第24話2-3-1.日常は流動的に―――非日常的日常?

僕は夜の海にいる。

またここか、何度目だろうか。静かで果てしなく続く暗い海だ。一度、海へ入ってみようか。

僕はなぜか素足だ。真後ろには烏女がいるだろうが見ると消えてしまう。じゃあこのままでいい。

海の中は砂と波が混ざり合い、僕の両足は心地いい。

水面に黒く半透明な物体があることに気づく。以前からあったのだろうかこの水面を漂う物体は、いくつかありそうだ。だとしても僕とどれほどの関係があるというのか。

ここはたぶん夢の中、起きれば泡と消え、記憶にとどめることはできないだろう。




―――なんなんだ一体。

今日は、僕がおかしくなったのでなければ桔梗に勝った次の日の土曜日のランチタイムだ。

僕、通称“もけ”こと神明じんめ半月はんげつあきらは困惑の濃霧の中にあったのだ。


(なんなんだ?一体今日は。お、恐ろしい。なんてトラップの数だろうか?)


(非常にヤバいじゃないか、これは)


どう対処したらいいのか謎が謎を呼ぶ。


なんなんだ、こいつらは何が目的なんだ?僕の声に出さない理性的な問いかけに応えてくれる者はいない。


逃げると無料ランチが食べられない。

疑問だらけの僕は考え込んでいる・・・どこで何のミスをしたのだろう。

今日はまだ始まって短い。見落としは良くない・・・今朝からあったことを反芻はんすうしてみよう。




―――今日は珍しく熟睡できた朝だった、・・・呪殺の可能性が高いというのに。

・・・また夜の海の夢を見た気がする、いつもすぐ忘れてしまうが今は少し思い出せる、オールバッカーが何かと戦っていたな。氷竜の三倍激ブレスは鋭くて・・・、ん?オールバッカーが夢に出てきた?

気持ち悪い、何の冗談だ・・・いったい。


それにしても・・・よかった・・・まだ僕は呪殺されていないようだ。

・・・夢に吸血鬼もでてきたな・・・もう思い出せないが。


第6高校の男子寮は複数あるがどれも危険だ、あまり朝遅く起きると朝食が無くなっていることがあるのだ。

まあ、そもそも僕もたまぁに人の分まで食べてしまうが。

ああ、もちろん朝は食べないやつもいたりする、とにかく早いもの勝ちなのだ。


熟睡していたため今日はいつもより少し朝食が遅かったのだ。

AM6:20、僕は黒と黄色のジャージで応接室に到着した。このボロい寮には食堂はない。応接室かどうかもよく分からないが、脈々と応接室と呼ばれている場所だ。

毎朝、大テーブルの上には大量の食パンとゆで卵が人数分、無造作に置かれているはずだが。今日は違う・・・なんだこれは。


大きめの炊飯ジャーが置いてある。横にはどんぶりと箸が大量に。

むむぅ?まずいぞ!こ、これは年に数回ある寮母さんの機嫌がいい時に来る、白米の日かもしれない。さらに卵かけご飯の日かもしれない。


・・・まずい!全部はらぺこ寮生に食べられている可能性がある。


炊飯ジャーの中を霊視する、ふう、驚かせやがる。

まだたくさんあるじゃないか。

横にある鍋の中も霊視しておこう。おお、なにか入っている・・・コレナニ?


よく分からないので、鍋の蓋を取って肉眼で直接みる。


・・・肉眼で見てもよくわからへんやんか。なんやねんこれ!


しばし僕は呆然と立ちすくむ。消化できるのであればとりあえず味はさておき飲み込む手はあるが。

リスクが高い、残虐な手口だ。あの寮母め・・・やりたい放題ではないか。

ミランダ先生ならHow cruel.とでもいうのか。


・・・これは一体?む?うかうかしている間に2年生が二人起きてきてしまった。


二人は応接室に入るや否や、僕の方を見て絶句している。それはそうだろう。食パンじゃなくて白米が、ゆで卵じゃなくて黒い切れ端があるのだから。


しばし静寂・・・。


だいぶたってから一人が「お、お、おはようごば、が、ございます」と言ってきた。

朝は面倒なのでほとんどだれも声を出さないのに、挨拶するとは感心だ・・・本当に第6高校の生徒か?

無視しようかと思ったが「あ、おはようございます」と返しておく。

この二人の後輩は見たことあるが名前はさっぱり分からない。


そうか、しかし、情報は重要だ、僕は賢いのだ。

僕は何食わぬ顔で、二人にそれとなく聞く。

「今日は何かいいことあったのかな、寮母さん?見たことないものがあるよね?」


どうも緊張した二人の表情が気になるが、そんなことはどうでもいい。

二人は鍋を覗いて「そ、そうですね、もけせんぱ、あ、いえいえい、あ、あ、じんめ先輩さま」

「そ、そそ、そうですね、みみ。見たことありませんね、せ、せっせ、先輩」

会話下手かお前たち、しかし、むう、やはり二人とも見たことないのか、なんだこれは。食べれるのか?


「じんめ先輩さま、あ、き、昨日のお祝いではありませんか?」お祝い?寮母さんになにかあったのか?

「てゆうか、あさからウナギって、うな丼にしろって意味みたいっす?変ですよね?朝からウナギって?アハ・アハハハ・・・」ウナギ?なんか聞いたことあるけど。

もう一人も知っている様子だ、であれば知らないとハズカシイことである可能性が高い。


「ああ、そうだねウナギね。ウナギ、朝からウナギなんてね」どうやって食べるの?ウナギって何?


しかしイージーオペレーションというやつだ、つまりこいつらを真似すればよかろう・・・アフロ部長的に考えよう。


さらに、うな丼という言葉にヒントがあるだろう、恐らく白米にウナギをのせて食べるのではないのか。

勝率・・・つまり正解の確率80%はあるだろう。

「じゃあお先にどうぞ?」と僕はさらっと一歩引く。

「いえいえいえいえいえ、じんめ先輩さまから、先輩なんですから、どうぞどうぞ」

「ああもう、どうぞ。せ、先輩、光栄ですけど先輩へのお祝いですから」なんだこいつ等、気持ち悪いな。そうか・・・こいつ等も知ったかぶりでウナギ食べたことないのでは?


まさか・・・毒?


霊眼で確認してもなんの劇毒物も反応はないが、特殊な毒かもわからない。なんとかこいつ等に先に食べさせないと、食べ方も分からないし、危険ではないのか。もしもよくある食べ物だとすると貧乏な僕が知らないだけであって食べ方も知らないと後輩から馬鹿にされて・・・あまつさえ明日からあだ名が“もけ”から“うな丼”に変化する可能性がある・・・悲劇はすぐ目の前だ。


むう・・・敗色濃厚だ。とりあえず丼に白米をよそる、むうぅ・・・ここからが危険だな。

僕は霊視してウナギとやらの数を一瞬で数える。それをこの男子寮“筍寮”の寮生の数で割る。なるほど一人につきウナギ二枚が相場らしいな。丼にウナギを二枚のせる、まあ妥当な線だろう。これでいいんでしょう?あとは食べるかどうかだが。


そこはなんとか二人にバトンタッチして経過を観察する。

「せ、先輩様。タレをどうぞ」む?タレ?新たな登場人物だな。

「あ、う、うん」

「ど、どうぞぞうぞ、せ、先輩」なんだ勝手にタレとやらをうな丼にかけられてしまった。むう?これで終いか。


記憶の糸をたどると、如月葵を通して覗いていた第3高校のランチで、このうな丼のようなものを・・・たぶん似たようなのを見たことがある・・・あるぞ。

だが第6高校のランチでは見たことがない。

つまり原材料が高額である可能性が示唆される・・・第6高校はドケチなのだ。


「せ、先輩様。山椒は、あ、ありません」サンショウだと?これ以上、余計な情報はいらないんだが。

響きからすると・・・サルの一種だったろうか「サンショウはいらないよ、たぶん」

「先輩、お茶を、お茶をおいれしまぁす」

「あ、お茶はいるかな。ありがとうございます」

こんなできた第6高校生徒がいるなんて・・・何かの罠だろうか。


念のため二人が食べ始めてからよく観察してから食べたが、遅延型の毒素の可能性は否定しきれないものの、いやこれ美味しいじゃないか。ん~毒ではないような気がする。


あれ?これ美味しくない?・・・美味しい。


「じんめ先輩さま。まあ味はそこそこですけど、朝からウナギってないすよね?」

「ま、まあ。朝、朝はないよね」じゃあさ。いつ食べるのが正解なんだ?いますぐ部室のネットで調べたい。


味は美味しいけどそこそこなのかコレ?

もう一人も話しかけてくる。ボロが出るからやめてくれませんか。

「せ、先輩、き、昨日はおつかれさまでしでした」昨日?なんだ?・・・予選の話しか?

「ああ、うん」なんの話かわかりませんよ。


「せ、先輩さま、おれら感動しましたんです、おめでとうでございます」気持ち悪いなコイツ等。

「せ、先輩、そそそそれに、すげぇイメチェンして。何か、めちゃくちゃか、かわぃ、かわ・・・か、カッコいいです」

「そ、そお。ありがとうございます」さっさと食べて自室にもどろう。


む?新しく入ってきた寮生三人もこっちを向いて固まっている。

三人とも名前は知らない。ん?どうも僕を見ていないか。まあ、ウナギを見ているのだろうか、しかし、角度的にウナギは見えないよね。とにかくジロジロみられるのは極めて苦手だ。


―――僕は自室に戻った。

ウナギおいしかったけどな、朝は食べないものなのか。自室には端末もないし調べようもない。後輩に笑われなかっただけ良しとしよう。しっかしだ、いままで食べたものでも味は上位にランクインするんだけどな。ウナギってなんだ・・・?


今日、学校に行こうかな、どうしようか。まあランチは食べたいし行くか。


・・・さてそしてどうするか。どうするかというのは服装だ。

顔を見せておいてまた髪の毛を黒く染めて顔全体を隠すか・・・今の僕の髪の毛はブルーなのだ。

そして制服のブレザーはぶかぶかの先輩のお古をまた着るかどうか。


身体にあうサイズの制服はあと一着しかないし。卒業式まで生きていたら着ようと思って取っておいたんだけど・・・そういう意味ではある意味おしゃれだな。


このまま学校にタイガーセンセの黒と黄色のジャージで行く手はあるけれど。


高1から体形が変わっていないので高1の時に支給された最後の一着が残っている。

お金がないので制服を買うのも厳しいし、これしかない。私服も全くないから、まさにこれだけだ。


偶然とはいえ桔梗に勝った僕にさすがにちょっかいを掛けてくる奴は・・・第2高校の奴等とか・・・減るだろう、そういう分析もある。

とにかく万蛇木クン達に呼び出されないといいけど。


部屋にはどこかで拾ってきたひび割れた鏡がある。部屋にあるものは大概拾ってきたものだ。

ひび割れた鏡を見ると、顔を出してのぶかぶかのブレザーはさすがに合わない気がする。


せめて眼鏡があれば顔を隠せるのに。あのキララとかいう派手なアナウンサーが持って帰ってしまったようだ。


とにかく顔を見られるのはいやなのだ。アフロいわく僕はありえないくらいの極度の人間不信なのだと、ついでに重度の対人恐怖症でどうしようもないと。なんて上手いこと言うのだろう。


つまり桔梗と素顔で戦ったのはマズったなあというわけだ。大勢に見られたからな。


まあしかし、いま僕は竜の召喚士なのだ。なにかあれば“加速一現”で逃げればいい。

決死の思いで最後の一着の身体に合うブレザーを着よう。


(大事に着ないと)


僕は3階の自室からロビーにおりる、寮母さんの部屋の前だ。

そうそう、そうだ。重要なことを忘れていた。寮の無料の公衆電話から彼女に電話しないと。


トゥルルル――


「はい、どちらさまでしょう?」

「あぁ、こちらはW」これは隠語だ。仕事を頼むとき用のだ。

「わたくしはGRでございます」お互い名乗らない約束だ。

「黒い猪を頼む、予定通りに。いいね黒い猪だからね」間違えないと思うが、念を押しておく・・・たまにミスるからなアビルは。

「・・・かしこまりました。計画を前倒しになさるのですね?例の場所から投函いたします」

「そういうこと。夏には帰るよ、大丈夫とは思うけど慎重にね」

「それよりもおめでとうございました!感動しました、昨日の見ましたよ。・・・一矢報いましたね。やっと」

「まだまだこれからさ」



―――さてずいぶん久しぶりに登校する気がする。

一昨日はサボったし。昨日は突然、召喚戦闘の公式戦に参加させられるし。

それに髪の毛で顔を覆っていないせいかやや見える景色が普段と違う、眼鏡もないし。


・・・学校なんてダイキライダ。


僕の魂はこんなところに縛られたりしない。

ルールも周りの同級生も後輩も教師もキライだ。

高校の卒業証書がいる、だから僕はここにいる。ただそれだけだ。友人ももういらない、友人なら、すでに二人もいるし。賢いなと思うやつもほとんどいない、まあ緑アフロ隊長くらいかな、頭を使っているのは。


学校キライの僕はすぐ憂鬱になりはじめていた、・・・教室という空間がキライだ・・・牢屋とどれだけ差があるというのか。


黒い猪は今晩にも退場していただく、もう二度と会うことはないだろう。最後に会ったのは昨年の夏か。まあ何があっても僕の名前が表に出ることはない。


すでに憂鬱な僕は自分の教室3-Eに入る。

・・・ややいつもより静か。

僕の席は教室の一番左の一番後ろだ。席の位置は悪くないが窓の横なため、やや眩しいのだ。

ん??やっぱり教室は静かだ。人数は18人くらいいるようだが。まあいいか。


いつも通り僕は自分の席に着く。今日はイタズラで花瓶が置いてないな。僕の席はよくマジックで落書きされたり。花瓶を置かれてチーンとかマジックで書かれていたりするのだが。

・・・今日はキレイだな僕の机、机の中も霊視して確認、不審物・爆発物は確認できない。

まあ取り敢えず・・・3限目と4限目は自習だから1限目と2限目だけ我慢すればいいか。


どうも視線を感じるが・・・。


―――あの西園寺倒したんだぜ―――

―――すげえオーラ!―――だれだよ?―――

―――優勝なんて―――ありえなくねえ?―――謝った方がいいって―――

―――すごい!すごい!―――ねえ見た?見た?

――ちょっとあれ、別人じゃん。―――キレー。なにあんなキレー!―――綺麗すぎる―――

―――すっげ。男子だよな。確か。―――髪の色変わってるし―――


なにやらヒソヒソ話す連中はいるがすごく静かな日だな。毎日こうならいいのだが。・・・この静けさ、なにかあったのか。まあいいや無視無視。

なんかやはり自分に視線を感じて気持ち悪いが、髪型くらいだれでも変えるだろうし僕を珍しそうに見ているわけもない。

それよりも考えないと、これからの一手一手が僕の人生を決めていく。


そろそろ授業が始まる、必要な情報は何もない授業が。

ゾロゾロと同じクラスのクズたちが教室に集まってくる。


―――気持ち悪いくらい静かだ。ああ。こいつも戻ってきたか。僕の前の席の女子生徒だ。赤毛でソバカスだらけの女子だ、名前はなんだっけ?小栗か栗田かどっちだったか。まあいい、悪意は読みやすい。

さあ毎朝のように言うがいい“もけちゃん今日もゲキヤバキモイね”と。


「あのぉ失礼します、あの前を。あ、神明君、おはようね」すぐに分かった、口撃してこないわけはないのだ。この女子生徒・・・小栗か栗田は何か良からぬことを企んでるな。そんなバレバレでは僕はやれないからな。


しかし・・・。


しかし・・・この静まり返った雰囲気。僕への突き刺すような視線はなんだ。クラスメイト全員で一斉に襲い掛かる前兆か?竜と契約中の僕は昨日までと違って手強いぞ。来るなら・・・来い!


「あ、あの。くくく、クラスを代表して、あ、の俺、クラス委員の小栗ですけど。知ってるよね」こっちを見て喋ってる気がする?こいつが小栗だと赤髪のソバカス女子は栗田のハズだ、栗田栗子だったっけ・・・。

クラス委員らしい小栗は話し続けている。

「あ、あのなんか緊張するな、あのですね。このクラスの神明全くんが、なんとなんとなんとまあ!昨日、六道記念公式戦、校内予選を優勝しました!!なんと優勝だよ!みんな――!6校生がだよ!ありえなくね~?」


―――オォォ!パチパチパチ!


「すごかったよ!」「かんどうしたーー!」「しんじらんなーい!」「応援したよー!」


パチパチ!パチパチ!


「すごいすごい」「今世紀さいこうー!」「すげえ本気のもけ、すげえ!」

ほとんど全員がこっちを向いて拍手してくる。拍手がなりやまない。

「ごめんね、今までごめんね。ごめんね。ほんとうにごめんね。カッコよかったよ」なんと赤髪のソバカス女が、栗田栗子が涙目でこんなことを言うなんて。


いつまで拍手続くんだ・・・そうか・・・そういうことか妙な視線は昨日の戦闘のせいか。


―――なんてことだ。―――こいつら―――さては――優勝賞金が目当てだな。全員グルか!


バカめ!賞金は無かったのだ、優勝楯とタオルだけだったのだ!


キレている僕は完全に無視している。当然だ。友人でもチームメイトでもない連中が僕を祝福するわけがない。油断させる気か、可能性が高いのは優勝賞金のおすそ分けが欲しい・・・そういうことだろう。

浅はかな連中だ。


「スーパーヒーローの神明くん、なにか一言いただけますか?」

ほう、いい機会だ。おまえらに分配する金はない!5000円もタイガーセンセの机に置いてきてしまったから、本当にないのだ。

本当にいい機会だゴミどもめ。おまえらにやる金はない。


僕は連中の方を向きなおし無表情のまま話す。

「拍手どうも。どうせ優勝賞金も出ないようなどうでもいい予選ですから、どうでもいい・・・以上です」全国大会本戦に出るかも決めていないが。


「おお!すごい!あの激戦をどうでもいいとか、もうカッコいいが止まらない!!そしてなぜか美人過ぎる!!もういちど神明くんに拍手を!!」


またまた拍手はしばらく鳴りやまなかった。


赤髪のソバカス女子がまた目をウルウルさせながら振り返ってくる。

「神明くん、あのこれ昨日の夜遅くに作ったの、口に合うといいんだけど。あのおわびも込めてだからおかえしとか全然いいから」そういって何か紙袋を渡してくる、クッキーかな。

「ありがと」社交辞令は重要だ・・・お腹を空かせている僕にクッキーとは・・・。


―――なるほど、優勝賞金がないと踏んだら、すぐ毒入りクッキーか。分かりやすいなこの女は。この女が容易に用意できるものとすると下剤か睡眠薬かどちらかだろう。霊視するまでもない。いくらお腹が空いていても毒だと分かっているものを食べるやつなどいない。クッキーの包みを机の奥に押しやる。

あとで燃やしておこう。


ホームルームで担任の髯面のナントカ先生にもう一度僕は褒められた。

僕が優勝すれば自分の評価が上がるとでも思っているのだろう。全くどいつもこいつも浅ましい。


―――一限目、二限目はまだよかった。

―――三限目、四限目の自習は面倒なことばかりだった、由々しき状態だ。


「きゃー目が合った」「優勝すごーい」「キャー!!」「一回握手してください」「写真撮っていいですか」「うわー!」「いるいる」

「すごーい、動く」「そんな強かったなんて」「写真いっしょに撮っていいでしょうか」

「髪きれい!見てみてキレー!」


時々教室のドアが開くたびに他のクラスの連中がなだれ込んできて、ごっちゃごっちゃだったのだ。


四限目の終了15分前に僕は教室を出ることにした。ランチに行くのだ。第6高校での自習なんてそもそも教室に生徒がいる方が珍しい。そして僕は無料ランチのために登校してきたのだ。


教室のドアを開けると廊下に他のクラスの女子たち五人がすぐ外にいる。

ん?1年生か?3階になんの用だ一体。そもそも授業サボるなよな。


「キャーじんめサマー!!」な、なんだ。お?目があったら一人倒れたぞ。なんなんだ一体。

キャ―――!!

なんの攻撃だこいつら。

「すっごいキレー」「すっごい」「桔梗さん倒すなんて――」「ヤバい、ヤバーい」

五人を避けて階段を降りようとするとまた数人女子がいる、男子も二人いるか。

「きゃーすごいすごい!」「すごいキレーじんめサマぁ」「すごーい気絶しそう」

「こっち向いてー!!」「あの、これ食べてください」「ヤバーい」「サインをー」

あ。また一人女子が倒れたぞ。なんだ奇病か。ヤバーいとか言って足をじたばたさせている、病気の発作か。

なんだこいつら、次々わいてくるぞ。授業でろよ。



―――はあはぁ、やっと食堂だ。まだそんなに食堂内に人は多くないが、なんだこいつらもこっちを、僕を見ているような。まあいい、今日は天中殺か。見られるの嫌いなんだ。ゴミどもめ。一人にしてくれ。


・・・今日はパスタか、まあまあアタリかな。

気を取り直して僕は無料ランチのパスタを持って席に着く。壁際で人目につきにくいところだ。


人目につきにくい・・・はずなんだけど。


「すごい、見てみて、うわさのじんめサマじゃない?じんめサマ―――!」

「ヤバーい、見ちゃった」

「あの高校生世界チャンピオンの桔梗倒したんでしょ!」

「じんめ君もサボるんだー!親近感わくー!」

「みたかよ、あれ、すごくね?」

「写真撮っていいかな」

「じんめサマ、強すぎ!美しすぎ!」

「あんなキレーってなくない?」

「きゃーいやぁー」

「こっち見てない?じんめ君、あれじんめ君でしょ、こっち見てるよ」

「なんだあれ美人すぎ」

「優勝はすげえわ。優勝は・・・」

「見えないって!」

「うぉー!オーラ出まくりジャン」

「おいおいまじか!全然別人じゃん」

「昨日のすげえよな、そんけーするぜ!神じゃん!」

「ヤバーい、ヤバい、やばー、エグーい、ヤバくなーい、ヤバい、エグヤバ」

「おれうれしくってもう5回みたよ、配信の全試合」

「ダッシュで音速超えてるらしいよ」

「マジかよ、音速かよ」

「押すなよ」

「なんだよ、なんだよ、もう女神でよくね?」

「ああ女神だ!」

「なにあれキレイすぎる」

「あの桔梗より強いんだぜ!桔梗だぜ!桔梗!」

「そうか!女神な!」

「パスタたべるんだ―――パスタすきなのかな、へー、あ!一口食べそう」


―――人目嫌いなんだって、対人恐怖症なんだってば。

ぜ、全然、た、食べれない、見ないでー。

なんだこの人だかりは。あれ、また目が合ったら一人倒れたぞ。なんだ、婦女暴行で訴える気か。違うんだ、賞金はないんだ。訴えても何も出せないぞ。

なんだこの人間の山は・・・増えてないか。


ジロジロ見るなって。


ああもう!


音速で全員殴ったろか。音速で!あぁわかった!

全員倒せばいいんだろ、倒せば。


・・・いくぞこいつら!!


手加減しない・・・からな・・・。

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