【24】殺意の純度


 骸骨城の大広間の中央で、人質を盾に甲冑姿の魔族が笑う。

 魔王ギーガーの腹心にして、最強の四方魔侯“黒の”ゴワルクであった。

 そして人質にされているのは……。

「俺の事は構わない! 俺ごとこいつを殺やれ!」

 かささぎの爪のルーク・レブナンである。

「ふはははっ。これが正義を標榜ひょうぼうする貴様らの限界よ」

 ゴワルクは強かった。

 それでも何とか追い詰めて、あと少しで倒せるというところで、人質を盾に取ってきた。

 勇者マイク達は、すっかり及び腰になってしまっている。

 さしものカインにも、もう人質を気にして戦う余裕など残されていなかった。

「卑怯だぞ! ゴワルクッ!!」

 マイクが聖剣を構えたまま、歯噛みする。

 ゴワルクはそれを鼻で笑う。

「卑怯だと?! 笑わせる。我はギーガー様のためならば何でもやるぞ? お前たちとは覚悟が違うのだッ!!」

 覚悟。

 その言葉を耳にした瞬間、カインが床を蹴った。ゴワルクとルークへ向かって駆ける。

 カインは思い出したのだ。シルヴィアのためには、何が最善かを……。

「ふははははっ! 貴様らにこの男を犠牲にする事など出来る訳がないのだッ!!」

 ゴワルクが羽交い締めにしていたルークの右手を後ろでに捻り、前に突きだした。

 ルークは叫ぶ。

「良いから殺れえええええぇぇいッ!!」

 カインは自作の猛毒が塗られた祓闇の剣をルークに向かって躊躇なく突き出した。

「……何て事だ。人質もお構いなしか貴様は……」

 勇者マイクが青ざめた顔で唇を戦慄かせた。


 ……こいつと一緒にいれば、味方である自分の命も危ないかもしれない。


 後に彼らがカインのパーティ追放を試みた動機には、そんな恐れも深く関係していた事は言うまでもない。




 間合いを取って睨み合う二人。

「……また! まだミラを子供扱いしているの?! それとも、女の子だと思って、舐めているの?! その両方なの?!」

 ミラが顔をぬぐいながら叫んだ。

 カインは皮肉に満ちた笑みを口元に浮かべる。

「もうテメーをガキだなんて思ってねーし、女だとも思ってねーよ……」

 控え目に言って化け物。

 実際にいっぱいいっぱいだった。

 それでも、カインには、彼女に最後の一撃を加える事が出来なかった。

「なら……」

 再びミラが脇構えで突っ込む。

「どうしてよ!!」

 その目を見てカインは思った。

 澄み渡る青空の様な純粋な殺意。

 目的を達するために全力で最善を実行する暴力的な決意。


 ……それに比べて自分はどうだ?


 相手が妹の様な女の子だから、本気を出せない。

 が、を知れば涙してくれるかもしれない。

 同情したが自分を好きになってくれるかもしれない。

 しかし、それに何の意味があるというのだろうか。


 ……違う。そうじゃない。それは、最善ではない。


 は自分を嫌いになるかもしれない。

 は自分こそ死ぬべきだと思うかもしれない。

 しかし、その誰かはいない。

 ここにいるのは自分と敵だけだ。

 もしも、そんな誰かが、存在したとしても……。

「そもそも、オレ様は悲劇のヒーローなんかじゃねぇんだよ……いひひひ」

 底知れぬ邪悪な微笑。

 カインの瞳に悪魔の輝きが戻る。

 彼は祓闇ふつやみの剣を地面に突き刺した。

 次にコートの内ポケットから取り出したそれを迫るミラに向かって全力で投げつける。

「プレゼントだ。受けとれ」

 即座に発砲。

 投げつけたそれは真っ黒い液体の入った小瓶だった。

 銃弾によって瓶が割れる。

 液体が風に流れてミラの顔を中心に付着する。

 その瞬間、ミラがガスヴェルソードを取り落とし、悲鳴を上げて膝を突く。

「あああああああああああ……熱いッ!! 熱いッ!! 何これ?!! 何なのこれッ!?!」

 そのまま激しく咳き込みながら、ミラはうずくまる。

 小瓶の液体が付着した箇所からは黒い煙が立ち上っていた。

 カインが再び祓闇の剣を抜いた。そしてうずくまり、悶え続けるミラへと近づく。

 その口元に浮かぶのは狂笑。

 すべてを嘲笑い、蔑む絶対的強者の笑み――。

「そいつはな……お前のパパをぶっ刺したときに使った毒だ。どうだァ? 父娘おやこでお揃いだぜぇ……はひひひひっ」

 彼が琥珀病こはくびょうの治療薬の製法を模索する過程で偶然作り上げてしまった、超猛毒“石炭の燃えさし《コールブランド》”

 刃に塗れば、どんななまくらでも伝説の聖剣と同じ殺傷力を得る事が出来る、最強最悪の毒素。

「もう、使う事はないと思っていたが……」

「ああああああっ! 殺すッ!! 殺すッ!! 殺してやるぅッううううううッ!!!」

 ミラが焼け爛れた顔でカインを見上げた。

 カインはカネサダM892をスピンコッキングして、銃口をミラの頭部に向ける。

「今楽にしてやる……殺処分の時間だ。クソガキ」


 銃声が轟いた――。


 何時の間にか、辺りは血の様な夕焼けに染まっていた。

 カインはミラの亡骸なきがらに背を向けてエリクサーの小瓶の栓を開けた。

 どんな傷でも立ちどころに治し、多くの病や毒を消し去るその万能薬も残り一個だけとなってしまった。

 そのエリクサーを嚥下した瞬間だった。

 台地の上に生い茂る森が震えた。

「何だァ?」

 カインは、眉をひそめて暮れゆく空を背にそびえる大地の方を見上げた。

 木々の間から巨大なそれが隆起する――




 アレックス・モッターはしばらく眼鏡に記録された映像をチェックして使えそうな魔法を厳選する。

 防御魔法や大量破壊魔法をいくつかピックアップしておく。

 そんな中、彼は、その映像を開いた。

「“若返り《リバースエイジング》” ……左手で触れたものの肉体を半月分だけ戻す……か」

 そこでふとメルクリアの事を思い出す。

 彼女は一見すると、アレックスと同い年くらいの外見をしていた。

 だから自分と同じ十代後半くらいの年齢だと勝手に思い込んでいたが、こんな魔法があるという事は、そうとは限らないのかもしれない。

 思えば彫刻や絵画の中のメルクリアはだいたい白髭のじいさんか、鷲鼻の老婆であった。

「……まあでも、あの軽いノリは多分、若者のそれだよなぁ……」

 あんな年寄りがいたら嫌だ。

 アレックスは苦笑しながら立ち上がった。

 その彼女の仇を――大いなる勘違いであるのだが――討つために。

 アレックスはひとまず、坑道をくだり、台地の西側に広がる墓場に戻る事にした。

 理由は単に坂道を登りたくなかったのと、でかい火力の魔法しか使えない自分が優位に立てるのは、開けた場所である事にレヴナントアンナ戦で気づかされたからだ。

 このまま台地を西回りに北上し、北側にあるという湖を目指すつもりだった。

 そうして、しばらく歩き、坑道から出ると、何時の間にか空は禍々しい赤色に染まっていた。

 洞窟の前で佇み、そのどこか不安を掻き立てられる色合いの空を、目を細めながら見詰めていると――。

 頭上の背後で木立が、風もないのに激しく揺れる音がした。台地の森が震えたのだ。

 アレックスは振り返り、岩壁を見上げた。

「な……何だ、あれは……」

 空に向かって途方もない何かが隆起する。

 それは巨大な二足歩行の獣だった。

 頭には八本の角がそそり立ち、業火の如く赤く燃える瞳は六つもあった。

 竜の様に突き出た顎に並ぶ、剣の様な牙をがちがちと鳴らし、大気を怖気おぞけさせる雄叫びを吐き散らす。

「何だ、あのヤバい奴……あの神様が、逆らう俺を潰すために……? いや、そんなまさか」

 アレックスには知るよしもない事であったが、これこそ大魔王から超魔王に転生したギーガーであった。

 その六つの目が断崖の下で見上げるアレックスの姿を捉える。

「うわっ。マジかよ! こっちくんな!」

 ギーガーがアレックスのいる西側へと、その巨体を揺るがせながら歩み始める。

 スピードはかなりの物だった。

「や……ヤバい。魔法……魔法……」

 そこでアレックスは、たった今、自分がコピーしている魔法が何なのかを思い出す。

 最後に見た映像は……。

「“若返り《リバースエイジング》” ……やくに立たねえぇえええッ!!?」

 自分の間抜けさを呪いながら、台地とは反対方向に駆け出す。

 ギーガーは瞬く間に台地の西の縁に到着する。

 そのまま断崖を軽々と飛び降りるとアレックスの後を追いかけて来た。

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