[2-09]布津野の叔父貴の息子

 鬼瓦丈一郎は夜道をウロウロと無目的にうろついていた。

 彼は不良を自負する高校二年生だった。

 あたりはすっかりと夜が更けてしまっているが、彼は不良であるから家に帰る気などさらさらない。

 かといって、特にやる事、やりたい事があるわけでもない。なので、そこら辺をブラブラと一人で歩いているのだ。

 そんなわけで、彼は隠しがたい寂さを持て余しながら黄色に染め上げた短髪をクシャクシャと掻きむしりながら夜道を一人で歩いていた。

 昔の不良であれば、夜は仲間と一緒にたむろしてバイクなんかを乗り回していたらしい。しかし、現代の不良は、少なくとも彼が所属しているモドキーズでは、そういった行為をする習慣はほとんどない。

 モドキーズは数年前に多発した少年少女の誘拐事件に対応するために結成された学生たちの自衛組織であるから、組織内の連携や連帯は機能的で無駄がない。活動が必要な場合は携帯端末で通知され、活動の内容と必要な人数などが即時に共有される。

 つまり、こういった寂しさを紛らわすような時に集まるような、そんな組織ではない。

 彼と仲良くやっているモドキーズの仲間たちも、要請がない限りこのような夜更けに出歩くようなことはしない。こちらから誘えば来てくれるだろうが、用もないのに呼び出すのは気が引ける。

 鬼瓦丈一郎は不良だが、生真面目でもあった。


 彼は頻繁に誘拐事件が起きていた三年前を懐かしく思った。

 あの時は自分はまだ中学生で、一つ上の安達紅葉が率いるモドキーズの新宿五番隊の一員として週に何度も出撃していた。

 誘拐事件が多発する新宿エリアの精鋭である五番隊は最強だった。未調整を中心したそこらの半端なヤクザなど敵ではなく、それを率いる隊長の安達紅葉は最強だった。

 いつか俺も紅葉先輩のような最強の新宿五番隊隊長に……それが当時の彼の夢だった。

 そして現在、彼はその夢が叶え、五番隊隊長となった。しかしモドキーズを取り巻く状況は一変していた。

 遺伝子最適化に反対する純人会派の中心極道組織である赤羽組にとらわれたモドキーズメンバーの奪還作戦を機に、暴力団にはびこっていた純人会勢力は黒条会によって一掃された。誘拐事件は減少し、体制を刷新した警察の誘拐事件への対応もまともなものに変わった。

 結果、誘拐事件は激減し、モドキーズの存在意義は失われつつあった。現在の総代となった安達紅葉も積極的にモドキーズを存続させる気はないと公言する始末だ。

 かくして、鬼瓦丈一郎はやり場のない気持ちをひきずりながら、あてもなく路地を歩いている次第であった。


「おぅおぅ、そこのガキ。ちょっと、待てや!」


 ひどく典型的でガラの悪い言葉が横から聞こえてくる。

 鬼瓦丈一郎はそちらに視線を流した。

 そこには、いかにもな姿をした若者が一人の少年を取り囲んで喚いていた。誘拐事件が減ったかわりに、ああいった手合いの若者チンピラが増えている。

 彼らの主な獲物は、体格に劣る未調整の中高年の財布だが。どうやら、この夜更けにうろついていた少年が目に留まったらしい。

 ちょうどいい、憂さ晴らしいくらいにはなる。と鬼瓦はそちらに向かって歩いていくと、あることに気が付いた。

 囲まれて立っている少年の髪が白い。


「おう、坊主。夜更けに何やってんだ」


 少年は周囲をチンピラに囲まれながらも、下を向いて黙っている。

 彼の美しい横顔をみて、あっ、と鬼瓦はようやく合点がいく。あの少年は布津野の兄貴の息子さんだ。名前はたしかロクという変わった名前だ。


「何だ、何だ。家出か? だったら、金持ってんだろ? お兄さんたちに貸してみなよ。いいことに使ってやるよ」

 

 ロクは、何の反応も示さず、ただ無気力にそこに立ち尽くしていた。

 次第に、チンピラの一人がしびれを切らしたのか、少年の襟に手を伸ばして掴んだ。


 刹那だった。

 チンピラの体が宙を舞い、地面のアスファルトに顔から落下して、悲鳴をひきあげる。

 いつの間にか、少年は右足を一歩前に出し構えをとっていた。

 鬼瓦にはその構えに見覚えがあった。手を下ろした右半身の構え。布津野の兄貴と同じ構えだ。


「んだよ、てめえ!」

 

 突然の仲間の転倒に唖然としていたチンピラたちは、ようやく正気を取り戻し、どうやら目の前の少年がやったことだと気が付いたようだ。

 ジリリと少年の周りを囲い込み、ロクの背後に回り込んだチンピラが両手を広げて少年に襲い掛かる。

 危ねぇ、と鬼瓦が呼びかけようとする前にロクが動く。

 ロクは前を見たまま、一歩、鋭く後ろに下がり、右ひじを背後のチンピラの腹に刺した。

 ぐぇ、とヒキガエルのようなうめき声をこぼして、腹を抑えたチンピラはその場に倒れ込んだ。

 同時に左右から二人のチンピラがロクにめがけて殺到する。

 ロクは右側のチンピラの攻撃をかわしざまに顔面を裏拳で打つ。

 ひるんだチンピラの首の後ろをつかむと、そのまま左側のチンピラに投げつけた。

 チンピラ同士はまるで抱き合うようにして、地面に倒れ込む。

 ロクは、足元に倒れ込んだチンピラの画面鼻下を躊躇なく踏み抜いた。

 メキィ、と鈍い音が闇夜に響き渡る。


 ――容赦ねぇな。


 と鬼瓦は舌を巻いた。

 目の前には、チンピラたちを無言で見回すロクの白い髪が、闇夜に浮き上がっている。

 無駄も容赦もない攻撃だ。あれでは囲んでいるチンピラのほうが哀れに思える。流石は兄貴の息子だ。相当に喧嘩慣れしてやがる。

 鬼瓦はその場を眺めながら妙に感心した。


「てめぇ、こんなことやって、ただで済むと思ってんのか!?」


 チンピラの遠吠えが闇に吸い込まれる。

 ロクは無言のまま、その声がしたほうに向かって歩き出した。


「ひぃ」

 

 とチンピラは悲鳴を上げながらも逃げなかった。鬼瓦は内心でその勇気を称賛しながらも、蛮勇だと憐れんだ。

 および腰だったチンピラは、近づいてくるロクに向かって声を張り上げながら殴りつける。

 まるでホコリを払うように、それを捌いたロクは、チンピラの腕に両腕を絡めて逆関節を取った。

 次の瞬間、ボグッという音が闇夜を裂き、これが骨折音だとすぐに察することが出来た。

 あ、あ、あ、とロクに拘束されたチンピラは、不規則な激痛の声を刻む。

 腰が砕けてへたり込むと、ロクはごみを捨てるように彼の拘束を解いた。

 地面に座り込んだ彼の抑える腕は、あり得ない方向にねじ曲がってぐんにゃりとなっている。

 あっーー! と激痛に耐えかねたチンピラが絶叫した。

 ロクはそのまま足を振り上げて、彼の顔面に追撃の蹴りを叩きこもうとした。

 が、しかし、その蹴りは駆け込んだ鬼瓦の足裏で抑え込まれた。


「やりすぎだ。もう十分だろ」

 と鬼瓦はロクを見る。

 ロクの表情はどこか虚ろだった。それを鬼瓦は恐ろしく感じた。あれほどの容赦ない攻撃を遂行しながらも、なおもその表情からは感情が読み取れない。

 喧嘩において情けは無用。しかし、これは確実に相手に後遺症が残る。

 鬼瓦は目をそらし、代わりに周囲のチンピラを見渡した。


「お前らも帰りな、ここらで勝手なことすんじゃねぇ」

「あんだよ、お前」

「誰だっていいだろ。それとも続きやんのか!? 今日は見逃してやるつってんだよ!」


 鬼瓦のドスをきかせた一喝に、チンピラどもは沈黙した。


「分かったら、さっさといけ」


 犬を追い払うように、シッシと手を振る鬼瓦に追い立てられるようにチンピラたちは倒れた仲間を担ぎ込んで退散していった。

 鬼瓦はふぅとため息をついた。

 あいつらを逃がしたのは失敗だったかもしれない。モドキーズの一員として徹底的に痛めつけてしまうべきだったのかも知れない。

 しかし、今の鬼瓦には、それよりもロクに興味があった。

 鬼瓦はロクのほうを振り向いた。


「よぅ。確か、布津野の兄貴の息子さんだったっけ?」

「……」


 鬼瓦は無言のままこちらをじっと見るロクに思わず息を呑む。

 男とは思えないほどに美しく整ったその顔立ちを真正面から見たのは初めてだった。

 布津野ロクと言えば、学校でも有名だ。

 中学一年なのに共通模試でトップの成績だったとか、100m走で世界記録を非公式に更新しただとか、学校中の女子をキャーキャーと騒がせているとか……。

 そして何より、この少年はあの布津野の兄貴の息子なのだ。

 最強の未調整。黒条の姐御の五分の兄弟。一人で赤羽組を壊滅させた伝説の男。あの人の息子であれば、先ほどの立ち回りも合点がいくというものだ。


「優等生のお前が、こんな夜更けに一人で出歩いてるなんてどうした?」

「……貴方は?」

「ん、俺か? 俺は鬼瓦丈一郎だ。モドキーズの部隊長やってる」

「そうですか」


 しかし、まるで興味がなさそうにロクはそれだけを呟いて、脇を通り過ぎようとした。


「ちょっと、待てよ。お前、兄貴の息子だろ」

「……ロクです」

「あ?」

「僕はロクです」

 と、少しイラついた声が返ってきた。


「知ってるさ。だから兄貴の息子だと言ったんだ」

「……もう、いいです」


 ロクが構わず歩き出すのを見て、鬼瓦は慌てて後を追いすがる。


「おいおい、待てよ。助けてやったろ」

「貴方が助けたのは、あのチンピラどもでしょう」

「しかし、お前、やるじゃねぇか。あれ、兄貴と同じ技だろ?」

「……」

「いやぁ、一瞬で四人をやっちまうなんて、な。やっぱ兄貴は最強だな」

「別に、父さんの技なんて使わなくたって、あれくらい……」


 ロクは、途中で言い淀んで首を振った。

 なんなんだ、この人。さっきから父さんのことばかり聞いてくる。


「ほっといてください」


 ロクは鬼瓦を振り払うように歩き出した。

 しかし、鬼瓦はあきらめなかった。彼は諦めの悪い不良でもあった。


「なぁ、どうしたんだよ。お前は、あのロクだろ。優等生のロクだろ。どうして、こんなところで、チンピラの相手なんかしてんだよ」

「……」

 

 ロクは完全に無視を決め込んで、歩調をさらに速くした。


「おいおい、そんなに急いでどこに行くつもりだ?」


 鬼瓦のその問いかけに、ロクは思わず足を止めてしまった。

 そう言えば、自分はどこに行くつもりなのだろうか。

 ロクは、はたと気が付いた。

 自分にはすべきことがあって、事態は危急を極めているということに。

 今現在、僕は二ィがナナやグランマと一緒にいるという状態を放置して、ここまで来てしまった。もし、二ィがその気になればナナやグランマを人質に取ってことを優位に進めようとするかもしれない。


「なぁ、ロク、話を聞けって」


 ――いや、それはない、か……


 ロクは思い至って、安堵のため息をついた。

 父さんが一緒にいるのだ。二人に危害が及ぶことはまずあり得ない。

 例え二ィが中国マフィアの構成員や中国共産党の工作員を自宅周辺に配備していようと、父さんを打倒することは不可能だ。

 加えて自宅周辺に異変があれば即座にGOAに通知されている。品種改良素体が社会に進出しあてがわれる家宅には、それなりに厳重なセキュリティが施されている。

 下手を打てば、拘束されるのは二ィのほうだ。


 鬼瓦の声が背中をついた。


「おいおい、どこに行くつもりだよ?」


 ――僕は、どこに行くべきなのか……


 その答えはすでに出ていた。自分がいるべきはここではない。そこは国家の危急の渦中となった家であり、その原因の二ィに相対すべきなのだ。

 もし二ィが中国共産党の利に基づいて行動しているのであれば、第七世代の改良素体である彼の行動は巧妙に練り込まれているはずだ。

 そんな彼が日本に自由行動を許された状態で入国していたのだ。裏がないわけがない。

 即座に思い浮かぶ二ィの狙いはナナだ。

 ナナの異能を二ィは知っている。そしてそれが他の品種改良素体にはないユニークなものであり、人間性を見極めるという能力が組織運営にもたらす絶対的なアドバンテージを二ィも認識しているはずだ。

 中国共産党の命を受けナナを確保し誘拐する。

 それが彼の目的の一つである可能性は高い。彼が僕の自宅に現れたこともその仮説を支持している。

 しかし、だ。二ィのその目論見は不可能だ。

 二ィは知らない。あの場にいた唯一の未調整で如何にも無害然とした父さんがGOAの隊員とすら対等以上に渡り合える格闘術の達人であることに……。


 しん、と突然にロクの心に冷水が染みこんだ。

 ロクは耐えきれずに自分の肩を抱きしめてその場にへたり込んだ。


 ――どうして、あんなこと言ったんだろう。


 ロクの脳裏に、自分の言葉が突き刺した。

『分かるわけないでしょう! 未調整のくせに!』

 ……どうして、あんな言葉が出てしまったのだろうか。あの時の父さんは、とても悲しい顔をしていた。


「おい、ロクどうした。具合でも悪いのか?」


 鬼瓦が心配そうにロクの顔を覗き込むと、彼は驚いた。

 ロクは涙を流していた。

 ロクは上を見上げて夜空を見上げる。すぅーーと頬に涙がつたった。


 ――僕は、最低だ。


 最低のクズだ。何が最適解だ、何が人類の到達点だ。

 白弐参号奪還作戦は僕が立案し実施された。僕はその作戦目標を何の躊躇もなく、こう設定した。

 『目標は、第七世代品種改良素体サンプル02・03の生死を問わない奪還とする。しかし、状況から鑑みてターゲットの奪還は困難である。よって対象を見つけ次第これを殺害、可能であれば焼却処分せよ』

 僕はこの作戦目標を設定する際、一片の違和感も覚えなかった。

 殺される二人のことも、その無念も、恐怖も、何も感じなかった。

 ただ、合理的に考えて二人はもったいないけれど殺すべき、としか考えてなかった。

 作戦指示をした後は綺麗にさっぱりと、二ィとサンのことなど考えもしなかった。


 ――最低だ。


 見上げた夜空は、都会を覆う淀んだ大気に遮られて曖昧にまたたく星が数個ほどチラついていた。

 ロクは星の数を数えてみた。

 イチ、二ィ、サン、シィ、ゴ、……

 僕が殺せと命じた人の命は、一体いくつになる?

 おそらく、それはこの星の数よりもずっと多い。そういうことでさえ今まで気がつきもしなかったのだ。

 

「ロク……」

「ほっといて、くれませんか?」


 ロクは星を見上げながら、鬼瓦丈一郎にそう言い捨てた。

 鬼瓦は流石に察したのだろう。頭を掻きながら腰を上げようとした。

 その時、二人の目の前で黒塗り車が停止した。

 車の運転席の窓が下がり、長髪の若者が顔を出す。


「丈一郎じゃないか? どうした、こんなところで」

「あれ? 真田さなださんじゃないですか?」


 鬼瓦丈一郎は、長髪の男が運転する車に駆け寄った。

 すると、車の後部座席から中年の渋い声がした。


「真田、なに油売ってやがる。黒条の姐御の緊急だ。さっさと車ださねぇか」

「しかし、親っさん。丈一郎ですよ」

「ウチの馬鹿息子なんざ、どうだっていいんだよ」


 その声を聴いた鬼瓦丈一郎はピタりと足を止める。


「げっ、親父もいるのかよ」

「おい、丈一郎。こんなところで、ブラブラせんで、さっさと家に帰るなり、なんなりせぇ。わしらは忙しい」

 

 車の後部座席の窓が開き、中から白髪交じりの男が顔を出す。

 鋭く刻まれた皺が印象的な強面の男だった。年齢は五十前後だろうか、未調整ではあるが苦味の走った険しい顔が印象的な男だ。


「るせぇ、無能な未調整のくせに忙しいとは大きくでたもんだな。親父?」

「てめぇの戯言に付き合う暇はねぇんだ。半端も気取れねぇくせに噛みつくんじゃねぇ」

「あんだと!」


 目の前で繰り広げられる親子喧嘩の内容が、ロクの脳内に絡みついた。

 どうやら、この二人は親子らしい。しかし、彼らは互いに罵り合い出来るだけ相手が傷つくような言葉を選んでいるように見えた。

 鬼瓦丈太郎は「無能な未調整」と言った。それは、恐ろしい言葉だ。

 しかし、この二人はそんな恐ろしい言葉を平気に口にして罵り合って、あまつさえ親子関係らしいものを継続しているようにロクには見えた。

 丈太郎の父親らしき車中の男は、丈一郎を睨みつけて何やら怒鳴りつけている。

 ロクはそれをうらやましく思った。

 父さんは僕を悲しそうな目で見た。ああやって怒鳴りつけられたほうが、まだ、ずっと楽だったのに。

 ふと、頬がチリリと痛む。父さんに叩かれた頬だ。

 ロクはそっと、頬を手で撫でた。

 その頬は、ロクの予想に反してすでに冷たくなっていて、ロクの予測通りにまだ痛かった。


「親っさん、親っさん。そろそろ、いいですかね?」

 と真田と呼ばれた運転席の男が声をかけた。

「なんだ、真田。止まったのはお前の方じゃねぇか」

「黒条の姐御の緊急だと言ったのは、親っさんですよ。それに、」


 真田は、路地にうずくまっているロクのほうに視線を移した。


「そこの白髪の少年は、もしや布津野の叔父貴の?」

「ああ、そうだ。真田さん、兄貴の息子のロクっていうんだ」

「なんだと!」


 良く通るを張り上げて、鬼瓦の父親は後部座席の扉をはね開けて飛び出してきた。

 未調整にしては大柄で見事にスーツを着こなした彼は、中高年とは思えない身のこなしでロクの前にかがみこんだ。

 ロクはぼんやりと鬼瓦の父親を見上げた。苦み走る渋いその顔つきや威厳に満ちた風貌は自分の父親とは全然似ていなかった。


「見苦しいところをお見せしました。叔父貴のご子息だとは知らず。失礼しやした。あっしは黒条会直系、鬼瓦組組長。黒条会若頭の鬼瓦丈造おにがわらじょうぞうといいます。以後、お見知りおきを」

 

 鬼瓦丈造はかがみこんだまま小さく頭を下げた。


「あそこの運転しているのは、真田昌人さなだまさと、若頭補佐やってます。うちの半端もんの子倅がご迷惑おかけして申し訳ありません」

「ああ、なに決めつけてんだよ」

「だぁとれや! 丈一郎」


 鬼瓦丈造の一喝に、丈一郎はわずかにひるんだ。

 丈造はロクに視線を戻して声を整えた。


「落ち着いて聞いて下せぇ。叔父貴のことです。先ほど、黒条の姐御から上層幹部だけの緊急の招集がありましたけ。内容はウチのシマでやんちゃやりだした中国のやつらについてです」

 

 中国という言葉にロクはぴくりと反応した。


「布津野の叔父貴が、奴らに攫われたとのことです」


 ロクの頬がまた、チリリとひりつきだした。


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