僕は、お父さんだから(書籍名:遺伝子コンプレックス)
舛本つたな
第一章:布津野忠人30歳
[1-01]僕は元気です
◇
「そう言えば、今日はクリスマス・イブだったなぁ」
白い息と一緒に"嘘"を
本当はイブなのはずいぶんと前から知っていた。ただ、そんな日だというのに、自分は昼間から公園でブランコを漕いでいる。本当は、そんな皮肉に気がついただけだった。
僕は、三十歳の未だ独り身で彼女もいない。
そして昨日から無職になった。
子供のはしゃぎ声が遠くに聞こえる。今は、公園のブランコで抜けるような晴天に流れている雲をただ眺めていた。
三十歳、独身、無職……
劇的でも運命的でもない、陳腐でありふれた、確実に終わってる状態。それが、僕、
さっきまでは、失業保険(正確には雇用保険というらしい)の手続きと求人情報のためにハローワークに行ってきた。正社員で前職の経験が活かせる……それほど高望みしたとは思えない希望を検索システムに入力した結果は、散々なものだった。都内の該当件数はゼロ、地方に行けば数件あるかないか。
「やっぱり、最適化されてない僕じゃあ、まともな職はない……か」
遺伝子最適化が合法化されて、三十五年が経過していた。
当初、多くの人が批判したこの法案は、蓋を開けてみれば施術率が八割以上に達し、広く国民に受け入れられていった。
誰もが一度は思いはせたのだろう。
自分がより美しい容姿で、丈夫な身体で、明晰な頭脳を持って生まれていれば、どれほどの幸せを享受できたのであろうか……と。
しかし、そういった形質は遺伝子によって強く決定され、生まれた時点で固定されている。そして、努力をいくら重ねてもそれを変えることは出来ないのだ。
より優秀な遺伝子を我が子に。
その親の想いは強烈だったようだ。当初こそ病気や障害予防のためだと最適化に合意した親たちは、結局のところ、ありとあらゆる能力の調整を我が子に競うように施した。
そして合法化から数年経過した時には、新生児への最適化施術率はほぼ百パーセントに達し、現在では最適化は親の義務であると社会的に見なされている。
今朝、地元の高校に通学する学生たちを見た。
美形、美形、美形……。ひと昔ならテレビでしかお目にかかれないような美男美女が群れをなして登校していた。優れているのは容姿だけではない。最近の男子高校生は180センチメートルで、百メートル走は十秒らしい。授業も昔の大学の専門科目と同じ内容になっているそうだ。
そんな優秀な彼らが、今や社会人となって活躍しているのだ。『未調整』の僕にまともな職などない事は当然であり、単に自分の見込みが甘かっただけなのかもしれない。
まぁ、しょうがない。
幸いしばらくは失業保険がある。しかも未調整には優遇処置があるらしい。それに正社員でないならいくつかの求人があった。焦る必要はあるだろうが、まだ致命的というほどの状況ではないはずだ。
出来るだけポジティブになろう。自分には希望とか未来とかはない。しかし、とりあえず働いて惰性で余生を送るくらいならまだなんとかなるはずだ。
前向きにはなれないが、後ろ向きになってもダメだ。せいぜい下を向いて生きていこう。
その時、すぅ、とその足元に人影がさすのが見えた。
ブランコに乗りたい子供が近づいてきたのかもしれない。急いで立ち上がりながら、前を見る。
そこには、二人の完璧なまでに美しい子どもがいた。
思わず呼吸を忘れてしまう。それは最適化された子供ですら比べ物にならない。まるで最新の3Dグラフィックで描かれた美形キャラクターがそのまま現実になったようだ。そんな貧相な感想が思い浮かんだ。
その二人は白髪で赤い眼という異様な姿で、双子のように瓜二つだった。きっと男の子と女の子なのだろう。髪の長さの違いからそう予想がついた。
絶句して何も言えずにいると、男の子が声を掛けてきた。
「申し訳ありませんが、僕たちを助けてくれませんか?」
凛とした声。
声も綺麗だなぁ、などと思っていると、
キィキィー!
と金切音を立てて一台のワンボックスカーが公園の外に急停止した。
事故か!? と車の方を見遣ると、車から何人かの男達が飛び出してきて、こちらを指差すなり怒鳴り声を張り上げてきた。
「あそこだ! あのガキどもだ。つかまえろ!」
その声を聞くやいなや、男の子は女の子の手を引いて反対方向に駆け出して行った。
そして僕は、なんとなく、本当になんとなくだったのだけど、二人と一緒に逃げ出してしまったんだ。
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