殿下、悪役令嬢いらないなら俺が奪って溺愛しますね

yui/サウスのサウス

第1話

「クリス!貴様との婚約は破棄する!」


そんな声が聞こえてきて、俺の意識は覚醒する。


軽い目眩のような立ちくらみを感じながら頭に流れてくるのは様々な知識や記憶。


貴族階級のあるこの世界の記憶に対して、科学が発展した日本の社会人としての記憶が流れこんできて、やがてひとつになるような気持ち悪さ。


いわゆる異世界転生というものなのだろうか?


人格は前世のものが色濃くでたような意識がある。体はこの世界・・・貴族などがある世界で、フリューゲル伯爵家の子息である、マルス・フリューゲルのものだと認識できた。


頭を抑えてぼやける視界で辺りを確認する。


場所はとある夜会の会場らしい。

国王陛下主催の夜会だけあって、賑わっているはずなのだが、辺りは不自然なほどに静かだった。

皆の視線はとある一点に集まっていた。


先ほどの声の主がその視線を独り占めしているが、その主はこの国の第一王子のベスター・ロータス殿下だった。その周りには取り巻きが何人かおり、俺もどうやらそのうちの一人らしい。


つまり、かなり注目を浴びているわけなのだが、俺はあくまで端役らしく、頭を抱えていようが誰も気にはとめていないようだった。


それよりも視線を集めているのは先ほど婚約破棄を告げた本人であるベスター王子と、それに対するように少し離れた位置に立つ一人の令嬢に視線は集まっていた。


銀色の髪と鮮やかなグリーンの瞳が特徴的のその令嬢は王子の婚約者であり、ロンデル公爵家の長女のクリス・ロンデル公爵令嬢だ。


うん?クリス・ロンデル・・・俺はこの名前を知ってる気がする。


この世界での知識ではない・・・前世の知識の方で、前世の女性向けの恋愛シミュレーションゲームである所謂乙女ゲーム。


前世男のはずの俺が何故そんなことを知ってるのか疑問ではあるが・・・まあ、きっと当時の感性にあっていたのだろう。


タイトルはそう・・・『リリア☆プリンセス』だったかな?


内容はいたってシンプルで、5人の攻略対象と様々な障害を乗り越えて結ばれる恋愛もので、個別ルートがそれぞれノーマルエンドとトゥルーエンドが存在して、おまけで逆ハーレムエンドがあったくらいかな?


その乙女ゲームの恋のライバルが王子の婚約者であり、悪役令嬢のクリス・ロンデル・・・多分本人だろう。


うん、良く見れば王子もその取り巻きも見覚えのある攻略対象だし、ヒロインもちゃっかり王子の隣にいるわ。


俺は・・・鏡がないからなんとも言えないけど、この取り巻きの一番後ろにいるし、それにマルス・フリューゲルという名前からおそらく一応攻略対象の一人のはずだ。


フリューゲル伯爵家は商人の家柄だから、商人の息子みたいな扱いのはずだ。他の攻略キャラクターがそれぞれ、王子、騎士団長の息子、悪役令嬢の義理の弟、別の公爵家の息子と、きて、俺が商人の息子という扱いになるのだろうが・・・一番地味なポジションなのは仕方ないだろう。


まあ、それでもそこそこルックスはいいはずだし、公式のサイトでの人気投票で攻略キャラクターの中で最下位のマルス・フリューゲルでも問題はないだろう。


「リリアにしたこれまでの仕打ち・・・忘れたとは言わせぬぞ!」


そんなことを考えていたら聞こえてきたのは王子のそんな言葉。


前後の記憶が曖昧だが・・・婚約破棄ってさっき言ってたから今は断罪しているのかな?それにしても攻略キャラクター全員で悪役令嬢であるクリスを責めるようなイベントあったっけ?


婚約破棄イベントは記憶にあるけど、確かその時は王子オンリーだったような・・・?


そんなことを考えていると、俺以外の取り巻きが悪役令嬢としてクリスがやったことを述べていく。


まとめると、ヒロインであるリリアに影で嫌がらせをしていて、他の貴族にリリアを仲間はずれにするように促したり、悪評をたてたり、挙げ句の果てに、こないだ暗殺者を宿ったというものらしいが・・・あれ?おかしいな。


ゲームの悪役令嬢のクリスでもそこまでしてなかったような・・・というか、俺の気のせいでなければ、そんな記憶は微塵もないのだけど。


確かにリリアが泣いている姿を記憶してはいるけど、具体的なシーンは俺は少なくとも見ていない。


他の攻略対象の証言も全部ヒロインであるリリアから聞いたというものばかりで具体的な証拠はないようだった。


とはいえ、王子とその取り巻き(俺以外の4人)が口々に言えば、会場もなんとなく悪役令嬢であるクリスが悪いというムードになってきているようだが・・・


チラリと俺は視線をヒロインに向けてみる。


ヒロインは顔を覆ってはいるが、俺の位置からだと、丁度隠れている顔の一部・・・具体的には笑みで緩んでいる口元が見えた。


(これは・・・ヒロインの作戦か?)


なんとなく仕組まれているような雰囲気を感じたので、俺はもう一人の当事者である悪役令嬢のクリスに視線を向けると・・・クリスはなんとか毅然としてはいるようだけど、どこか悲しげな雰囲気でそれを聞いていた。


(まてよ・・・似たような状況の話を知ってる気がする)


あれはそう・・・乙女ゲームに転生した悪役令嬢がバットエンドを回避する物語。いわゆるラノベというもので、そこでも悪役令嬢は転生者のヒロインから偽の証拠をつきだされていたような気がする。


つまり・・・


(ヒロインが転生者パターンか・・・)


おそらく、冤罪を悪役令嬢であるクリスにかけて、王子を奪う作戦なのだろうけど・・・それにしても、他の攻略対象もヒロイン側なのは厄介だな。


というか、俺の中の・・・マルスの記憶や感情ではヒロインにかなり好意を寄せていることがわかるし、他の攻略対象もかなり好感度が高いように思えることからも、ストーリーから外れて、逆ハーエンド狙いにいってるのは明白みたいだ。


「おいマルス。お前からも何か言ってやれ」


そんな風に冷静に分析をしていると、黙っていることを不審に思ったのか王子がそんなことを言ってきた。

その言葉で会場中の視線が俺に集まるが・・・ふむ・・・


「殿下。ひとつ確認ですが、クリス様とは婚約破棄なさるのですよね?」

「当たり前だ!」

「そうですか・・・では・・・」


そう言ってから俺はゆっくりとクリスの前まで歩いていく。

クリスは警戒したようにこちらを見ていたので、俺はそれに優しく微笑んでから片膝をゆっくりと地面につけて、そっとーーークリスの手を握って言った。


「私と結婚してくださいーーークリス様」

「えっ・・・?」


驚きの表情を浮かべるクリス。まあ、そりゃ今までクリスを断罪する側だった人間に見えた俺がいきなりこんなことを言えばそういう反応になるのは当たり前だろう。


でもね・・・ごめん。俺、悪役令嬢のクリスのことを大好きなんだよね。


キャラクターとしても好きだったんだけど・・・なんていうか、目の前で悲しそうな表情を浮かべている彼女を見て守ってあげたいと思ったんだよね。


それに・・・本当に彼女がヒロインに何かをしたという証拠はないようだし、冤罪確実で、王子がいらないって言うなら・・・俺が貰っても問題ないよね?


呆然とするクリスに俺はなるべく優しい笑みを浮かべて言った。


「私ではクリス様に釣り合わないかもしれませんが・・・殿下があなたを手放すというなら、あなたを私にください。私はーーーあなたのことを心から愛しております」


その言葉に・・・クリスは見て明らかにわかる程に顔を赤くして視線を泳がせていた・・・え、何この可愛い生き物。


「あ、あの、あの・・・えっと・・・」

「マルス!貴様血迷ったか!」


思わず抱き締めたい衝動にかられるが、それを邪魔するのは呆気にとられていたはずの王子の怒声。


うるさいなぁ・・・まったく・・・


俺はクリスに微笑みかけてから、彼女を守るように後ろに庇いながら、無機質な視線を王子達に向けて言った。


「殿下・・・冤罪で彼女を苦しめるなら、私としても容赦するつもりはありませんよ?」

「それはこちらの台詞だ!そいつはリリアを苦しめた罪人だぞ!」

「マルスさん!目を覚まして!」


ヒロインからのそんなありがたい言葉。前のマルスならあっさり落ちていただろうそれに、俺は特に何の興味もない視線を向けて言った。


「リリアさん。あなたは罪のない彼女に冤罪をふっかけて楽しいですか?いや、殿下を手にいれるためにクリス様を貶めて・・・人として恥ずかしくないのですか?」

「貴様!リリアを愚弄するなら、その罪人とまとめて国外追放するぞ!」

「ご自由に・・・では、行きましょうかクリス様」


そう言ってから俺はクリスの手をひいてその場を後にする。


「ええい!逃がすな!衛兵!」


が、そんな俺達を止めるために王子は近くの兵にそう指示する。

衛兵はそれに慌てたようにこちらに近づいてくるが・・・俺はそれを冷ややかに見て言った。


「あなた方の主は殿下ですか?それとも国王陛下ですか?」


その言葉にピタリと止まる兵士達。

なまじ忠誠心がある人間は、その手の事柄に敏感で助かると思い俺は続けて言った。


「そこにいるのはあくまでも王位継承権が高いだけの王子です。その言葉にあなた方のような陛下に本物の忠義を捧げる者が勝手な判断で従うのですか?もっとも・・・先程からこの場を静観されている陛下からのご命令なら従うべきでしょうが・・・いかがですか?陛下?」


先程からこの場を冷静に見ている国王陛下に俺は視線を向けると、陛下は面白いものを見たような表情で一言言った。


「よい。行け」

「な・・・父上!」


陛下の言葉に声をあらげる殿下だったが、その厳つい顔を向けられると何も言えないのか黙りこんでしまった。


そんな陛下は俺とクリスを面白そうに眺めているようだったので、俺は軽く会釈をしてからクリスの手をひいてこの場を後にした。


ヒロインが不気味なほどに静かだったのは気になるが・・・それよりも俺は早く二人きりになって返事を聞きたかったのでなるべく早く、でも、クリスのペースに合わせて歩きだした。






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