。


        ◇◇◇◇◇◇


「おい、しっかり見張れよ」

「はい」


 第一梯団として、飛行していたのは木更津基地を発した一式陸攻27機だった。

 エンジン不調で3機が基地に戻っている。

 この攻撃隊は全機が25番(250キロ爆弾)装備機だった。

 本来であれば、雷爆同時攻撃が望ましかったが、空中集合の時間を惜しみ、とにかく敵を目指して飛んでいたのだ。


「雲量が多いな……」

 機長である井本大尉は、ポツリと漏らした。

 雲が多いのは、敵発見には不利だった。雲の下に思い切って出るか――

 そのようにも考えた。

 雲の切れ間から見えないことはない。しかし、高度を下げることによって、燃料消費も増える。空気抵抗が上がるからだ。

 彼は、思考を巡らせたが、結局そのままの高度を維持する。


 先ほどまでは、接敵中の索敵機からの情報は入っていた。

 しかし、今は接敵を断念。退避しているという情報が入った。

 まあ、米空母相手に、よく粘ったと思う気持ちもあったが、もう少し、頑張って欲しかったという思いもあった。

 

 今のところ、敵の発見はできていない。

 そろそろ、見つかってもおかしくなかった。


「燃料は…… 厳しいか……」

 双発機としては破格の性能を誇る一式陸攻。その航続距離は、他国の4発機を上回るレベルにある。

 それでも、この長距離の索敵攻撃任務は厳しかった。

 敵は動くのだ。それも高速で動く機動部隊だ。最後の位置情報から、それなりに時間が経過している。


 しくじったのか…… 

 その思いが胸の中に湧き上がる。


「進路そのまま」


 とにかく、限界まで進む。そこで見つからなければ、もう戻るしかなかった。


 この時期の日本海軍機にはレーダーは無い。

 敵の発見は目視に頼るしかないのだ。

 しかし、人間の備えた2個の光学識別センサーは意外に高性能なのだ。


「あッ! 船だ! あれは…… 駆逐艦? 機長! 駆逐艦です! 駆逐艦発見!」


 見張りの声が響いた。

 陸攻はそのとき、駆逐艦を発見した。

 それは日本海軍のものではなかった。

 そして、日本海軍のものではないということは、敵であるということだ。


「空母は? 空母は!」

「いません! 単艦で行動中です」


        ◇◇◇◇◇◇


「グインからです! 潜水艦らしきもの感あり! 10時方向、距離3海里」


 駆逐艦からの発光信号を受け、エンタープライズの戦闘指揮は騒然とする。

 うるさい、日本製の飛行艇を追っ払ったと思ったら、今度は潜水艦だった。


「ジャップのやつら、クソ潜水艦まで持ち出してやがったのか! 地獄に叩きこめ!」

 ハルゼーは荒れ狂った。

 その一方、冷めた頭の芯ではある思考が走っていた。

(この作戦、ジャップに読まれているのでは……)


 3日前の東京放送内容を思い出してた。

 それはロイターが伝えたニュース「米軍爆撃機3機が日本を爆撃した」というニュースを否定し、笑い飛ばすものだった。

 この時は気にもとめなかった。クルーの中には気にしている物もいた。しかし、これはこの作戦とは関係ない。

 ただの誤報だ。戦争報道ではよくある話だった。

 謀略放送とは思えない。しかし――


 今の状況の全てがハルゼーを疑心暗鬼にしていた。

 とにかく、空母は戦闘機を収容する必要がある。このため退避は遅れていく。

 たった1機の飛行艇になんてザマだと思っている。


 そして、やっと反転できたと思ったらこれだ。

 潜水艦?

 どこまで、ジャップはしつこいんだ。


 潜水艦の発見を伝えたのは、グリーブス級駆逐艦のグインだった。

 音源の元に向かうと、爆雷を投下する。


 そして、爆発音が海中に響き、海水を撹拌する。

 静寂が戻り、再び聴音を開始する。


「音源、喪失――」

「見失ったか?」


 圧潰音が無かった。おそらく逃げたのだ。

 グインは潜水艦を掃討するとエンタープライズに告げた。

 次第に退避行動をする本体と離れていく。

 徹底的に危険を排除する。しつこい攻撃はアメリカ海軍のやり方だった。

 また、ここで潜水艦を放置するのは危険だった。


 しかし、この海域で活動中の日本の潜水艦はただの一隻もなかった。

 完全な誤認であった。

 当時の水中聴音の性能では、日米ともヒューマンエラーを完全に排除するのは困難であった。


 潜水艦の聴音は誤認であったとしても、それを責めることはできない。

 なぜなら、責めた結果として、本物を探知したときに、報告を躊躇することがあったら最悪だからだ。

「いないを、いる」と誤認するより「いるを、いない」と誤認する方が危険だからだ。しかし、それは状況によった。


 本隊から外れたグインは、日本海軍の一式陸攻に発見されていたのだった。

 このときは、雲量の多さが日本側に味方した。

 彼女は、米軍にとって災厄を呼び込む存在となっていた。


「レーダーに反応です! 日本機向かってます! 距離50キロ 大編隊です! 30機以上!」

 エンタープライズの司令部に、声が響く。

 ハルゼーは握りしめた葉巻をへし折った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る