片翼と羽虫と

 永き月日を過ごしたある日、我と似た何かが来訪した。

 表現を『似ている』としたのは、何かとは『空を飛べる』という点で我とは決定的に違っていたからだ。

 また、我に比べて体躯の大きさがまるで違う…十倍はあろうかという巨躯だった。

 驚き見上げる我に、空を舞う何かはこう告げた。


 <何故なにゆえに地を這う。

 貴様は私の来訪を歓迎しないつもりか?>


 ほう、それが『礼儀』か。

 そんな感想しか浮かばないのは、誰にも教わらなかったからだ。

 ただ、異形の中には武器を握り直して頭を下げたモノも居たので、察するにそれに類するものなのだろうが…無茶を言う。


 <我は空を行く術を知らぬ>


 <とんだ戯言を…貴様も誇り高き竜種。

 教わらずとも空を翔る権利を持つ、空の覇者の一つだろう>


 我は竜種と呼ばれるのか…確かに異形達もそのようなことを言っていたかもしれん。

 言葉を聞けても意味が分からなければ役に立たんものだな。

 だが


 <知らぬものは知らぬし、無理なものは無理だ。

 そも、この矮小な翼でどうやって飛べと言うのだ>


 飛行者とは思えぬほど小さな翼を揺らし、空高く舞う鳥のように軽くもない鈍重な体躯を見下ろした。

 いや…その我とは比率しか変わらぬ翼で空に浮かぶ、あの竜種の方がおかしいのだ。

 一体どうなっているのだ?


 <なるほど、空も飛べぬ出来損ないか――ふん、程度が知れる。

 片翼が、我らの真似事とは思い上がりも甚だしい…貴様の縄張りを私が管理してやろう!>


『出来損ない』と呼ばれ、『思い上がり』と蔑まれた理由が分からない。

 我はここに生まれ、ここで生きただけ。

 成長はしたが姿形に特に大きな変化は無く、各部のサイズが変わっただけ。


 その形を『出来損ない』だと評するならば、何故先ほど『竜種』と声を掛けたのだろう…理屈に合わぬでは無いか。

 だが、我が何を言ったところで我は出来損ないでしかないなのだろう。

 目の前に浮かぶ『何か』の中では。


 そんな理不尽な言葉を叩き付けられた我に浮かんだのは、ただただ憤怒の情。

 今まで感じたことが無い我を忘れるほどの怒りに、エネルギーの枯渇という生命の危機を無視して行動した。


 高く聳え立つ山肌が空を切り取るここでは、飛べようとも大した意味は無い。

 怒りのままにヤツが浮かぶ周辺を蒸気で満たしてやると、目晦ましとでも勘違いしたらしい。

 嘲るような哄笑がこだまし<無様な片翼め!>という癪に障る言葉まで飛んできた。

 何とも余裕そうだが、我に売った喧嘩の代価はお前の生存能力で支払え。

 足りなければ死ぬだけだ―――我は何とも心優しいだろう?


 返事の代わりに渾身の雷撃を放つ。

 火山の赤を塗り潰すような白い発光と、バシャンと衝撃音が周囲の空気を叩く。

 何かは鼻で嗤って回避を試みたが、雷撃を乱反射する霧が満たされた空では逃げることなど叶わない。


 過去に我を一時的に縛った異形が扱う魔法という技術を存分に味わわせてやろう。

 空を舞い、下らぬ戯言を囀るだけの羽虫が、我に敵うはずもなく、我の前ではお前は塵芥に等しいと。


 <ば、馬鹿な…何故貴様がそのような術を…>


 満足に抗えもせずに直撃した羽虫が鳴く。

 雷撃によって痙攣し、体躯を強張らせた羽虫が墜落してくるが、速度が幾分緩やかだ。

 つまり翼だけで飛ぶわけではないらしいが、理解出来ねば模倣以前の問題だ。


 疑問は棚上げして落下するホンモノ目掛け、周囲の溶岩から精製した超高温の弾丸を発射した。


 痺れて身動きの取れない中でも抵抗したらしく、逸れた弾も多いが、翼を支える骨子は千切れ折れ、翼膜は穴だらけ。

 あんな小さな翼でどうやって巨躯を持ち上げていたかはやはり不明だが、アレだけ襤褸なら空も飛べぬだろう。

 これであのホンモノも、我と同じ『片翼』…もう我を馬鹿には出来ぬはずだな?


 やはり支えきれずに落下し、盛大に地面を揺らす。

 これで終われば期待外れだが、我を見下すだけあって本体は無事なようだ。

 どうやら地面と激突する直前でまたも何かをやったらしいな。

 ふはっ、これで沈んでもらっても我の溜飲は下がらないから丁度良い。


 土煙が立ち込める中、その向こうに写る影がゆっくりと立ち上がった。

 影しか見えないので詳細な状況も分からないが、待ってやる理由も無い。

 隠す気も無い滲み出る気配を目掛けて気にせず次弾を発射した。


 <何故正確な場所が分かる?!>


 当たりさえすれば良く、的は大きいなら狙いも適当で構わない。

 異形との戦いの中で学んだのは、体躯の頑強さで強弱が決まるものではないことだ。

 繰り出される攻撃は互いに干渉し合って別の効果を生み、不意を突かれては窮地に追い込まれることもしばしば。

 だから我は手も、気も抜かず、そして怒りをも冷徹に『観測』する。

 いや…初撃はまさに『頭に血が上った』としか言えない考え無しだったのは反省すべき点だろう。


 <竜の中の竜であるこの私が、貴様のような亜竜如きに負ける訳にはいかん!>


 なるほど、我は竜…『竜に劣る』という訳か。

 空を飛べぬだけでその扱いとは、竜とは何とも狭量で残念な種族だな。

 我としても、竜種その枠から外してもらいたい。

 これでは異形の方が遥かに喰い破り甲斐があるぞ。


 そんな我が感傷に浸っていると、ホンモノは折れた翼を払って視界を遮る土煙を吹き飛ばした。

 随分と痛みがあるはずだろうに、矜持だけで事を成すことには感服する。

 ただそれだけでは実力差を埋めるに値する要素ではないが。


 土煙が晴れた先にあったのは翼以外ほぼ無傷の体躯。

 どうやら溶岩弾で開けた穴や爛れたであろう鱗は、この短時間で修復したらしい。

 我と同じく大した生命力だと感心して方法を変える。

 目障りで腹立たしい、我よりも上位だと嘯くこのホンモノを早々に滅しよう。


 まずはホンモノの二足で立つ地面を沈ませてバランスを崩させ、地に着く足と尾を埋めて動きを縛る。

 ただ埋めるのではなく、圧壊させるつもりで土を操り強く握り込む。

 強靭な身体を持つホンモノなら、その程度の拘束は時間稼ぎ程度のものだろう?

 現に地面をメキメキと力ずくで持ち上げているしな。


 しかし引き千切る時間をくれてやるつもりはない。

 追加で精製するのは溶岩で作った鎖。

 ホンモノの体躯に巻き付け地面に繋ぐ。

 小さな異形達とは違って狙いを定める必要がなく、『力技』は我の得意分野。

 あぁ、地面ごと鎖を引き千切ろうとしているあのホンモノそう・・なのだろうな。


 我の操作で更に加熱された灼熱の鎖の効果は実は形状変化のみ。

 脱するなら、まず鎖の力場を壊すのが先だが、対策を打てないホンモノに、鎖は流れ続けて熱を維持してジリジリと焙り、焼き、焦がし、縛る。

 負傷と同時に再生する体躯は、その燃える鎖をその身へとずぶずぶと取り込んでしまうからな。


 つまりあのホンモノがやっていることに意味はない。


 全く下らぬ。

 我も一度その手に引っ掛かったが、すぐに対策したぞ?

 その程度で我を『亜』と貶めるなど。


 <我よりも『上位』だと嘯く竜よ。

 お前との邂逅は、我に新たな感情を刻んだ。

 そして『我が何か』を知らせたことに感謝する>


 <出来損ないが!

 身の程を弁え、この戒めを外せ!>


 <…だが、その出来損ないの縛すら脱せないモノを『竜』だとは我が認めん>


 <ならばどうする気だ!>


 <我はまだ『死』というモノを知らぬ。

 お前の最後の仕事は、我が死を間近に見るための教材・・だ>


 <馬鹿な! 何をしようとしているのか分かっているのか!?>


 分かっていなかったのはお前だ。

『狩り』とは双方的なもの…お互いの存在を賭けの対象にして『狩り合う』ものだ。

 だからこの結果に誰も咎めはせず、咎められたところで意味は無い。

 我を狩りに来た、多くの異形達と同じように。


 <ではさらばだ…我が教材よ>


 空を飛べただけの矮小なホンモノは、結局我の鎖で地面に繋がれたまま絶命した。

 高硬度の表皮を貫くのは難しくとも、方法はいくらでもある。

 我に対して使われた異形達の多彩な攻撃はいつも我を困らせたのだから。


 そして今まで下してきた『すべて』を我は手にしている。


 最初から分かっていた。

 たかが『空が飛べるか否か』だけの些細な有利が我に通用するはずも無い。

 我を亜竜と見下した竜は、何一つ見せることも無く我の糧となり、新しく『味覚』を教えた。

 同族だからか、それとも我が亜竜だからかは定かではないが、二度と喰いたいものではなかった。

 つまり美味くはないのだろうな。

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