第3話 夢想、迷走④
深夜、もう公園を訪れる者はいない……かと思えたが、街灯の下に数人の男女が集まっていた。全員、周りの風景に溶けてしまいそうな闇色の服に身を包んでいる。といっても完全にお揃いというわけではなく、形や造りはバラバラで、着こなし方も様々だった。
彼らは、
白を基調とした制服の匣舟とは反対に、鬼導部隊は黒色を制服に採用している。闇に紛れて鬼と対峙する彼らにとって、光に近い色合いは眩しすぎるのだ。
何かに気付き、街灯の下を離れる隊員がいた。ショート丈のぴったりとしたパンツからすらりと伸びた脚が、夜道に浮かぶ。首の後ろで一本に括った黒髪を左右に揺らしながら小走りに駆けていくのは、東部派遣隊副隊長の副官である、
「お疲れー」
美涼が駆け寄って行った方向、眠そうな声と共に暗闇から現れたのは、
「お疲れ様です、千住副隊長。こちらにいらしていたのですか」
美涼の、機械のように極端に抑揚のない言葉遣いは健在だったが、二人は街灯下の集団に混ざる事なく、公園の出口へと向かう。
「で、どう? そっちは」
両手をズボンのポケットにズボッと突っ込んで、千住が後ろを歩く美涼に声を投げかける。
「だいぶ前ですが、匣舟の官僚らしき人物を二人、見かけたそうです」
「官僚って……え、黒ラインの?」
意外な報告に、千住は思わず聞き返した。
「はい」
美涼は、
といっても、匣舟の捜査関係者が去った後の現場で、彼らの取りこぼしや見逃しがないかを根気よく捜すしかないのだが。
『――何にこだわっているんだか、
廉次はそう言って美涼を送り出したが、結局のところ、事件について新たに得られた情報はなかった。匣舟は肝心な部分を鬼導部隊に触れさせようとしないし、後々報告書を出すから勝手なことをするな、の一点張り。わざとかもしれないが、あろうことか現場を荒らして回り、遺体が落ちたという水路には早々と清掃の手配をしていた。
そんな中、警備局の捜査員たちが現場を離れるのを待っていた西部派遣隊の隊員が、他の捜査員とは違う白服を見た、という。制服の特徴を聞く限り、匣舟の上位の役人のようだった。
「……こんなところに何しに来たの」
千住がそう言うのももっともだ。匣舟の重要な機関は都の中心部、主に
それとも、そんな連中が出てこなければならないほどの案件、という事なのだろうか。
「誰かを迎えに来ていたようです。誰か、は不明ですが」
予想し得た千住からの質問に、美涼は用意していた回答をする。千住は何か思うところがあるのか、それきり何も聞かなかった。
「他には特に報告はありません。
「ああ……」
千住は美涼から報告書を受け取ると、中身を確かめる事なくそのままポケットに押し込む。報告を聞く間は終始、腑に落ちないといった様子だった。
「廉次のやつ……」
東部派遣隊の事務官である廉次は、各地に潜り込ませた協力者から情報を集めていた。時には脅しにも似た文句で協力者にならざるを得ない状況も作り出す。匣舟から情報を得られないといっても、廉次にとってはそれほど痛手にはならないのだろう。実際今回も、事件については廉次の予想を上書きするほどの情報は得られていないはずだ。
予想するのは簡単で、その裏を取ることが重要なのだと、廉次は以前言っていたが。
「ホント、めんどくせぇやつ」
面倒と言いながら、きっちりと廉次の思い描く足跡を辿ってしまっている千住は、若干の皮肉を込めて溜息をついた。
廉次は千住の性格をよくわかっていた。地道な情報収集といった面倒事は嫌うが、本能的に動いて勘を働かせることは得意とする。廉次は千住の周りの人間を動かし、彼の好奇心をうまく煽る形で、事件調査の裏を取らせたのだった。
「官僚の件も、龍神事務官に報告します」
事件に関係があるかは不明だが、ちゃっかり新しい情報もある。匣舟の役人、それも官僚クラスの人間を見かけたということだ。
「いや」
先を歩く千住が立ち止まる。美涼もその場に留まった。
「それはオレが話す。このままだと色々癪だし。……それより」
千住は美涼の方を振り返って小声で言う。
「鷹司のお坊ちゃんいるだろ? 兄貴の方。あいつちょーっと危ういから、お前よく見といてやれよ。仲良いんだろ?」
想定外の指示に対する回答を用意していなかった美涼は、意外な名前を聞いて驚き、すぐに返事ができなかった。
「匣舟の黒ラインは、多分鷹司禮一郎の側近だ。あとでそいつらを見たって奴に特徴聞いてみてくれ。多分、細い目の細いヤツとでかい体のでかいヤツの二人組だ」
「耀宗様に何かあったのですか?」
美涼の動揺が伝わったのか、千住は少し優しい口調になって答える。
「さあ。パパと喧嘩して家出でもしたんじゃね―の」
その内容は、美涼の更なる動揺を招くものだった。
千住は再びポケットに手を突っ込み、眠そうにだらだらと歩き出す。美涼はしばらく立ち止まったままだったが、千住の後ろ姿が夜に消えていきそうだったので、小走りになりながら追いかけていった。
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