火の山に棲まう伝承

 <お前は何故この地を狙う?>


 これはまさしく素朴な疑問というものだ。

 ヒトの身では過酷なこの地を、わざわざ目指すほど欲する『何か』に思い当る理由が分からなかった。

 そんな当然の疑問を、あろうことか「は?」と一瞬呆けるような態度を取りおった。

 馬鹿にしたような態度に、我の苛立ちが前に出そうになるが……言葉は続いた。


「あーそうか、ここってお前の棲処だもんな」


 <当たり前だろう?>


 相手は訳の分からない納得をしているが、こちらは全くの意味不明だ。

 だがヒトもヒトで何か悩むような…理由はあるが、説明が難しいといった感じか?

 少し間を置き、おもむろに口を開いた。


「なぁ、ここが『聖域』と呼ばれているのは知っているか?」


 <聖域…? 何だそれは>


「やっぱりか…いや、そりゃ普通そうだよな…」


 と言ったきり、頭をガシガシ掻く。

 迷い、だろうか?

 我との認識の差に困惑しているのかもしれないな。


「…ここから少し降りたところに神殿が建ってるのは知っているか?」


 <神殿? 前に何か作っていたのは知っているがそれか?>


「『前』って…確かもう五百年とか結構な『歴史』があるんだが…」


 少し顔を歪めて話す。

 アレは我が竜を食べた時にしたような、痛みとは違う『不味い顔』か?

 その後に続いた「竜種からすればそんなもんかぁ」との呟きも我にはしっかり届いているぞ?


 そうして神殿とやらが建てられた理由が語られた。


 どうやら我に初めて喧嘩を売ってきた竜は、種族の中でも結構な上位種だったらしい。

 そいつが周辺を荒らし回る上に空を移動するため、追うことが難しく討伐は勿論、防衛すらもままならなかった。

 そんなヒトにとっての『邪竜』が、この火山付近に姿を現したのを最後にからぷつりと消息を絶った。

 対する火山には、それまでに小さな竜…我の報告例が幾度も挙がっていたわけだ。


 ヒトは『火山を守る竜が、かの邪竜を退治した』と伝承に語り始めた。

 確認に火山に入らなかったのは、我がもしも存在しているなら邪竜以上の戦力だから手に負えないとの判断らしい。

 ちなみに我に『退治した』覚えも『守った』覚えもない。


 ともあれ、上位種の自負があるなら、あの傲慢な態度も分からなくはないか。

 …まぁ、我を相手に結果は伴わなかったが。



 次に我を見下した竜も、随分と周辺を荒らし回った。

 そんな手に負えなかった邪竜を、語り継がれていた伝承に縋ってこの山に誘導したらしい。

 我としてはただ傍迷惑な話だが、邪竜の被害はなくなった。

 まったく、竜とは世代を超えて傍迷惑な種族で、対策も考えないヒトも進歩しないものだな。


 そこでヒト達は確信した。

 火山を棲処にする余りにも強大な小さき竜は、近付かなければ害が無いと。

 だからこの火山への進入を制限し、その竜を刺激しないように神殿せきしょを建てた。

 それらは信仰へと繋がり、我は何故か祀られて『竜神』なる扱いをされている…というのがあらましになる。


 <むしろ神殿とやらができてからの方がヒトの出入りは激しい気がするんだが?>


「あー…それは仕方ない。

 腕試しに丁度いいし、お前と戦うだけで強くなるからな」


 <は?>


「だってお前、人を殺したことないだろ?」


 ヒトは他人ひと事のようにあっさり言い放った。

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