サイセン (iii)

 失望。

 強く表れているわけではない。恐怖や絶望感などの優勢で色濃いものにまぎれて見落としそうなほど、相対的には弱い。だが、その一端をになう者として、環には嫌でも伝わってくる。


 彼女がよそごとにうつつを抜かさず、クラスに呼びかけ作戦会議をひらいていたら。あるいはなにか秘策が講じられた可能性もある。

 実際はそう都合よく画期的な手段は見つからないかもしれない。それでも、少なくとも打開に向けて行動をとった事実は残る。やるべきことをやってだめなら、あきらめのつけようもなくはない。


 我らがジャンヌ・ダルクは、その冴えわたる明晰な頭脳で、思いもよらない妙案を組みたてているはずだった。力の呼びかけにも応じないほど深い思索に没入し、全員によるブレインストーミングもあとまわしにして。


 人並以上には歴史に明るい力は知っている。非凡の才を持つ者が生みだす知恵は、凡百のそれをいくら寄せ集めてもかなわぬことを。

 卓越した知性が、目の覚めるような戦術で戦いの趨勢を覆し、盤石のまつりごとを敷き、生活や社会を一変させる技術や理論を人々へもたらす。3人寄ろうが何人寄ろうが余人に文殊の知恵は出せない。

 3年D組のリーダー、三郎丸環は、とんでもないアイデアを引っさげて、その深遠な精神世界から戻ってくるのではないか。

 彼女がしばしば見せる、彼女一流の、考え・立ちふるまい・行動は、力に期待をいだかせた。


 頼りにしたクラス委員は、しかし、彼を失望させた。

 次のステージの開始アラートが出ても気づかないぐらい没頭する環の目を覚まさせたとき(目をあけて寝ているのではと思えるほど反応が鈍かった)、なにも対策を見いだせていないどころか、どう見てもただぼんやりしていただけだったと直感したとき、力は、たて続けに再選された以上のショックを受けた。

 彼女の思考のリソースのいくらかが中華まんに関することに振りわけられていたことを彼が知らずにすんだのは幸いだろう。


 失意に彩られた力のまなざしはつらかった。表だって非難されないぶん、かえって環の胸は痛んだ。

 それでも彼女は顔をそむけない。なじるような色あいの交じる視線を真正面に受けとめる。時間を空費してしまった穴埋めを、力に迫る危機への対処をしなくてはならない。

 真剣なまなざしで環は問う。


「午角くん、家はどっち?」

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