【28】立ち上がるとき
(ごめん。ちょっと……忙しくなるかも。もう少しひとりで凌いで)
(えっ?! えっ?! 嘘だろ!)
返事はない。
メルクリアが生きていた。
それ自体も喜ばしい事だったし正直なところアレックスは、これで助かったと思った。
しかし……。
(おい! おい! メルクリアさん……)
やはり返事はない。
アレックスは、そのまま“無敵の盾アイギスシールド”の中でうずくまり、メルクリアからの連絡を待つ事にした。
ときおり遠くから雷鳴や爆音が響き渡る。微かな振動が地面を震わせる。
“無敵の盾アイギスシールド”を維持しながら数分が経過した……。
(アレックス君)
(メルクリアさん!)
アレックスは満面の笑顔を浮かべる。これでやっと、この状況を動かせる。
(私……もう駄目かも)
(は? は?)
(流石の超天才の私でもこれは無理)
(ちょっと何を言っているのかわからないんですけど)
(がんばってね)
(待って、メルクリアさん!)
(助けに行ってあげられなくてごめん)
そのメッセージが表示された直後、これまでにない爆音が遠くから轟いてきた。
地面が激しく振動する。
「は? は? まてよ……何それ……」
己が世界のすべてだと言わんばかりの、あの自信たっぷりのどや顔……。
それにまったく似つかわしくない弱気な言葉……。
「何なんだよッ! クソッ! クソ……! やっぱり、こうなるんじゃないか……」
人生、結局、何ひとつ良い事なんかなかった。
スキルの使い方がわかったと思ったらこのザマである。自分は結局、何をやっても上手くいかない。
アレックスが己の不幸を呪い、涙を流しかけたそのときだった。
視界の左端に表示されたままのピンク色の文字が目に映る。
アレックスには、今の彼女がどんな状況におかれているのかはわからない。
しかし、あの自信家の彼女が弱音を吐くほどなのだから、よほどの事に違いない。
にも関わらず、彼女の残したメッセージは……。
(助けに行ってあげられなくてごめん)
「メルクリアさん……」
アレックスは思う。
それは、単に自分が頼りにならないと、彼女に思われていただけなのかもしれない……というか、確実にそうだろう。
しかし、メルクリアの残した最後のメッセージは謝罪だった。
助けを求めるでもなく、誰も自分を助けてくれない事に対して抗議するでもなく、彼女は詫びの言葉を残した。
そして、少なくとも覚えている限りのメルクリアは、他者の事だけを考えていた。
このゲームを参加者全員で生き残ろうとしていた。
それを誰の力も借りずにたったひとりで成し遂げようとしていた。
アレックスは目を閉じて、深呼吸をする。
「……わかったよ。自分で何とかしてみせる。君から貰った、このスキルを使って」
そうすれば、彼女は自分を頼ってくれる様になるだろうか……。
彼女の力になれると証明できるだろうか……。
目を開き、立ち上がり、頭上を覆う超魔王の足の裏を見詰めながら言い放つ。
「……必ず君を助けに行く」
スキルの使い方を教えてくれた彼女の恩に酬いるのは今しかない。
(メルクリアさん。待ってて)
その念話の返事は返って来る事はなかった。
メルクリアが結界をぶち破り、降ってくる少し前の事だった。
「うひゃあー、すんばらしぃいいバトルであったぁあああああああッ!!」
神様はボロボロになって横たわるカイン・オーコナーの姿を映し出したモノリスを見ながら、だらしない顔で唾を飛ばし叫ぶ。
やがて、モノリスの中央に“Dead”という赤文字が浮かぶ。
「しっかし、こいつも散々にカッコつけてた割りには大した事なかったのぉ……ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。気取った黒コートで、クルクル鉄砲を回して二刀流で……最後はこのザマか。ダサダサじゃよ!」
神様は敗者の健闘を称えるなどという考えをいっさい持ち合わせていなかった。
第三者の無責任さで、彼がどんな思いで戦い抜いたのかも想像しようとせずに、喜色満面で野次を飛ばす。
自分の目に見えているものだけが真実であると盲信し、自分が全てを知り得えていると思い込んでいる。
そんな場末の酒場の下品な酔っぱらいじみた醜い姿は、神性からもっとも遠く離れたものだった。
「口ばっかりじゃな。……期待外れじゃああああああ!! ボケーッ!! ギャハハハハ……」
そのゴキブリの羽音よりも劣る耳障りな笑い声を制したのは、ミラ・レブナンであった。
彼女がラエル越しに神様へと語りかけて来たのだ。
「ねえ。神様……もうルークのところに帰りたいんだけど」
「あ? 何を言ってるんじゃ、この小娘は……天使に覚醒して調子に乗っておるのかのぅ」
神様はミラの姿を映したモノリスに右手をかざし呪文を唱えた。通話モードにする。
「駄目じゃ。このゲームを勝ち抜くまで、帰る事は許さんぞ」
「もう、あの男も殺したし、戦う理由ないんだけど……」
その言葉を聞いた神様は、ついさっきの上機嫌などどこへやら……。
怒りに顔を歪ませて小声で呟く。
「まったく、どいつもこいつも……もっとやる気を出さんか。これは神様のワシが用意したゲームじゃぞ?」
この憤りは“神様は偉いから、神様の言う事は無条件で聞くべきだ”という幼稚なおごりが根底にあった。
だから神様はゲームを始めるに当たって、魔王以外の参加者に対して、特に勝利の報酬を用意する事もしなかった。
殺し会えと命じれば、全員が最後まで従うと勘違いしていたのだ。
「なんか言った?」
ミラが首を傾げる。
「いや。そうじゃな……」
神様はかぶりを振ってひとまず冷静に戻る。しばらくワインと食べかすで汚れた白い髭を擦りながら、思案した。
そして、仕方がないのでミラにも報酬を用意する事にした。形だけではあるが。
「もしも、全員、殺せたら、ルークを健康な身体に戻してやろう」
嘘だった。しかしミラは食いつく。
「本当に?」
「本当じゃとも……ワシは全知全能の神様じゃぞ?」
この神様にそんな能力はない。
「嘘吐いたら殺すからね?」
ミラはラエルにガスヴェルソードの切っ先を向けた。
「ほ、本当じゃとも……」
そう言って、通話モードを打ち切る。
そして、怒りに肩を震わせながら、神様は独り、その言葉を吐き出す。
「……どいつも、こいつも……素直にワシの描いた
そう言って、肘掛けを両手の拳で思いきり叩いた。
アレックスは眼鏡に記録されているカリューケリオンの説明文を確認する。
「……ええっと、鮫形態は破損して行動不能になった場合、一定時間で復活する。復活時間は破損の度合いによる……」
アレックスは“無敵の
命じると、カリューケリオンは鮫形態へと変化した。
すぐに自律行動オートモードで超魔王の足に突撃し始める。
もちろん、まったく通用していない。
「自律行動オートモードの解除は……出来るッ! 命令すれば、その通りに動くのかッ!」
アレックスは目を見開いて、笑みを浮かべる。
これですべての駒は揃った。
まだ不確定要素は多いが、それらを確かめている暇はない。
どの道、これ以外に現状を打破する術を、アレックスは思い付く事が出来なかった。
「やるぞ……やってやるッ!!」
アレックスはまず例の如く“無敵の盾アイギスシールド”を張り直し、すぐに鮫形態のカリューケリオンに命じる。遥か上空で待機する様にと。
鮫形態のカリューケリオンが上昇してゆく。
ギーガーは何事かとカリューケリオンを叩き落とそうと両手を振るったが、鮫はそれを潜り抜け、するすると上昇をしてゆく。
その間にも“鏖しの
そして、映像が終わりアレックスは“鏖しの
詠唱が完了し再び閃光と共に膨れあがった火球が超魔王を飲み込む。周囲のすべてを吹き飛ばした。
その光景をモノリス越しに見ていた神様が口元を歪めて嘲あざける。
「バカか。魔王が再生するまでの間に次の魔法で追い討ちをかける事ができないんじゃったら結局、同じ事じゃろ。……またキモ根暗は“無敵の
そう言って神様は再び髭でワインを濡らした。
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