『藤堂鏡士朗』
戦々恐々としながら家まで送っていただいた後。
何もしないとは言ったが素直に帰るとも言ってない、と言わんばかりにニコリと笑った
献立に悩んでいるという私の『嘘』に沿った形で、魔力効率の良い作り方や純粋な調理法を教えよう、と。
あくまでも柔らかな物腰なのがめっちゃ怖いんだけど何この人……。
なんて。
怯えていた時期が私にもありました。
いや別に絆されたとかそういうんじゃないんだけどタイミングよく帰宅した子供たちの様子から考えて大丈夫そうかなって。
「驚いた。まるで鏡合わせだな」
玄関前。
私を呼び止めた
藤堂さんは僅かながら体を強張らせて息を呑む。
……そりゃあ、鏡合わせというには年の差の開きすぎている2人だが、血縁関係を主張しても疑われないだろうと確信を持てる程度には酷似している。
年が近ければまさに鏡合わせ。
そんな子供がいきなり現れたら動揺もするだろう。
「母さんの知り合い?」
「いや……ちょっと体調を崩してふらふらしてた私に手を貸してくださって……」
ほとんど脅される形でここまで来ました。
本人を前に言えるはずもない言葉を呑み込む。
気を取り直した藤堂さんは膝を折って目線を合わせると人好きする笑みを浮かべた。
「はじめまして。探偵の藤堂
「探偵?」
「うん」
すみません。仕方なかったんです。
困り顔で応える。
ため息で返された。
不甲斐なくて本当にすみません。
「探偵に依頼するようなことあったっけ?」
首を傾げた勇人くんに答えたのは藤堂さんだ。
「君たちのお母さんから献立に悩んでいるという話を聞いてね。料理は得意だし、力になれることがあればと思って」
「それ探偵の仕事か」
「仕事ではないかなあ」
声に呆れを滲ませて半眼になった英明くんに藤堂さんは苦笑を返す。
「いいんじゃないか? 母さんとはちょっと話をさせてもらわなきゃならないけど」
弓立勇人と、こっちは弟の英明です。
自己紹介を済ませたら続きは中で。
藤堂さんの相手を請け負った英明くんが買った食材の片付けとお茶の準備を進める。
その横で私はニコリと威圧感たっぷりの笑みを張り付けた勇人くんを前に正座。
「さて母さん。言いたいことは山ほどあるけど、まず普段から口が酸っぱくなるくらいに言っていることがあるよな」
「すみませんでした」
「聞きたいのは謝罪じゃない」
ばっさり切り捨ててくる息子が怖い。
縮こまる私に勇人くんはため息を吐き出す。
「……泣くほどの無理をするより前に相談してくれないか。俺も英明も……言える立場にないのは分かってる。それでも犠牲になるような生き方をして欲しくはないんだ」
膝をついた勇人くんが私の手を取る。
つられるように俯向きがちとなっていた顔を上げると彼はどこか悲しげに痛みを堪えるような表情をしていた。
……だから、嫌だったのに。
涙で腫れた目元を冷やす暇がなかったことが悔やまれる。
だって、私は犠牲に生きられる女じゃない。
恨んで。泣いて。憎んで。泣いて。
嘆いてやまない陰鬱とした感情を抱えてる。
けれど、ずうっと死ぬまで側にいてなんて言うつもりはないから、そんな私のことは無視して前だけを向いていて欲しい。
余計に寂しくなるでしょう?
彼らは旅立つ。
大人になってそれぞれの人生を歩む。
子供なのだから当然のことだ。
旅立てばいい。
私は見送ろう。
どれだけ恨み辛みを並べて嘆きどうしてと不毛な問いを繰り返しても陰鬱とした感情が『幸せになって欲しい』という願いに勝ることはないのだから。
長生きをして。
誰かと恋し慕われて。
温かな家庭を築いてくれ。
そして、その日を迎える時。
笑って送り出せる私でいたいから振り返るようなことはせず前だけを見据えていて欲しい。
突き詰めればエゴの塊。
私はただ、他者の幸福を願える自分でありたいだけ。
「勇人くんたちの方こそ。私に気を遣ってばかりじゃない」
「そんなこと」
「あるでしょう」
魔力を持たないせいで不便を強いられる私がそれでも不自由なく暮らせるように。
常に気に掛けてくれている。
先回りして手を貸してくれる。
彼らのどこを取れば私に気を遣っていないと言えるのか。
「犠牲になるような生き方をして欲しくないのは私だって一緒だよ」
「俺たちはただ――――」
言葉を止めた勇人くんは眉間のシワを深くする。
このままお互いの言い分を主張し合っても堂々巡りになることを察してだろう。
「母さんほどの無理はしてない」
「私だって」
「その言葉は何処の馬の骨とも分からない男に付け入られないようになってから言ってくれ」
「……まあ、うん。適度な息抜きは意識して挟むようにします」
襲われたくないし。
子供たちが帰って来るまでの間、生きた心地がしなかったことを思い出して反省する。
何処の馬の骨かは分からないけれど勇人くんがあっさりと家に上がることを許可した辺り悪い人ではないのだろう藤堂さんが相手で良かった。
本当に良かった。
怖すぎて生きた心地がしなかったけど。
「……気付けなくてごめん」
ため息1つ。
目を伏せた勇人くんに私はへらりと笑ってみせる。
「やだなぁ。謝らないでよ」
「それでもごめん」
バカな子だ。
繋いでいた手をほどいて抱き締める。
「謝らなきゃいけないとしたら私の方でしょう?」
もはや面倒を掛けることしかできない身となった私を見捨てないでいてくれた。
心配し、叱ってくれる。
彼らが私に謝らねばならないことなど何1つありはしないのだから。
▼ △ ▼
気を取り直して。
危機管理能力の低さについてのお説教が始まったところで「声を掛けた僕の耳にも痛い話だなあ」と苦笑混じりの藤堂さんが乱入してきた。
先の何処の馬の骨呼ばわりから始まって初対面の相手を不用意に家に招かない、と言った内容はそりゃあ耳に痛いだろう。
「長くなるようなら説教はひとまず後にしろよ。ミラから料理習うんだろ」
「……ミラ?」
誰のこと?
代表するように首を傾げた勇人くんに英明くんは答える。
「
と、いうのはG.Exの
パクリかな?
「何かおかしかったか?」
英明くんの視線の先で藤堂さんがハッと我に返る。
「いや、ちょっと驚いたというか……懐かしくなってね……」
鏡士朗の『鏡』を取って同じようにミラと呼ばれていた時期があったとか。
取り繕うように笑った藤堂さんは言う。
「だけど、運命をミラと呼ぶなんてことよく知ってたね」
「たまたまだ」
自重を知らない5歳児は全てを偶然で片付けるつもりらしい。
藤堂さんは物言いたげな表情を見せる。
……まあ、慣れていない人間からすれば子供らしくない英明くんの言動に「何だこの子供」くらいは思うよな。
無言の攻防が始まる前に話題を逸らそうと口を開く。
「そういえば、お時間は大丈夫ですか? 急なお話でしたしこの後のご予定とか……」
「え? あ、ああ。大丈夫です。けど、遅くならない内に始めましょうか」
時計の針は15時を指している。
あまりゆっくりしていては日が暮れるだろう。
キッチンに立った藤堂さんはまず普段はどのような作り置きを用意しているかという質問から始めて、子供たちの好き嫌いを確認すると、それに合わせたオススメのメニューの紹介をしてくれた。
魔力効率のいい調理手順や下拵えの際のちょっとしたテクニックまで。
実践を交えつつ。
丁寧で分かりやすい説明にこの人の本職は探偵じゃないのでは?
と、疑念を抱いたことに関して私は悪くないと主張させて欲しい。
手際もいいし美味しいしプロの料理人と言われても納得してしまえるレベルなのだ。
それなのに素人でも簡単に真似できる美味しく作るコツとか惜しげもなく教えてくれるの。
一通りのメモを取り終えた私は真顔だ。
「……この情報料、おいくら万円でしょう」
料理教室とか通ったことないけどタダで済んでいい技術じゃないのは分かる。
そうですねぇ、と豚の生姜焼きを作りながらちょっと上を向いて考える素振りを見せた藤堂さんにゴクリ、唾を飲む。
お高いんでしょう!
そうなんでしょう!?
めちゃくちゃ美味しそうな香り、というか絶対に美味しい、まだ食べてないけど美味しいって断言できるレベルの生姜焼きが完成しようとしていることに内心で震え上がる。
視線を外しても淀みなく手を動かしてるんだけどこの人……。
これでプロじゃないって嘘だろ。
「いくらだったらいいですか?」
「えっ」
「ご希望の価格で構いませんよ」
ニコリ。
天井から私へ視線を移した藤堂さんは爽やかに笑う。
お美しいですね。
勇人くんの将来が楽しみです。
……で、何?
希望の価格で構わない?
何言ってんだこのイケメン。
「講師料だけだろ。払って3千ってところじゃねーの」
キッチンからは少し離れた位置にあるローテーブルでトランプタワーに挑戦していた英明くんが言う。
「安すぎない?」
「時給に直して考えろ。安くはねーよ」
そう言われると確かにそうかもしれないが……。
私ならいくらに設定するかと尋ね直されたので「2万円」と答えたら高すぎると叱られた。
それくらい取っても客の集まりそうな顔をしてるし技術だって申し分ないと思うんだけどなあ。
▼ △ ▼
結局、大した知識ではないからと情報料も講師料もタダにしてくださった。
代わりに探偵を頼るようなことでもあれば是非ご贔屓に、なんて言って悪戯っぽく笑ってみせるのだから食えない人だと思う。
「
この世界の通信手段と言えばやはり魔法だ。
電話でいうところの番号に当たる魔方陣を1人1人が有しており、それを支点として音声や映像のやり取りをする。
……ただ、使用する際に必要となる魔力が両者間の距離に比例するため長時間の通信には向かなかったり安定性に欠けたり。
魔道具を用いても改善し切れない利便性の悪さから最近では電気通信の分野に注目が集まっているとか。
実用化にはまだまだ時間が掛かるらしく現状では関わりのない話となるが。
「連絡ですか……?」
そもそも、どうして連絡を取る手段を気にするのか。
首を傾げた私に藤堂さんは「ええ」と頷く。
「夕飯の支度の手伝いをさせていただくってお話だったでしょう?」
すでに手伝ってもらった後だが。
「……あれ? 言いましたよね。その後に、よく作り過ぎてしまうので代わりに食べてくださる方がいると助かるって」
「ええ、まあ……でも、支度の手伝いは十分なくらいしていただきましたし……」
「今回は送らせていただいたついでのようなものです。僕としては作り過ぎてしまう料理に困っているので、そちらをお願いしたいのですが……」
「さすがにそれは」
今時、ご近所さんでもやらないようなやり取りを今日が初対面の男とわざわざ連絡先を交換してまでするというのは気が引ける。
できればご遠慮願いたい。
食い下がってくる藤堂さんとやんわりお断りを申し上げる私。
平行線を辿る会話に終止符を打ったのは「いいんじゃないか?」と藤堂さんの提案を受け入れんとする勇人くんの声だった。
ちょっと待って。
そこは私の味方をするところじゃないの勇人くん。
「別に意固地になる必要があるほど悪い話って訳でもないだろう」
「それはそうだけど……」
どうにも藤堂さんに対して甘い勇人くんに私は甘いので最後には頷かされることになる――。
後から理由を尋ねてみると『藤堂鏡士朗』というのはまず間違いなく偽名で本名は月盛孝時。
出会い頭に脳裏をよぎった相手だ。
やはりと思うべきか。
そんなバカなと否定すべきか。
「勇人くんの思い違いってことは?」
「それはない」
魔力にも個体差というものがあって、指紋のように異なるらしい。
他の誰を誤認しても月盛孝時の魔力だけは正確に把握できるという。
……勇人くんや英明くんの前世について詳しい話は尋ねたことがないけれど、つまりはまあ、そういうことだろう。
転生して容姿は変わったか。
遠回しな確認に彼らは否と答える。
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