最後の話

一ノ清永遠

最後の話

2018年の12月31日、23時45分にこの世界は終わりを迎えると言われたら君はどうする?

もっと生きていたいと騒ぐとか、変な宗教が流行るとか、奪い合い殺し合いの戦争が起きるとかそんな感じだろうと俺は思っていた

僕が生まれる前の1999年の7月に世界が滅びるなんて話もあったらしくて、世界は滅びずに“なぁなぁ”のまま続いていったと母さんが語っていた

そんな感じだろうと僕も思っていたけど、専門家の分析によれば地球の自転が止まった衝撃で凄まじい爆風が発生して何もかもがバラバラに吹き飛んだ後

世界中あちこちで大津波が発生してみんな揃ってさようなら、らしい



「でもさぁ、ウィルスとかでジワジワ〜とかじゃなくて良かったよね」

「本当にそれな」



そんな風に明るく語るのは同じクラスで隣の席の相川椎菜、出席番号1番

この呑気な椎菜が自分の末路を受け入れたように、この世界に生きる人類はゆっくりと受け入れていった

もちろん、例外はあるけれど

ちょうど半年前に学会及び政府から発表があり、宇宙への移住の準備をする事が出来ず地球で余生を受け入れようという流れになった



「都会はさぁ、今大変なんだってね」

「今年一年じゃなく、人類の総決算って事で恨みを持った人間に復讐したりだなんだって治安がメチャクチャなんでしょ?」

「そう、いちいち殺人事件が起きても警察は動かないしテレビ局はまともに放送しない。 もう、どうでもいいんだ……他人のことも未来のことも」



椎菜はため息をつく、そのため息は何に対してなのか

全部を諦めてしまった「人」に呆れてなのか、他人のことなどどうでもよくなってしまった「人」に呆れてなのか

それとも、最後の最後まで自分のエゴを手放さなかった「人」に呆れてしまったのか



「相川さぁ、最後の1日なのに俺なんかと一緒でいいの?」

「うん、いいんだよ」



相川は俺の手をぎゅっと握る

別に俺と相川は付き合っているわけじゃない、ただクラスが一緒で隣の席でいつも一緒にいるだけ

相川は俺とは別に付き合っている——というよりは、婚約者がいた

今朝、会った時から相川からなんとなく鉄の嫌な臭いがするなと思っていた

俺はそれについて何も言わなかった、この世界において法律なんてもう意味なんてない

もしも金持ちの御坊ちゃまの死体が見つかったとしても、きっと誰かに恨まれて殺されたんだろう

そんな風にしか思われないし、彼女が殺したと分かったところでまともに捜査をしようとしないだろう



「ねぇ、神降山≪かんおろさん≫に行かない?」


公園をブラブラしていたらふと相川がそんな事を言い出す

もう午後の5時、大概の人間は家に篭って思い思いに過ごしているだろう

街灯もまともに機能していない、コンビニもまともに営業していない

神降山なんて誰もいないだろう、そんなところに行って何が楽しいのだろうか


「神降山って、学校の裏山のこと? あんなところに行ってどうするの」

「ちょっとね、やりたい事があるんだ」


———————


家に戻り、懐中電灯やらちょっとした食べ物やらを用意していると布団にくるまっている母に声をかけられる


「アンタもどっかに行くの?」

「相川さんに誘われてね、出掛けるんだ」

「そっか、地球最後の日だっていうのに家族はバラバラだねえ……」

「……ごめんね、母さん。 産んでくれてありがとう」



きっとこうなるだろうと、母は予測していたと思う

父さんが死んでからというものの、母は家族に執着するように兄も姉もそんな母を疎ましく思うようになっていき

俺自身、母に対して少し鬱陶しく思うようになっていった

世界が滅びる直前だっていうのに、これが最後の会話になるかもしれないっていうのに

母に対して、まともに家事も出来なくなってしまった母に対してなんの感情も湧いてこない

強いて言うなら、ただ「哀れ」という感情だけ

そこに愛情も憎しみもない、ただ……この人の側に居たくない


「それじゃあ、行ってくるね」

「…………」


母はなんの言葉も返さない、自分を置いて一人ぼっちにしてしまう息子を呪っているのかもしれない

しかし、呪ったところでこの世界は終わる

もう死も生も無いのだ


———————


神降山≪かんおろさん≫は標高がそこまで高くない山で、 必要最低限の装備があれば夜間でも比較的安全に登れる場所だ

チケット売り場には誰もいない上、出入り口は開け放たれている

つまり、ここには自由に入れるという事だろう

もっとも、もうここの入り口を守る義理も意味もないのだから仕方がない


「もしかしたら、山の中に危険な人物がいるかもしれないから気をつけていこう」

「大丈夫、だって私……」

「うん、分かった」


相川はそう言うと、俺はその言葉を遮る

その先は分かっている、きっと自分が罪を犯したということだろう

だけど今はそんな事を聞くつもりなんてない、今はただ彼女と一緒にいたいだけだ


「ほら、危ないから手を出して」

「うん」


暗がりだからよく見えない、だけど相川の表情は少し安心していたように見えた



思えば、相川と出会ったのは中学に上がってしばらく経ってからだ

時期外れの転校生で、それなりに可愛い女の子だったしコミュニケーション能力も高かったからすぐに周囲に打ち解けていった

ただ、彼女は資産家の娘という事で身を守るためにこの田舎に引っ越してきたという事で学校の外では多少距離を置いているらしかった

学校の中では貧乏だとか金持ちだとか関係なかったけれど、中学3年に上がった頃に政略結婚のために婚約者と同棲を始めたなんて噂が広まった



「もうさ、しちゃってるのかな? 相川さん」

「しちゃってるって何を?」

「何をって決まってるじゃないか、セックスだよ」

「法律違反だろ」

「いや、両親合意のもとであれば合法だよ。 中学生でもね」



何気ない会話の中で、俺は凄く嫌な気分になった

相川さんは全然幸せそうに見えなかったからだ

好きでもない相手と一緒に暮らして何になるんだろう?

好きでもない相手とキスをしたりはともかく、セックスをするなんて出来るのだろうか?

相川さんはそういう事が出来るのだろうか? 出来るようには思えない



「あのさ、まだ血の臭いする?」

「え?」

「私から、鉄サビみたいな臭いする?」

「うん、少し……」

「怖くないの?」

「全然怖くないよ、だって俺を殺そうっていうんじゃないんでしょ?」

「分からないよ、嫌いじゃないから殺すかもしれない」

「何それ」


そんな事を話しながら頂上を目指す

世界が滅びる前だから繰り広げられる会話に、少し新鮮さを感じる

緩やかな山道だから安全だけれど、転ばないように彼女の手を離さない


「本当はね、キミに告白して欲しかったんだ」

「そんなの、出来るわけないでしょ。 婚約者がいる女の子に……」

「知ってたよ、初めて会った時から……キミの気持ちを。キミの視線を……だから私も、キミに」



そうだ、薄々分かっていた

彼女の、相川椎菜の視線を……だけど、それが本当かどうか確証が持てなくて

何より怖かった、俺には彼女のような魅力も自身もなくて……彼女はいつだってキラキラしていたから

だからこそ、恋い焦がれたはずなのに


———————


神降山の山頂から見上げる星空はキラキラと煌めいている

辺りに灯らしい灯もないから明度が低い、そのせいもあるのだろう


「綺麗だねえ」

「ああ……」


もうすぐで地核の運動が止まるだろう、その瞬間に各地で天変地異が起こる

そうすればこの美しい星空も見られなくなるだろう


「大丈夫? 相川さん、寒くない?」

「大丈夫、キミがこうして側にいてくれるから」

「甘酒を保温水筒に入れて持ってきたんだ、飲む?」

「うん」


紙コップに甘酒を注ぐと、甘く芳醇な香りが広がっていく

その心地よさに思わず2人同時に“ほうと”が出る


「やっぱり年末は甘酒だよね」

「年末っていうか、終末だけどさ」


甘酒をすすると、相川は肩を震わせて涙を流し始めた

もうすぐで世界が終わって、俺たちは死ぬ

地核が止まったらどんな被害が出るかは分かっている、とはいえ実際に地核が止まった事がないからどんな風に世界が終わるのかなんて分からない

だから、相川も不安なのかもしれない


「あのね、本当は……今でも怖くて……どうしたらいいのか分からなくて……人も殺しちゃって……キミと最後の瞬間を迎えたかっただけで……」

「大丈夫、俺はここにいるから。 相川の望み通りここにいるよ」

「違うよ、私が欲しいのはね……そんな言葉じゃなくて……」


ああ、そうか。 そうだった

彼女がどうして、なんのために人を殺めたか

俺と一緒にいるためにそうしたはずで、俺もそうしたいはずだった


「相川、俺……そうだ、最初から伝えるべきだったんだ。 そうすれば——」


その言葉の続きを紡ごうとした瞬間、背中から胸にかけて激しい異物感が襲った

痛みとかじゃなく、苦しみ、あるはずのものがなくて

無いはずのものがあるような

身体が、これは異常だと訴えかけ何かが腹部から込み上げてきて喉からそれが排出される

ああ、俺は刺されたんだ

誰に——?

ああ、そうか、あなたは……



「海道の奥様!!」

「よくも、よくも、有人≪ありと≫を……!!」



海道有人、相川の婚約者の名前か

そうだった、遺された人が恨まないはずがない

死に方は人それぞれで、みんなはいつか死ぬ

この世界が終わる前に大切な人が悪意を持って殺されれば、殺した人間を恨むだろう



「奥様……彼は、彼は関係ないじゃないですか!!」

「この少年のために有人が死んだなら、関係はあるわよ!! 有人が、こいつのために死んだのなら……!!」

「よ、よくも!!」



胸ポケットにしまっていた血に塗れたナイフを取り出し、相川が海道の奥さんにそれを突き立てると俺の頬に奥様の血が零れ落ちてくる


「あ、ああっ……!!」


嗚咽とも悲鳴ともいえない声をあげる奥さんを、俺はただ見つめる事しか出来ない

早く伝えなきゃいけないのに、伝えたいのに


「私はただ、彼と一緒にいたくて、なのに……最後の最後まで婚約者だからって!! もう私達に未来なんてないのに、来年なんて来ないのに!! なのに……!! 私を強引に!! あんな奴、親が無理やり決めただけなのに!! 本当は私は彼と!!」

「でも、有人はあなたを……本気で……」

「本当に好きなら、愛しているなら私の本当の気持ちを尊重してくれてもいいじゃない!!」

「あの子は、どうしてこんな子を……好きになったの……」


自分勝手かもしれない、甘えん坊かもしれない

だけど、彼女は……椎菜は、優しくて、健気で、明るくて……


「大丈……夫、俺は……椎名……が、好き……だ……か、ら」

「キミ!」

「最後……くらい、名前を……」

「孝太!!」



その瞬間、身体が灼けていくような、溶けていくような感覚に包まれた

ああ、そうか……ここで世界が終わったんだ

ジリジリと焼けていく世界、何もかもが消し飛ぶ衝撃、相川は俺の手を離さずに共に吹き飛んでいく


「ねぇ、キミ……私、天国に……行けるかな?」


大丈夫、天国も地獄もない

もう、この世界は終わったんだから

相川の婚約者の海道有人も、奥さんも、俺の母さんも、姉さんも兄さんも、みんな一緒だ

だから、心配しなくても大丈夫

そう答えようとしても、どうしても身体が言う事を聞かないし口が動かないし声が出ない

なんとか力を振り絞ろうとしたけど……その瞬間にグシャッと何もかもが潰れた感覚で、俺たちの何もかもが停止した

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