第21話2-2-2.あの日は長かった―――そして女社長

―――高速道路から誰が見てもわかる黒塗りの長い高級車が下りてくる。方向的には降魔六学園へ向かっている。


「―――社長、もうすぐ到着いたします。妹様でございますが、まだ意識はもどらないそうでございます」黒髪は肩までくらい・・・ボブカットと言うのだろうか。黒いパンツスーツを着た女性―――まあ有能そうに見える―――が向かい合わせに座っている社長と呼んだ女性にさらに「お疲れでしょう、何か飲みますか」と尋ねている。


銀髪の社長と呼ばれた女性はどこかの食事会の帰りなのか銀色のタイトなドレスのようなものを着て足を組んでいる。赤いヒールが時折キラキラ動きイライラしているのが見て取れる。

「いらないわ」女社長はタブレットを操作しながらぶつぶつ言っている。


さらに運転手も女性だ。やはり黒のパンツスーツだ。全員魔晶石を首に下げており召喚士であることが分かる。

運転席と後部座席、後部座席と言うより高級なバーの個室のようなつくりだが、運転席と後部座席の間は強化ガラスで仕切られており特に個室内は最低五重の魔術結界が張られている。通常では中を魔力で覗くのは不可能で、それどころか何らかの魔力の介在を検知した時点でアラームがけたたましく鳴るだろう。


「アッ!」


―――突如、運転手が軽く声を上げたのが後部座席の個室の2人に聞こえたかは不明だ、突然、高級車はハンドル操作を誤り何かに衝突し急停止したのだ!


キキッ!!!!ドッシャ!!!!


その衝撃は個室の二人の女性に勿論伝わっている。

黒いスーツの女性は一瞬で魔装鎧を纏っており女社長の前に移動、背中側にいる女社長を右手でを守る仕草をしているが冷静そのものだ。

「一体どうしましたか?」魔装した女性が運転手に強い口調で質問する。

「申し訳ございません。大倉チーフ、人をはねたかもしれません」

一瞬黒いスーツの女性は社長の顔をチラッと見る・・・表情に変化は読み取れない。


「社長が乗っているのですよ、懲戒免職ものですよ、田上・・・。確認なさい」

「申し訳ございません、大倉チーフ、いきなり女性が目の前に現れまして。ただいた感覚はありません、誠に申し訳ございません、西園寺社長」運転手は外に出て確認しているようだ。耳に着けているマイクで話している。左にハンドルをきりガードレールにぶつかり止まったようだ。


・・・ガードレールはねじ曲がっているが車はそこまで破損していない。

「やはりだれも轢いておりません、しかし確かに女性がいました・・・。確かに」


「社長、・・・六つのドライブレコーダーには何も映っておりませんし、私の感覚では魔力波は感知しておりません、魔力振動計にも半径数キロ反応ありません・・・しかし動体視力に長けるため運転手にしているのが田上です・・・いくつか検査を受けさせたうえで海外へ赴任させます。では代わりの車を手配いたしま・・・」

「数キロというのは何キロですか?情報は正確に」

西園寺社長は目線をタブレットから移さずにに質問している・・・厳しい印象だ。


「申し訳ありません、このタイプですと、えー、すみません、・・・えー半径1.5キロ、直径3キロでございました。」

「では1.5キロより離れての特殊な魔力干渉なら可能性はありますね、田上でしたか、何を見ましたか?」西園寺社長はタブレット操作を続けている、事故などなかったかのようだ。


「すみません、代わりのお車を手配いたしました、私が見ましたのは、長い髪の女性です、黒いスポーツウェアを着ていました。髪の色はヘッドライトではっきりしませんが黒ではありませんでした」

「そう」西園寺社長は視線を少し上げたがまたタブレット操作を開始した。


「では社長、1.5キロ以上の遠隔魔法攻撃の可能性は衛星や都市の監視カメラ、周辺の観測用魔力計の記録をすぐ集積して多重解析いたします、念のため仮想敵がクラスA以上のサマナー数名を想定いたしまして、対策チームを編成いたします・・・今後はやはりヘリでの移動をご推奨いたしたく・・・」

「大倉!時間が惜しいわ、クラスAサマナーならこの場に3名いるでしょう。何者のしわざかは興味ありますが先に用事をすませましょう。代わりの車より早いならタクシーで良いでしょう。手配なさい、チーム編成とはどれだけ時間をかける気ですか、無駄です」

「はっ、かしこまりました。」



―――僕は彼女の病室の前まで来ている。


降魔中央病院だ、この六学園の敷地内には病院まであるのだ。敷地内に8000人いる生徒たちは重症者で無ければ各学園の保健室で再生できるため、普段は閑散かんさんとしているらしいのだが、僕は今病院の正面玄関前だ、ここは開いていない。何号室かは聞かなくても霊眼で見ればわかる。病院の外からでも結界の強い箇所がわかる。守るための結界で守る者の位置が特定されていては警護にあたっている生徒会メンバーも頭のレベルが知れる。


夜の病院は独特な雰囲気だと感傷に浸る間は無いが、今日は彼女の“爆裂拡散粒子咆”でどれくらい入院が出たのだろう。


彼女は朝の戦闘からずっと寝ていることになる。


僕は救急外来から入り、エレベーターで最上階に向かう。ここにお目当ての彼女が入院しているのだ。第1高校の生徒―――それなりに手練れ―――たちが最上階には幾人もいるのが遠隔視で見えている。エレベーターを降りると目の前はナースステーションだ。


ナースの一人がエレベーターに目をやった時点でもう僕はもういない。問答は面倒だ。気配を消して“加速一現”でナースステーション前の第1高校生たちの前を素通りする。


気付かない・・・ザルのような警備だ。


―――ここだ・・・西園寺桔梗の病室前だ。

この階で最も大きな造りになっている個室だ。


周囲の病室には患者はいない、空室ばかりだ。桔梗の個室内にはトイレからバスルーム、料理も作れそうだ。桔梗の身体にいくつもモニターがついているのが見える。モニターの数字はPR66、SPO2:99%、BP120/66、つまり脈拍、酸素分圧、血圧すべて正常だ。周りの連中を見る限りではまだ桔梗は昏睡状態のようだ。


桔梗の周りに4人いるな、全員竜族の召喚士・・・つまり部外者のナースたち医療従事者は病室内には現在確認できない・・・好都合だ・・・付き添いの4人は全員がかなりの手練れ “ホーリーライト”のメンバーだ。“ホーリーライト”の副将の更科麗羅、先鋒の高成弟、中堅ダブルスの通称“岩壁魔人”の天野哲夫と“ゴールデンアイ”の安福絵美理もいる。非常に厄介だが仕方ない。


コン、コンッ


ノックして入ることにする。

「お邪魔します」今朝、桔梗に重傷を負わせた僕が何食わぬ顔で桔梗の病室に入る。


これほど近くまで第1高校以外の部外者の接近を許したということが信じられなかったのだろう。かなり皆さんは驚いた表情だ、鳩が豆鉄砲を食ったようなというのだろうか・・・だが行動は迅速だった。

“岩壁魔人”の天野哲夫は桔梗と僕の間に臨戦態勢で陣取る、“ゴールデンアイ”の安福絵美理は桔梗の左隣に移動。プカプカ浮いている更科麗羅は「あ、ども」と小声でいっただけで窓際から動かない。

一番動揺していた高成が「きぃ、キぃサマ」とおかしな発音でいいながら詰め寄ってくる。


「き、きききききき、貴様、なんだ、どこから来た?なん、なんのまねだ!なんでだれも連絡してこないのだ!」

やや的が外れた質問をするな高成は。

「お見舞いです」とくに臆することもなく話す・・・あまり時間がない・・・急がなくては。


「め、面会謝絶、面会謝絶だ」

「あなた方はご家族じゃないのに、桔梗に面会中でしょう、問題ないかと思いまして」


高成弟の顔がかなり青くなり赤くなり血管切れそうになっている。

「ふざけるな!おまえが桔梗様にあんなことをして!あんなことを桔梗様にして見舞う権利などない!第1高校でもない掃きだめのクズが!!」

「婚約者を見舞って何が悪いんです、それに今朝、予選一回戦で死闘を演じた相手です、ねぎらうのは当然でしょう、どちらが、あるいは二人とも死んでもおかしくない勝負でした、お互い命をかけた、僕は負けても死んでも悔いはない」高成は婚約者という言葉でかなり勢いがそがれるようだ。


「・・・ふざけるな!おれは許さんぞ!外道が!」

う~ん?外道って言われてもな。面倒な男だ。


「とにかく桔梗に会わせてくれませんか?」

「桔梗様を呼び捨てにするな!!」

「婚約者を呼び捨てにしても怒られないでしょう?あと。ところで・・・あなた誰でしたっけ?自己紹介し合った記憶はありませんけど?」婚約者と言う言葉はやはりダメージがでかいようだ。


「!!!!!」

しかし、しまった。なんとなく高成弟をブチ切れさせてしまったらしい、顔が真っ赤になり血管が浮き出ている。いやあ、でも最初から切れていたか。


・・・あっれ?でも高成弟は全く動かなくなった。


何かしないか気配を探りつつ僕は高成弟を無視して桔梗に近づく。

「神明さん。本当にお見舞いだけですか?」更科麗羅じゃなくて安福絵美理―――エミリーとよばれている―――から話しかけられた。どう考えてもこの状況で危害を加える気が無いのは分かるだろう普通は・・・とくに高成弟。


「本当にお見舞いだけですよ。安福絵美理さんは1年生の時に一度ご挨拶していますね。桔梗の容体はどうですか?」僕の後ろで高成弟が殺気をムンムン放出している。攻撃してこないといいけどな。


「西園寺様のバイタルは落ち着いています。バイタルというのは・・・」

「バイタルサインは分かりますよ。意識レベルは?JCSかGCSでできれば」エミリーは僕の顔を見てふむっと言って教えてくれた、こいつデキルという印象のはずだ。まあ第1高校の天才だそうだ、これくらい答えられるだろう。


「JCSだとⅢ-100、GCSだとE1V1M4です」ごつい顔の天野哲夫は頭を捻っている、エミリーが言っている意味がわからないようだ。いずれ戦うとすると天野君の情報は少ない・・・見落とさないようにしないと。

「なるほど、頭蓋内圧の亢進は?」

「担当医を含め数人の医師がCT、MRIとマジックスキャンで確認しましたが頭蓋内に異常は認めないそうです、桔梗様はいつ目覚めてもおかしくないとのことです」

「なるほど、ありがとう安福さん」

そう言って僕はおもむろに桔梗のベッドに寄りかかり彼女の掛布団といってもシーツのようなものをずり下した。


―――さすがに4人全員驚いたようだ。

「おおっ!」

「あッちゃぁ」

「神明さん、な、なにを?」

「貴様!なにをするか!!」

襲いかかろうとする気配の高成弟を左手で制しつつ、説明する。

「まあまあ、魔晶石に決まってるでしょう」予想通り桔梗は魔装鎧をまだまとっている、この方が回復が早いし戻せないはずだ・・・7割以上破損しているが。


「桔梗の魔装鎧はメインクリスタルを失っているから影に戻せないはずです。そうでしょう?みなさん?・・・ですから代わりの魔晶石を持ってきました」

うん?僕の真後ろにいる安福絵美理から動揺が伝わる。

「神明さん、あの、それは桔梗さまの意識がもどってからで・・・」

「貴様からの贈り物なぞいらん!!!」


ああっなるほど、と独り言のように話す更科麗羅は気付いたようだ。

「なるほどね。魔装鎧の親和性の強制レベルダウン状態というわけね、神明3回生・・・」これは助け船になるな、あいつらが来る、もう時間が無いのだ。

「そうそう、さすがは更科さん。メインクリスタルを失ったままだとセッカク上がった魔装鎧のレベルが下がりますよ?」もういい。更科麗羅とだけ話そう。麗羅は僕が握っているやや歪な魔晶石をみている。


「それを桔梗様の代わりのメインクリスタルにするつもりなの?」

「この魔晶石はF3の純度とSSの魔力係数です、桔梗が今朝失った魔晶石と比べても全然遜色ないはずです。それに桔梗の魔力とも親和性が高いものを選びました。」


「こんな訳の分からないモノ!桔梗様のお許しもなくできるか!!!」だまれ番犬め。


「今晩中に魔晶石を新しいメインクリスタルにしないと桔梗の鍛え上げた魔装鎧がレベルダウンしますよ。もしこの場に自分の魔装鎧すら一人で構築できない素人の方がいらっしゃるなら時間の無駄ですから黙っていただけますか」つまり高成弟と天野哲夫に黙れと言っているわけだ。巨漢の哲夫はもともと喋ってないが。


更科麗羅は右手背を右の頬にふれつつ、顔は斜めにやや眉をしかめ困った顔をしている。「確かにF3純度でかつ5属性の桔梗様に合う魔晶石なんてすぐには用意できないけれど、桔梗様が目覚めていらないとか言ったらどうするの?」


「その時は改めて代わりの魔晶石を用意してから破棄すればよいでしょう。今やらないとレベルダウンしますよ。あなた方も桔梗のレベルダウンは不本意でしょう・・・ただこの魔晶石は竜王家の秘宝のひとつですから、多属性用の攻撃系魔晶石でこれ以上のものはそうそうありませんよ。・・・ああ自衛省管轄のものではありませんから手続きはいりません、ご安心を」ちなみに竜王の墓地で見つけたものだから無料だ、僕には使えないし。


プカプカ浮いている更科麗羅は意味深に近づき僕の顔を覗き込んでくる、近くで見ると目が大きくて結構かわいい。

「どうしてこんなことを?」本当にそう思っているように聞いてくる。

「貸し借りはナシで行きたいでしょう?」



―――結局、僕と更科麗羅、安福絵美理の3人で魔力を出し合い魔晶石を桔梗の壊れかけたスロットに結合することに成功した、破損した魔装鎧と魔晶石をつなぐのは難易度はかなり高いのだ。桔梗は一瞬軽くエビぞりになり、彼女の紅い魔力が病室の天井を照らし出している。桔梗の黒い魔装鎧が急速に再構築されていく。以前とはやや違う形だがまいいだろう。


「時々後輩のメインクリスタルの結合術を専門の教官に頼まれて手伝いますが、異常に早いですね神明さん。とんでもない高度なスキルです。録画した動画で見せていただき見ましたが予選も最初にご自分の魔装鎧を構築していましたものね。見間違いではありませんでしたのね」そういうエミリーはおかっぱで黒髪、身長は150㎝くらいだろうか、近くでよく見るとなかなかチャーミングだ。サポートも普段から手伝っているだけあって上手だ。更科麗羅が何か言いたげだがもう時間がない。


「お二人とも上手でした。あとはそちらでお願いします。もし必要なければセレーテッドは破棄してください。あ、セレーテッドはそのギザギザ魔晶石の名前です」

僕はさっさと病室を出ようとする。


「・・・おまえは敵だ!何をしようとな!!」

高成弟クンはブレないね。殺意は読みやすくていいな。


「そうそう、これを調べてください、安福絵美理さん」そういって僕は透明なケースをエミリーにそっと投げる。透明なケースには白いスライムみたいなものが入っている。エミリーはなぜかえええっと顔を真っ赤にして受け取ったケースを驚いてみている。麗羅も珍しく驚いているようだ。

「え?え?動いている?」

「・・・マジックパラサイトの一種です。たぶん」見れば分かるでしょうが。

「寄生蟲?どこからこんなものを・・・」

「おまえは何だ!なんなんだ!今度はなんなんだこれは!!!説明しろ!!」

「あなたが仕えている桔梗さんの身体の中から出てきたものです、調べるならあそことかあそこにはご内密に、安福さん」さすがに高成弟も神妙な顔つきになり黙ってくれた。


そしてこれは事実。桔梗からえぐり出した“碧玉親王鏡”に付着していたのだ。恐らく何者かが桔梗に寄生させていた魔術で作られた蟲だ。普段は桔梗の太い血管の中、恐らく大動脈弓にいたはずだ。桔梗の心臓を消し飛ばしたために“碧玉親王鏡”に魔力の補給を求めて逃げてきたのだ。蟲の主成分はほとんど桔梗の血液でできているため魔術でも最新鋭の医療機器でも見つけるのは非常に難しいはずだ。


この蟲は呪詛の一種、そして僕は呪詛には非常に詳しいのだ。


そして僕は病室をあとにする。本番はこれからだ。



―――もう敵に危険と認識されている以上、いま僕は戦闘中なのだ、何もかも利用せねば生き残れないだろうと思うのだ。


桔梗の魔装鎧を助け、効果は不明だが桔梗に恩を売っておく、強力な魔晶石だがセレーテッドは扱いが難しい、桔梗の見た目のTMPAは以前より僅かに上がるが実際の戦闘力としては足かせになることを期待している、使用できる魔術が変わるだろうし。


今日戦闘中に感じたことだが桔梗は論理的でないところがある、セレーテッドを僕からの挑戦状などと勘違いして鍛えてくれれば彼女の戦闘力の上昇率は停滞し、そして恩も売れる・・・はずだ。・・・そう多分僕は卑怯ものだ。


そしてマジックパラサイトだが、あれは間違いなく裏切り防止用だろう、裏切れば桔梗の心臓が止まるわけだ、恐らく桔梗の幼少期に血管に寄生させたはず・・・もちろん桔梗は今でもそんなこと知らないだろう、身体に蟲がいるなんて。最高のセキュリティーの中にいた西園寺桔梗にマジックパラサイトを寄生させられる人物およびグループなんて想像するのは簡単だ。前任者かもしれないが西園寺グループ総帥の命令だろう、当然現総帥も知っているはず、あるいは呪詛に詳しい現総帥の仕業かもしれない。

抽出した体外のマジックパラサイトなんて僕でなくても一瞬で浄化できる・・・わざわざエミリーに渡したのは訳がある。エミリーはすぐ気づくだろう、桔梗の血でできている呪詛蟲で、いつ頃どこで寄生させられたかを。


ああ・・・桔梗と葵を競わせるのは失敗だった・・・そもそも僕が桔梗に勝ってしまったし・・・隠れていないといけないのに。

仕方なく次の一手だ、要は西園寺桔梗と西園寺御美奈があわよくば命を賭けて戦えばいい。


そう姉妹同士をなんとか争わせて・・・まあ困難だろうが。


―――僕は無表情だが普段はそこそこ人生は楽しいのだ。今日は桔梗に勝った記念すべき日だし。あとでタイガーセンセがピザをおごってくれるそうだし。

ただ今は無理だ。心の底から真っ黒い何かが全身を貫いて吹き荒れている。全然楽しくない、あいつが近くにいるからだ。


監視カメラで今、病室前の通路を歩く僕を高成弟や更科麗羅たちが携帯端末で見ているのを感じる。僕の言葉も拾っているんだろうか。では聞くといい。

「桔梗の本当の敵はこれから来る」そう僕は呟く。これは恐らく事実だ、ただ、今それを誰かに伝える必要は本当はない。


僕は生き残るために西園寺の姉妹を戦わせようとしている。

ただ自分の為だけに・・・そうやって生き残れたら僕は幸せなんだろうか。


そして僕はまだ迷いに迷ったまま病棟の通路で立ち止まる、結論など出ない。


―――彼女たちか来ることが第1高生徒から桔梗の病室に連絡が入ったようだ。


―――最上階、僕がいる階のエレベーターの扉が開く、3人の女性が現れた。

シルバーのドレスの女性と左右に黒いパンツスーツの女性二人がやって来る。うち一人がナースステーションに挨拶している・・・さきほど交通事故を起こされた方たちだ。


あああ、久しぶりだ・・・、僕の左肩に解呪不可能の死の呪詛を埋め込んだ張本人、西園寺御美奈と直接会うのは・・・実に・・・11歳の時から数えて6年ぶりだ、あの時は赤い服だった・・・忘れもしない。


3人がこっちに向かってやって来る。西園寺御美奈はヒールのせいもあるだろうが背が高いな、モデルのように歩く、そもそも雑誌の表紙も飾っていたような気がする。霊眼で確認しておく。

3人とも竜族、中央の西園寺御美奈は氷属性、サブで光属性TMPA49000、右にいる大倉チーフだったか、は木属性TMPA40000、やや離れて左後ろの田上は金属性TMPA33000だ。3対1だと戦っても勝てないな。


・・・孤独は安全だがどうにもこうにも仲間がいる・・・。Z班の連中がもう少し強くなってくれれば・・・。


3人は僕を視認したようだ、全く無視して歩いてくる。田上だけは何かに気付き、妙な表情をしている。車で轢いたと思った相手と僕がよく似ているからだろう。幻覚の一種で自分のイメージを見せたのだ、霊眼の能力だ。

僕を一瞥いちべつしつつ大倉チーフが「申し訳ありませんが道をお譲りください」とやや強めの口調だ・・・さて頑張るか。


「どちらに行かれるんですか?この奥には西園寺桔梗の病室しかありませんよ」

僕は、全く通路の真ん中でみちを譲らないため3対1で対峙することになった。御美奈は無視してずっとタブレットを操作している。


「お勤めご苦労さまです。このお方は西園寺グループの代表取締役をされている西園寺御美奈さまです。ニュースで見たことありますでしょう。この学園の理事長でもあらせられます。・・・案内していただけますよね?」あろうことか僕を桔梗の番犬か何かと勘違いしているようだ。


わざと僕は“碧玉親王鏡”を首に下げているのだ、気づかなければいけないのはそっちの方だ。

「お断りいたします。桔梗は命に別状はありませんし、今は眠っていますので。起こす必要はないでしょう」

冷静そうな大倉チーフがやや赤面し唇が動き驚いている。仕事できるんだろうな、この人。逆に田上はやや顔が青いようだ。赤と青で対照的だな。


「この学園の生徒でしょう。あなた、この病院のスタッフではありませんよね。どなたの邪魔をしているかわかっているのでしょうね?西園寺社長は桔梗様のお姉さまでもあらせられます、肉親です。あなたはどなたですか?所属は?生徒会のメンバーですか?」

「僕は桔梗の婚約者ですよ。確かそちらの御美奈さんがそう決めたのでしょう?」

「え?・・・男性?男性ですか?婚約者?西園寺桔梗様に婚約者?そうなのですか?」大倉チーフは精一杯の自制内だが動揺は明らかで西園寺御美奈を恐る恐る見ている。


―――雰囲気が変わった、命をかけてここにいるのだと・・・丁寧に説明しなくては。


・・・御美奈は初めてタブレットを下ろして目を見開いて僕をマジマジとみた。背筋が凍る気がしたが、いろんな可能性の中でこれはチャンスのはずと自分に言い聞かせた。


しかしなぜか御美奈は目が大きく見開かれだんだん驚いているように見えるが。まあとにかく上手に取引をしないと・・・。

「これは・・・これは殿下。おひさしゅうございます・・・最初はどなたかわかりかねました・・・ごめん下さいませ」優雅に西園寺御美奈は頭を下げる、マナー上は100点に近い挨拶だろうか。


・・・はあ?しかし、この反応。こいつ無視していたんじゃなくて僕の事気づいていなかった?まさか僕の事忘れていたんじゃ?田上が小さく「で、でで殿下??」と言っている。

呪ったことなんて覚えてないとでもいうのか、僕は押し殺して「元気そうですね」と続ける。御美奈の左右の二人は完全に沈黙している。しかし大倉チーフは眼光に鋭さが増し状況を把握しつつあるようだ。


―――今晩僕は呪詛がアキュート化して御美奈に呪殺されると思った、この女に呪殺されると思ったのだ・・・その可能性は高いのではと。こいつまさか人の肩に死の呪詛を練りこんでおいてすっかり僕のことを忘れていたのでは?

・・・そんなはずは?


この強力な呪詛は今の状態でも年率4%の確率で宿主である僕を勝手に呪殺する可能性があるらしい。

御美奈は踏みつぶした雑草のことなんて覚えていないわけか。


そうか、そうか、そうか呪った方と呪われた方にはこんなに思いに差があるのか。


僕がいつの間にか竜族になっていて今朝、桔梗を倒したのが僕であることも、まさか聞いていないとか?


・・・僕は普段気配を消している、今でもだ。

でも、たまには、たまには心のおもむくままに存在感をまき散らすのもいいかもしれない。胸の中でなにかがチリチリ燃えている感じだ。今日は自分の変化に驚くことばかりだ。


―――多分これが怒り―――


自分への怒りなのか他者への怒りなのか自分を取り巻く環境への怒りなのかよく分からない。

今可能な最大魔力を怒りに任せて一気に体内に集中し、ある強力な魔術を自身の内部に展開していく・・・3人の表情が凍り付いていくのが見てとれる。




――――数分後3人は桔梗に会わず帰っていった。この数分はよく覚えていない。

突然、大倉チーフと御美奈は懐柔策に転じたようだ。田上は終始顔が引きつっていて最後は震えていた、悪いことをしたようだ。「王子殿下、優勝おめでとうございました」「改めて西園寺グループからお祝いさせていただきます」「桔梗様を倒されるとは非常に高い戦闘技術です」「桔梗が眠っているというなら出直しましょう。帰りますよ。二人とも」断片的にしか覚えていないが、そそくさと帰っていった。


あれ?僕の情報は入っていたなら何を驚いていたんだ。


・・・拍子抜けだ。上級魔族より五段階はやばいのを想像していたのだが・・・。

・・・一応霊眼で覗いておこう。


新しい黒い高級車が病院のロータリーに迎えに来ている。今度の運転手は初老の男性だ。御美奈の側近ではないな、御美奈は男性を信じず側近は女性ばかりとの情報だ。

「なんですかあれは、しゃ、社長!ろ、6万超えてます」車内で話し出したのは大倉チーフだ僕のTMPAのこと?超えてないよ44000のままだし。3人とも後部座席に入ったようだ。


御美奈はなんと汗びっしょりだ、そんなに迫力あったのか僕は?いや体調悪いのか?

「古代竜語魔法だ、それも命を媒体にする・・・強力な・・・結界は、結界は張りましたか?」いや魔力がもう足りないから体内に唱えるフリなんだけど、そんなこと見誤るか?普通?


「たった3単語の古代竜語魔法ですが自身の命も媒体にするため破壊力は絶大です。唱えられていたら私達3人だけではすみません。TMPA6万だと病院も含めて単純計算で半径6キロほどが消えるでしょう、もうほんの少しで術が完成するところでした・・・こんな成長を」だから今日はもう魔力が足りないって。TMAP6万もないわ。


「人間ですか?あれは?社長?まだ悪寒が?竜族なのに竜を殺す上位魔族の波動です、影の中のわたしの竜が震えています、こんなこと初めてです」

「ふぅ~~。あの田上でしたか、何か飲み物をつくりなさい」

「はい、社長、お酒ですよね?あのそれよりですね。お伝えしたいことがありまして・・・」

「何?なんですか?早くしなさい、アルコールでいいわ、いえやっぱり暖かいものを頂戴」

「かしこまりました、では紅茶をお入れ致します。あのですね・・・車で轢いたのは間違いなくあの王子殿下でした、異常に美しい方で目に焼き付いております、男性だったなんて・・・」


「!!!」

「どうしてもっと早く言わないの!!!」


「社長、車内を遠隔透視されている可能性が」バレたかな・・・まあ仕方ない。

「そもそも5重結界内の私を見付けたということは・・・すぐ車を出しなさい・・・すぐこの地を離れなさい・・・Subtle issue can be grasped.」御美奈がそう言うとその後、だれも一言もしゃべらなくなった。




11月まであと6カ月、呪殺する者のことを普通忘れるんだろうか。

それとももうこの世にいないとでも思ったのか・・・。このクロニックモードの呪詛における6年間の僕の生存確率は78%くらいか。もういないものとして考えるのはどうもおかしいが。

僕を呪殺する命令を出しているのは西園寺御美奈ではなくて、西園寺グループの誰か?もしくは僕の後見人の矢富澤だろうか。

決めつけるのは危険だが矢富澤は早めに退場してもらう必要がある。

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