【29】詰み


 神様により報酬を約束されたミラは、問答無用でメルクリアに襲いかかる。

 北の湖の上では激しい空中戦が展開されていた。


 (待って、メルクリアさん!)


 (助けに行ってあげられなくてごめん)


 アレックスとの念話を打ち切り、デッキブラシに股がったメルクリアは宙を駆け抜ける。

 その後ろから三対の翼をはためかせたミラが追う。

「くっ……」

 メルクリアは腰を捻り、左手をかざす。

 無詠唱での魔術第四級位“爆発ブラスト”を三連発。

 その爆炎の間を潜り抜け、ミラがガスヴェルソードを掲げ、突っ込んでくる。

 そしてメルクリアの右横に並ぶと、彼女の首元めがけてガスヴェルソードを払う。

「うわっ!」

 頭をすぼめてかわし、同時に急下降。

 ミラも後を追う。

 メルクリアは着水ぎりぎりで水面に向かって無詠唱で魔術第六級位“大爆発エクスプロージョン”を放つ。

 爆音と共に盛大な水飛沫が舞い上がる。

 爆散した水飛沫がスコールの様に降り注ぐ中、ミラは辺りを見渡す。

 メルクリアを見失ってしまった様だ。

「どこ……?」

「ここよ!」

 その声は真上から聞こえて来た。ミラが視線をあげる。

 すると、その瞬間だった。

 魔術第八級位“鏖しの大爆発カルネージエスプロジオーネ

 灼熱の巨大火球がミラを飲み込んだ。

 轟音と爆風。

「はあ……はあ……はあ……」

 メルクリアは島の上部を覆う結界のぎりぎりまで退避して、その超爆発を見下ろす。

 やがて爆発が収まった。

 すると、立ち込める水蒸気の向こうから、ミラがメルクリア目指して急上昇して来る。

 しかも、ほとんど無傷で……。

 メルクリアは歯噛みしながら退避する。

「魔法防御が高過ぎる……」

 それは、彼女にとって最悪の相性である事を意味していた。

 おまけに、もう魔力は残り少ない。

 こうして魔法で飛行していられるのもあとわずかである。

 当然、後の事を考えるなら“究極終焉魔法デウスエクスマキナ”は使えない。

「彼女の肉体そのものが何らかの形で変化しているのだったら……」

 最後の奥の手はある。

 しかし、その策を実行するためには、かなりのリスクを負わなければならない。

 ミラがぐんぐんと後ろから迫って来る。

 突如メルクリアは急旋回した。

 彼女はその策を実行に移す決意を固めたのだ。

 一方のミラは、まだ距離はあったがガスヴェルソードを振るう。

 剣圧がメルクリアを襲った。

 何とか回避を試みるも、かわし切れず右肩に大きな傷を負う。

 それでも構わずにメルクリアは突っ込んだ。




 爆発が収まる。

 “鏖しの大爆発カルネージエスプロジオーネ”により、超魔王ギーガーの巨体は、アレックスの数メートル目前で地面に腰を落としていた。

 焼け爛れ、血が吹き出し、肉が裂けて骨がところどころ露出していた。岩石が肉にめり込んでいる。

 巨体を覆う表面の至るところで炎が揺らめいていた。

 それらの傷口が泡立ち始めて再生が始まる。

 アレックスはというと、をコピーしていた。

 映像が終わったと同時に“無敵のアイギスシールド”を解除した。

 上手く行くか、行かないのか……そんな事はわからない。

 でも、もうこれしかない。

 再生途中の超魔王に向かって、の呪文を詠みながら駆ける。

 そして、超魔王の投げ出された右足に向かって左手を伸ばす。

 ……この怪物が、参加者の誰かの変化した姿ならば、

 その魔法とは……。


 “若返り《リバースエイジング》”


 肉体を半年間だけ戻す効果。

 呪文の詠唱が終わり、アレックスの左手が超魔王の尻っぽに触れた。

「効けえええええええっ!!」

 超魔王の巨体が金色の光に包まれた……。




 一方のメルクリアも、まったく同じ事を考えていた。

 この少女の身体を天使に覚醒する前に戻してやれば良いと……。

 大賢者が選択した起死回生の一手もまた“若返り《リバースエイジング》”

 絶対的な魔法防御を誇る天使。

 しかし

 “若返り《リバースエイジング》”は、肉体年齢というステータスを半年分回復させる魔法だ。

 防御も耐性もお構いなしにする。

 ミラはメルクリアに対してガスヴェルソードを振るう。

 メルクリアは右に左に、そしてデッキブラシを軸に回転して直撃を避けるも、腿や腕や頬に傷を負う。

 眼鏡が吹き飛び、彼女の銀髪が舞い散る。

 そして、ようやくミラの懐に入り込んだ。

「お願いッ!! 届いてッ!!」

 大賢者は精一杯、左手を伸ばした。




「……何だと?!」

 ギーガーは驚愕する。

 一瞬、目の前の男が巨大化したのだと勘違いした。しかしすぐに彼は、自分が小さくなった……もとい、元の大きさへと戻った事に気がついた。

 さっきまで足の下にいた男が、地面に腰を落とした自分を見下ろしている。

「お前、何者だ……?」

 魔王の口から思わずその問いが漏れた。

 アレックスは平然とした表情で答える。

「ただの“能無し”だよ」

 彼の周囲には、抜け目なく“無敵のアイギスシールド”が張り巡らされていた。

「くっくっく……。その杖と眼鏡、超古代の遺物だな? 眼鏡で魔法の映像を見てコピーしている。違うか?」

「ああ、そうだよ」

 どうやら魔王は眼鏡の性能や、スキルの使い方を知っていたらしい。

「どうやった? スキルで変化した我が肉体……いかにして元の姿に戻した?」

「“若返り《リバースエイジング》”だよ。お前の肉体は、半年前に戻ったんだ」

 魔王は邪悪な笑みを浮かべる。

「くっくっく……ただの“能無し”がやりおる。我が、ここまで手こずるとはな……だが」

 魔王は落ち着き払った様子で、立ち上がり、ローブの裾を払う。

「……また振り出しに戻っただけだッ!! 結局、何も変わらんわッ!!」

 その言葉の直後だった。

 天空からくるくると回転しながら落下して来たそれが、魔王の脳天を直撃した。

 鉈形態のカリューケリオン。

 刃は丁度、魔王の二本の角の間を深々と割る。

「お……お……お……何と」

 頑強な防御と耐久力を誇るギーガーでも、頭部へのこの一撃はかなり効いた様だ。

 大きく目を見開いて一歩、二歩と後退りする。

 アレックスは“無敵の盾アイギスシールド”を解除し、カリューケリオンを手元に戻して銃形態へ。

 魔王の右足を撃ち抜く。素早く撃鉄を起こし左足。

 魔王が両膝を突いたところで、右肩、左肩……。

 そして、アレックスは倒れて天を仰ぐ魔王の眉間に銃口を突きつける。

「詰み《チェックメイト》だ」

 しかし魔王は口角を釣り上げてにやりと笑う。

「……なるほど。やはり“能無し”だな」

「どういう事だ?」

 首を傾げるアレックス。

「また、ここで我を討ってもスキルによる形態変化が始まるだけだ。肉体が半年前に戻ったというなら、スキルの限度回数もリセットされているはずッ!」

 アレックスはギーガーの指摘に顔色ひとつ変えず言い返す。

「わかっていない様だな。もうお前はおしまいなんだよ」

「何だと……?」

「お前がもう一度、姿を変えようがまた“若返り《リバースエイジング》”を使えばいい」

「だから、それでは何も変わらないと……」

 そこでギーガーは「はっ」と大きく目を見開く。

「お前、まさか……」

 アレックスはメルクリアに負けないどや顔で頷く。

「その通りだ。お前が何歳かは知らないけど、まだスキルを授かる前の子供にまで戻したらどうなる? 何も出来ない赤子まで戻してやろうか? そうなったらわざわざ殺す必要もない。放っておけば勝手に死ぬ」

「そんな事が出来る訳……」

「出来る。俺なら。何せ俺は第八級位限定で無制限に魔法を使う事ができるんだから」

「ぐぬぬぬ……」

 ギーガーは思った。

 今、一瞬でこの男の首を落とせば……。

 しかし、四肢を魔弾で撃ち抜かれ、手足に上手く力が入らない。確実に殺せる自信がなかった。

 もし、しくじれば形態変化が終わる前に、また自分は元の姿に戻されてしまうだろう。そして、そうなる可能性は恐らく高い。

 ギーガーの年齢は二五五歳。

 一歳戻すのに魔法を二回。

 そして魔法をコピーして呪文を詠唱するのに二十秒ほどかかるとすると、単純計算で二時間と五十分。

 意外に短い。不可能な数字ではない。

「どうだ? 理解できたか?」

「しかし、我はここで倒れる訳にはいかぬ……」

 魔王軍再建のために……。

 しかし、アレックスにも譲れないものがあった。

「ならば、俺と組まないか?」

「は?」

 ギーガーはきょとんとした表情になる。

「俺に強力してくれ。頼むよ」

 アレックスはもう一度、その提案を繰り返した。

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