その12:ブリスベーン・ライン
「長官すごい船ですね」
「ああ……」
宇垣参謀長の言葉に、同意するしかなかった。
いや、技官に「君たち、失業するぜ」とか「床の間の飾り」とか言っていたけど、これは本当にすごいわ。
(その時言ったのは俺じゃないけど)
でも、マジで飾りたい。
それほどまでに美しく圧倒的な存在感がある。
鋼鉄の島だよ。これを当時の日本人が造り上げたんだよ。
俺はその艦の上の坂のようなうねりのある甲板に立っていた。
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(画像協力:艦船模型製作工房 大磯海軍工廠様 http://oisofactory.web.fc2.com/)
1942年2月――
戦艦大和が聯合艦隊旗艦となった。
満載排水量7万トンを超える怪物戦艦。鋼のモンスターだ。
1942年時点、46サンチ9門も火力は戦艦としては地球上最強の存在だ。
戦艦歴史の最期に位置する、進化の頂点、最強の戦艦。
それが大和だ。
46サンチ砲は、米戦艦に安全な砲戦距離を許さない。
2万~3万メートルの距離で、計算上、どこの装甲板もぶち抜く。
戦艦という兵器の持つ圧倒的な破壊力、その存在感。非常に分かりやすく「カッコいい」艦なのだ。
戦艦が兵器として主力の座を落ちていることは、多くの海軍軍人が認識していた。
ただ、それでも「大艦巨砲主義」とか「戦艦信仰」が強かった理由は分かる。
見た目に強そうなのだ。
説得力が違うのだ。
空母の平べったい艦影に比べ、どでかい大砲を並べ分かりやすいのだ。
このふっとい横幅。島のような巨体。
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(画像協力:艦船模型製作工房 大磯海軍工廠様 http://oisofactory.web.fc2.com/)
沈むわけがないという感じになるのは分かる。
沈むけどね……
魚雷10発以上くらえば、そりゃ沈むよな……
いや、俺は沈めたくねーわこれ。
とにかく、戦艦はカッコいいのである。
これが、各国海軍が「大艦巨砲主義」から抜けられなかった理由ではないかと思った。
外国じゃ大和以降も戦艦を造っているわけだ。戦後に就役した戦艦もある。
別に、日本海軍だけが「大艦巨砲」に毒されていたわけじゃない。
むしろ、脱却は早かったのだろうと思う。
ただ、この大和……
どーやって使うんだ?
まあ、太平洋戦線では、空母の護衛か艦砲射撃くらいしか任務がないんだけど。
いや、なんか大事にしまって、傷つくの嫌だよって気持ちになるの分かるよ。
史実で出し惜しみされたってのは、まあ心情的に分かる。
大和は、必要以上にかっこよすぎたのがいけないんじゃないか?
奇跡だよ。このフォルム。
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(画像協力:艦船模型製作工房 大磯海軍工廠様 http://oisofactory.web.fc2.com/)
俺はいつまでも、この美しくも禍々しい艦を見つめていたかった。
◇◇◇◇◇◇
「これは、長門に比べ、なんと豪華に……」
宇垣参謀長が、普段の鉄仮面顔を崩して言った。
この感激は日記に書きとめそうなくらいだ。
聯合艦隊の司令部設備も充実している。
作戦室も豪華だ。
しかし、この豪華な作戦室に合った、立派な作戦を立案して提案できるのか。
でもって、軍令部を説得できるのか?
長門から大和に旗艦が変わったことで、歴史の流れが進んでいることも実感する。
色々、これから先大変だ。
史実の山本五十六みたいに「辞職」をタテに、作戦を飲ませることは難しい。
あと一回はできるかもしれないが「どうぞ、どうぞ」と言われてしまうと困るのだ。
予備役とかになっても困る。
ブーゲンビルの戦死はないだろうが、敗戦すると戦後の「戦犯」は確実だ。
真珠湾奇襲の主犯だもん。アメリカの復讐したい人No.1だよ、俺は……
とにかく、作戦案を考えだし、軍令部に出して説得させ、でもって陸軍をまきこむ。
史実の山本五十六だって、100パー自分の言い分を通せたわけじゃない。
当然、交渉して取引というか、妥協があるわけだ。
軍事作戦で、各方面の意見を聞いて、調整するのは分かるが、メンツをつぶさないように妥協するというのは困る。
また、分けの分からん、中心軸の無い戦いになってしまう。
ああ、戦犯まっしぐらだよ、そうなると。
作戦会議は始まる。
海軍として気になるのは、まず生きのこった米空母の動きだ。
「米空母が動きだしましたな」
参謀長が言った。
米空母が小規模な攻撃ながらも、マーシャル諸島などに攻撃を仕掛けてきている。
今のところ、被害そのものは大きくない。
「敵空母の動向はつかめないのか? 軍令部への要請は?」
俺は彼を通して軍令部の諜報機関の人員拡大を要請している。
大和田通信所の増員だ。
これには、数学の専門家をつぎ込み、暗号解読は無理でも、公開情報の解析で、動向を掴めるようにしたい。
「今のところ、人員を増強を進めていますが、まだ表立った成果はないでしょう」
表情を変えずに宇垣参謀長は言った。
まあ、しばらくは無理だろう。
諜報部門のトップには、史実でも実績を上げている実松譲を推薦している。
一度、本人にも会っておくべきだろうか。
資源地帯の確保を目指した第一段階作戦は順調だった。
史実通りなのではないかと思う。
2月15日にはシンガポールが陥落した。
良質な原油のでるバリクパパンも確保した。
蘭印最大の産油地はなんといってもパレンバンである。
ここの製油施設はかなり早く復旧される。
しかしだ、このパレンバンは陸軍の管轄となって、海軍は燃料を貰えない。
史実では、無断で油の補給を要請した海軍管轄のタンカーが問題になったりしている。
パレンバンの油田の何割かはそこから自由に使えるようにしたい。
「産油地帯の陸海軍の管轄割り当てに、働きかけしたいが…… 軍令部に話をしておいてくれ」
渡辺安次参謀に言った。
「はい――」
彼は短く返事をした。
ソロモン方面での戦闘はしないが、どうしてもニューギニアは戦争せざるを得ない。
フィリピン剥き出しは危険すぎる。
アメリカが絶対に奪回しようとしてくるのは、まず間違いなくフィリピンだ。
そして、そのためには、ニューギニアに足場を作らないといけない。
いくら、チート級の物量を誇るとはいっても、中継地点もなしの補給ラインなんて作るとは思えない。
オーストラリア⇒ニューギニア⇒フィリピンという侵攻ラインは鉄板だと思う。
そして、中部太平洋の米軍侵攻は、ラバウルを中心に固める。
史実みたいに、トラック空襲で壊滅ということがなく、後方基地がきちんと機能するなら、マリアナの要塞化までの時間をかせげる。
前線で踏みとどまって、内部をカチカチに固める。
果たして、そのような国力があるのかどうかという疑問が残るが。
つきつめれば、時間と輸送力の問題になるだろう。
「シンガポールにおける陸軍の動きに気になることがあります」
黒島先任参謀が言った。
「なんだね?」
やな予感がしつつ、俺は訊いた。
「なにやら、華僑に対する大規模な虐殺が、命令なしで行われたとか…… いや、命令が偽造されたとか……」
黒島先任参謀が言った。海軍の高級士官らしく、陸軍が嫌いなようで、苦虫を潰したような顔だ。
彼は、史実では味方を特攻させるアイデアを次々生み出す参謀である。
で、大西瀧治郎みたいに腹切るわけではなく、生き残るんだけどね。
しかし、今はまだそんなことは、本人も夢にも思ってないだろう。
はいはい、華僑虐殺ね……
ああ、俺それ知ってるよ。首謀者も知っているよ。
丸メガネかけてる参謀殿だよ。
シンガポールで華僑殺しまくったんだよな。命令ねつ造して。
俺の脳裏に一人の陸軍軍人の名前が浮上する。
辻政信中佐――
大日本帝国陸軍をある意味代表する参謀だった。
「無謀、凶暴、横暴」の三拍子揃った超逸材。100年に一人レベルかも知れない。
少なくとも戦後70年彼以上の参謀はいまだに出現してない。
つーか、出たら困る。
勇敢だという評判は、下士官とか兵から多い。
陣頭指揮で弾の下をくぐる高級参謀は彼くらいだという評価。
砲弾や銃弾を恐れず、怪我した兵士を背負って助けるとか、悪い話しばかりじゃないことは知っている。
でも、それって参謀の仕事なのか? って気もする。
教官か何かをやっていたときの評価も高いみたいだ。
皇族の中にも評価する人がいたりするのは、戦後の史料で確認できる。
ただ、参謀としては問題ありすぎだ。
参謀として有能だと評価する人もいないわけではないが……
成功したのは、マレー作戦だけじゃないのか?
どーなんだろ。
あれは、朝枝繁春参謀も一緒に立案に関わっているし。
チームで仕事しているんだよね。あの時点では。
史実ではここから先が凄まじい。
敵も味方も殺しまくる。
殺人マシーンだよ。殺戮の申し子のような参謀だ。
戦後、ある歴史研究者は、生きている彼にインタビューして「本物の絶対悪を見た」とまでコメントしている。
それでも、人気があって、政治家になって、地元では銅像立っている。
とにかく、彼とはリアルではあまり関わり合いになりたくない。
女神様なんか見せたら、意気投合しそうだよ。まずいよ。
アングロサクソン殲滅計画に走って行きそうだよ。
食べちゃいけないものまで食べちゃいそうだよ。
まあ、女神を見せる気は全く無いし、俺は会う気もないけど。
辻政信は、この戦争は人種戦争であり、アングロサクソン殲滅戦争であり、協力したアジア人も死刑という突き抜けた思想の持ち主だ。
そのためなら手段を選ばない。大陸命のねつ造など朝飯前だ。
まずは、シンガポールで華僑の虐殺ね。
次は、フィリピンだ。バターンでもやるぞ。バンバンやる。史実通りなら。
アングロサクソン殺戮マシーン絶賛稼働だよ。
陸軍士官の大多数は、そんな武士道にもとる行為はしない。
陸軍=悪役というイメージが強いが、そんなことはない。
陸軍とは、だいたい、その国の縮図のようなものになる。
徴兵制を行い、全国から兵隊を集めているのだから。
実際に、辻のねつ造命令を疑ってやらなかった将校も多くいる。
バターンでは、捕虜を逃がしてしまった人もいる。
俺も、心情的にはなんとかしなきゃいかんかという気持ちはないではない。
しかし、俺はそれどころじゃない。
俺だって、このままじゃ戦犯だからね。
それか、機上戦死だよ。
そもそも、俺は海軍で、あっちは陸軍なんだ。ちょっと手は出せないし、出したくもないが。
ああ、出会うのは嫌だな。
となると、ガダルカナルの戦いは絶対に起こしてはいけないということだ。
史実では、ガダルカナル戦の最中に、山本五十六と辻政信は面会しているし。
ポートモレスビー攻略はやるつもりだが、陸路攻略は阻止しないといかんかもしれない。
まあ、これもマッカーサーの動向次第という部分はあるけど。
ニューギニアにも出張ってくるんだよなぁ……
いくら陸軍の中央と調整しても、現地で活動するから、防ぎようがない。
対抗措置が殆ど無いという点では、大戦末期の米軍並みだよ。
米軍の無慈悲な物量も頭が痛いが、身内の殺戮マシーンも厄介だ。
まあ、今はいい。
今は、辻中佐どころではない。
それよりも、マッカーサーと、東京空襲阻止、インド洋作戦だ。
「フィリピンは、苦戦しているようだね」
「マッカーサーが徹底抗戦の動きのようですね」
「ほう――」
今は2月だ。
陸軍はバターン包囲中となっている。そろそろ、増援部隊が送られ、米軍は潰走する。
そして、コレヒドール要塞攻略戦に移行する。
「ああ、とにかくマッカーサーだな……」
俺はさっきまで読んでいた報告書を手に取った。
パラパラともう一度見て見る。
フィリピンでは、大西瀧治郎が動いたようだ。
陸軍と協力して、マッカーサーをフィリピンに縛り付ける宣伝工作をしている。
こっちの情報を明かして「お前らのやることは分かってるんだよ」という思い込みを作るものだった。
あえて、こっちからマッカーサー脱出の情報を流すというものだった。
上手く行くのかどうかは、分からないが歴史にはないことをやっているのは事実。
なにかの影響はあるかもしれない。
そもそも、マッカーサー脱出の時期があやふや。場所もあやふや。
グーグル先生でもあればいいが、そんなものはない。
まあ、この謀略で計画がバレタと思って、思い止まってくれるのを願うしかない。
資源地帯を長く守るには、フィリピンを守る事が必須だ。
フィリピンが米軍の手に落ちれば、日本の資源輸送の大動脈は切断される。
そのフィリピンへの米軍侵攻を遅らせるには、ニューギニアが重要になる。
ニューギニアで日本軍を翻弄したのマッカーサーだ。
そして、オーストラリアの防衛ラインを見直しさせたのもマッカーサーだ。
オーストラリアは、自分たちの軍隊を欧州戦線に出している。
兵力不足だ。
しかも、各地で連戦連勝の日本軍を過大評価している。
まあ、アメリカですら西海岸での防衛計画を起案しようとしていたくらいだ。
地理的にも近く、日本軍が本土に目と鼻の先まで来ている。そんなオーストラリアが過大に怯えるのは当然だった。
カーティン首相は、人口集中地帯以外の国土を捨てにかかった防衛ラインを引くつもりだった。
ブリスベーンとアデレードを結ぶラインを設定。「ブリスベーン・ライン」といわれるものだ。
オーストラリアは、その南東側の人口集中地帯だけを守ろうとした。
シドニー、キャンベラ、メルボルン、ニューキャッスルなどの都市があるエリアだ。
要するに大きく戦線を後退させ、持久する気だった。
これは、フィリピンから逃げてきたマッカーサーによって破棄される。
一気にニューギニア、ポートモレスビー死守に方向転換だ。
じゃあ、マッカーサーいなければどうか?
オーストラリアの主張は、大西洋憲章の、対ドイツ優先にも矛盾しない。
日本に対しては守勢をとるというのが基本方針だ。
ただ、対日反攻には、オーストラリアを足場にすべきというのは、別にマッカーサーでなくとも思いつく。
しかし、史実程、その体制が早く整うことがないのではないのではないかと思うわけだ。
その隙に、ニューギニアのルミンとポートモレスビーを占領する。
で、オーストラリアには、侵攻するという圧力をかけ続ける。
ただ、あまり追い詰めすぎると、一気にアメリカに寄りかかって、日本に反攻してくる気もする。
かといって、ニューギニアだけ押さえて、あとは守勢の態度丸出しでは、戦線は一気に前にでるだろう。
兵站基地としてのオーストラリアを十分に機能させないことが必要だ。
やはりニューギアで南側をフタしてしまうのがいいと思うのだ。
資源地帯の占領維持を重視している陸軍にとっても受け入れやすい話しだと思うのだ。
そして、早期に米空母の数を減らす。
東京空襲で一網打尽できれば、ニューギニア侵攻も楽になる。
何とかこれで、逃げ切れるか。
戦後の国際環境という後知恵を持っている俺にとって、粘って戦力を維持することが最重要課題であった。
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