チュートリアル (xxxvii)

  速度は距離と時間によって求まる。


 これが、モンスターを攻撃することによって得られたヒントらしい。生徒の多くが一様に困惑した。とりたてて目新しくもない情報だ。

 生徒によっては、速度・時間・距離をどう組み合わせればそれぞれの値を求められるか、すぐには答えられない者もいたが、この3要素で1セットということは皆わかる。

「それぐらい知ってるし」「意味ねー」「ヒント(役に立つとは言っていない)」と反応は冷ややかだ。「せんせー。ヒント、全然使えませーん」と紅亜が、環の携帯へ揶揄した。

 どうでもいいが、担任から押しつけられた役目をいまだに果たしているクラス委員の責任感には、感心するというかあきれるというか。環の顔をちらりと見て紅亜は、まじめにしててもいいことないな、と思った。


 グラウンドでは、枡田がプルスの相手を続けていた。攻撃態勢で構える灰色の獣を剣先で牽制しつつ、もう片方の手の携帯端末で指示をだす。「速度を求めるには距離と時間が必要だぞー」


 問題を見なおしてみる。言われて彼らは気づいた。「速度しかない」

 これじゃ計算できないじゃん、せんせー、時間と距離が書いてませーん。

 生徒の苦情めいた質問に、枡田は、端末をスーツの胸ポケットにしまい、ひとりごちた。「それじゃあ、第2ヒントをいきますか」


 枡田は、すうっ、と息を吸い込むと、プルスとにらみあったまま、ぼそぼそと言葉をつむぎはじめた。


「空に漂う火気の粒、地中に潜む熱き脈。あまねく燃素と混じりて発火し、さかる火炎の球体となりて、仇なすもののその身を焼き、焦がし、消し炭にするがいい」


 向けていた剣を引き、代わりに左の手のひらを差し向ける。


火球投射ファイアボール!」


 窓の外を見ていた生徒が皆、息をのんだ。赤みを帯びた光のすじが、まっすぐに伸ばされた教師の手の前方に集中し――


「うわっ」「きゃっ」


 隙をついて飛びかかった灰色の体は、噴き出る球状の炎に赤く染めあげられた。

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