ペナルティーキック (xxiii)

 勢いあまった球は、グラウンド上に引かれた線の向こう、「フィールド」の外側へと転がった。ルールでは、フィールド外へ出た者は死ぬと定められている。


「おい!!」一八が再度、揶揄する。「監督から『キック力だけは中学生並だ』と小5のときに言」「その無駄なパワーが裏目にでてんだよっ!」


 このままでは、事実上、唯一の武器が行使できない。万事休す。


「俺、ボール取れないかちょっと見てくる」


 一八が、あっ、と声をあげたときには、力は追跡劇から離脱し、あさっての方向へ駆けていった。ミナスは力に見向きもせず一八をつけ狙う。「てめっ、ずりーぞ!」


 相方の恨みごとに背中でわびて、力はボールを飛ばしてしまった方向に走った。運よくフィールド近くに止まっていればまだチャンスはある。手足の長さと悪運の強さには自信があった。


 果たして、グラウンドの端のほど近く、地面に引かれた1本の線。

 青白くほのかに光る、美しくもまがまがしいラインの向こうに、彼らの希望の糸たるボールはぽつんと転がっていた。線の数メートル先に。

 力の自慢の四肢を伸ばしてもちょっと届くような距離ではない。


「なんか長いものないか?」


 校舎を振り返って、端末越しに応援を要請する。有能なクラス委員はすでに残念な回答を用意していた。「だめ。掃除道具入れのモップとかみんなの持ちものなんかを調べたけど、そこまで長いものは見当たらない」


 くっ、と力は歯噛みする。仮にあったとしても、教室から投げてフィールド内に届くか怪しい。


 なにかないのか。ベルト、シャツ、ズボン。つなぎあわせれば――届きそうに思えない。届いたとしてそんなもので引き寄せられるだろうか。

 辺りを見回してみる。校庭辺縁の植樹、体育倉庫、校舎。フィールドから出られれば道具になりそうなものはある。出られないから困っているのだが。


 そもそも、と力は思う。

 この線をまたいだら本当に死ぬのだろうか? 

 道路わきの白線、駅ホームの点字ブロック、駐輪場の区画の線。

 身のまわりにはさまざまな線があるが、一瞬でも越えると必ず危険や支障があるものはない。案外、「ルール」はわりとゆるかったりするのではないか。たとえば3秒ルールのように、すぐに戻ればセーフあつかいになったり――


 振り向き、グラウンドの向こうを見やる。

 クラスメイトが、灰色の巨牛に追いたてられている。唯一の武器を俺のせいで失って。早く手もとに返してやらないと。


 責任感から力はふらりと一歩、進み出た。

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