ルール (xlvii)

「難波さんだけ、まだ連絡先を出していないみたいなんだけど……?」


 環が遠慮がちに、女子生徒に声をかけた。

 教室の後ろ寄りの席に座る難波瀬織は、自分の携帯端末を操作していた。顔も上げず、彼女は淡白にひとことだけ答えた。「私はいい」


 困惑気味に環は「ええと……。いい、ってどういうことかな?」と尋ねたが、瀬織はまったくの無表情で端末をいじり続ける。


「難波さん以外、みんなもう出し終わってるのよ」

「そうなの」無関心ぶりを隠そうともせず瀬織は言った。

「そうなの、って……」環は、相手の反応の受け止めよう、自身のそれの示しよう、いずれにも困った声をもらした。


 なんだ、どうした、と席の周辺でちらちらと注目が集まりはじめる。


「提出してもらわないと作業が滞るんだけど」

「提出、と言うけれど、べつに授業の課題のように義務のあるものではないでしょう?」


 環が少しだけ口調を強め非難のニュアンスを込めるのとは対照的に、瀬織はあくまでも事務的だ。

 あー、また難波さんが、とクラスメイトはひそひそささやく。


 難波瀬織は、ひとことでいうと問題児だった。著しくマイペースで、自身に不利益がない限りは、クラスに溶け込もうともしなければ共同での作業に加わろうともしない。常に教室で浮いた存在だ。

 交友関係もないようで、瀬織と同じ中学だった友達や知りあいの話では、中学校どころか小学校からずっとこんな感じだったらしい。

 環もクラス委員という立ち位置の都合上、1学期のなかばあたりまでは委員長の九十九とともに親身に接してみた。

 が、瀬織はヤマアラシよろしく、関わりあいを持つ意思はさらさらないとばかりの態度を崩さなかった。梅雨入りするころには早々にあきらめていた。

 九十九はなおも辛抱強く気にかけていたのは頭が下がるが、とても自分の手には負えない。火事や不審者のような非常時でもないかぎり、好きにさせておこうと。

 そして今や、その非常事態が起きてしまった。

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