デボラの裁き
デボラが放った二度目の熱光線は、『一式』を跡形もなく消し飛ばした。莫大な量の金属が液化し、辺りに飛び散り、世界を真っ赤に染め上げる。
だが光は未だ消えず、そのまま数百キロ彼方まで伸びていく。その行く先にあるのは、『一式』を生み出すためフル稼働していた中国の首都・北京。『一式』が稼働するためのエネルギー生産と産業維持のため、今も多くの人々が暮らす都市部。
光は、北京に到達した。
光に触れたものは何もかも消えた。液化する事すら許されず、大気へと還元されたのだ。人さえも二酸化炭素と窒素と水蒸気へと変わり、後には跡形も残らない。光の通り道には幅十数メートルの『道』が作られ、その周りになってようやく紅蓮の液体が姿を現す。何万トンものコンクリートで作られたビル一棟一棟が、数万トンものマグマへと変貌していた。
人工物のマグマはまるで津波のように流れ、何百メートルもの範囲に広がっていく。光と熱を奇跡的に生き延びた人々を、灼熱の液体が飲み込んだ。地下へと逃げた者は出入り口を塞がれ、二度と日の目を見る事を許されない。
光線は焼き尽くす。逃げ惑う無辜の人々も、炉端のアリも……等しく全て。此処には二千万を超える人々が生きていた、その痕跡すらも許さぬかのように。
『一式』を粉砕し、人の営みをも破壊したデボラ。されどデボラは未だその甲殻を開いたまま。熱を取り込み続け、周辺をより白く、より冷たく凍り突けていく。
まだ、怒りは収まらない。
そう言わんばかりに、デボラは展開した翅の先より三発目の熱光線を何処かへと放つ。放たれた光線は無事だった都市部を直撃し、恐怖に震えていた人々の心を肉体から解放させた。
四発目、五発目、六発目……神が如く光は幾度となく大地を薙ぎ払い、世界を赤く染め上げる。何時までも、何処までも、デボラの破壊は広がっていく。死すらも超えた消滅が繰り広げられていく。
世界最大の都市が、消える。神の怒りに触れて。
あたかもそれを祝福するかのように。
真夏の北京に、しんしんと雪が降り始めた。
人は叡智の力により栄えてきた。
世界の理を理解し、利用し、支配する事で、人は己の領地を拡大していった。自らに降り掛かる災厄を打ち破り、より安全で豊かな生活を得てきた。
知識は武器であるとある者は語った。
人間は考える葦だと言い、叡智の素晴らしさを述べた者もいる。
学問から得た見識が人の立場を決めるのだと、勉学の重要性を説く者もいた。
人々は誰もが人の叡智を信じた。それこそが未来を照らす光であると、これこそが世界を制する力なのだと。例え『神』が如く物の怪が現れようとも、自分達ならば乗り越えられると疑わなかった。
故に人間は『剣』を作り上げた。『神』を模し、神以上の力を持つと『剣』を。この剣であれば神を貫き、叡智を有す人類こそが星を統べると疑わなかった。
故に『神』は怒る。
人が神を模倣し、崇め奉った偶像は完膚なきまでに破壊された。太陽に近付き過ぎたイカロスが、蝋の翼を溶かされ墜ちたように。
最早叡智は未来を照らさず、極寒の地獄の訪ればかりを口ずさむばかり。結束を訴えたところで、壊れた偶像を作り直す事すら出来やしない。叡智にはそれが分かってしまう。
ならば、叡智など必要なのか?
自分達が偉大だと誤解させ、
神の怒りを買い、
不安を煽るばかりで役に立たない。
そんなものを、どうして持たねばならない?
叡智の威信は地に落ちた。人々は叡智に頼らない、否、叡智そのものを拒絶する。
ある者は古来からの信仰に頼り。
ある者は沸き上がる本能に縋り。
ある者は流されるまま運命に身を委ねる。
理性は世から消え、制するは感情のみ。世界から知は失われ、原初の世界へと回帰していく。
『叡智の失墜』により、世の終わりは加速する。
されどその世は人のもの。人の統治は終われども、世界は変わらず続いていく。
生き延びた人々は十年後、『新世界』を目の当たりにするだろう。
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