第6話 戦闘職の巫女さんが神社で暴れたらどうなるかを示す

 境内に入ってすぐ。鳥居のすぐ傍に、父親と子どもの親子連れがいた。

 声を上げたのは、その二人だ。

 まだ小学校に入るか入らないかぐらいの男の子が泣きじゃくっている。

「早く来てお参りしろ! 失礼だろ! 罰が当たるぞ!」

 怒鳴りつけた父親の顔が赤い。

「やだ! 帰る!」

「うるさい! 早くしろ! なんで帰るんだ」

 逃げようとする子どもの肩をつかんで、父親がふらついた。

 どう見ても酔ってる。

 力任せに引っ張られて痛かったからか、子どもがさっきより大きな泣き声を上げた。

 父親が怒鳴るけど、もう何を言ってるかわからない。

 細かいことはわからないけど、多分、酔っぱらった父親が無理矢理初詣に連れてきたとか、そんな感じだとは思う。

 涙を流す子どもの髪の毛を、父親が乱暴につかんだ。

 これはダメ。

 普段の親子がどんな関係かわからないけど、あんなに酔ってたら暴力を振るいかねない。

「どうしよ……」

 宮司さんに助けを求めて、拝殿のほうに視線を走らせていた。

 拝殿の中にいる宮司さんも騒ぎには気づいていた。

 でも、祈祷の途中で、どう見ても動けなさそう。ものすごく動揺しながら、祈祷を続けているというのがその表情から見て取れた。

 ダメだ! 頼りにならない! 薄々感づいてた!

 参拝客も気づいている。でも、よその親子のことだから、どう声をかけたらいいのかわからない。元旦から面倒ごとにも巻き込まれたくない。それも理解できてしまう。

 帰ろうとしている参拝客は露骨に親子を避けて神社を出ていく。

 通報を考える。

 でも、さっきの社務所荒らしとは違う。まだ子どもが叩かれているわけでもない。今、警察を呼ぶほどのことかとも思う。

 迷って、迷って。結局、何もできないまま、泣き声を聞く。

 白い影が駆け抜けた。

「シロカ!」

 確かめるまでもなかった。

 社務所荒らしを見た時と同じで、シロカは迷うことなく行動に出ていた。

 一瞬で親子に詰め寄ると、父親が宙を舞った。

 どうやって投げたのかも、子どもの髪の毛をつかんでいる手をどうやって離したのかもわからない。

 重い音と鈍い声を上げて、父親が地面に落ちる。

 仰向けに倒れた父親の胸にシロカの手が音もなく差し込まれた。

「やり過ぎ!」

 さっき巫女は走っちゃダメって思ったけど、それどころじゃなかった。

 とっさに走り出して、滑って転びそうになったけど、堪えてシロカに駆け寄る。

「やめて!」

 止めようとした時、目の前で天地が逆さまになっていた。

 シロカに投げられるってこんな感じなんだ……と、やけに冷静に考えたけど、何かできるわけでもない。

 叩きつけられると思ったけど、あたしはふわりと着地していた。というか、させられていた。何をどうやったらこうなるのかわからない。

 目の前で、シロカは父親の胸に突き入れた手を引き出していた。その指先には赤い色の紐が絡みついている。

「だから、やり過ぎだって! そういうのはあたしたちの仕事じゃない!」

 シロカが首を傾げる。

「ここはこの世界でも、神様をお祀りする場所なんですよね。だったら、見過ごせません。神社の関係者なら。それに――」

 続ける。

「子どもに暴力を振るう人がいたら止めます」

 あたしなんかよりもずっと正しいことを口にした。

 シロカの視線の先、泣いていた子どもがいる。いきなりのことに、涙も声も止まっていた。

 巫女が戦闘職の世界から来たらしい、ことあるごとに身体を折ろうとする巫女さんの言っていることは何もかも正しかった。

 だから、反論できない。

「ゴメンなさいね。驚かせてしまって。お父さんも大丈夫ですから」

 シロカは子どもに対して、優しく声をかける。

 まだ顔を涙で濡らしたままの子どもだけど、怯えた様子はなかった。

 倒された父親もあまりのことにきょとんとしている。

 シロカの指先で、赤い紐が解けた。片方は父親の身体に戻るように消えて、もう片方は空中に溶けていった。

 シロカが後ろにどくと、父親はゆっくりと起き上がる。

 怒りはもうなくて、気まずい表情でシロカを見る。気のせいか、さっきより顔は赤くなくなっている。

「すみません。お騒がせして」

 一言告げて、子どもに向き合った。

 掌が小さな頭を優しく撫でる。

「悪かったな。ゴメンな。眠かったな。また、明日来よう」

 父親は周りの参拝客にもぺこりとすると、子どもの手を引いて去って行った。

 シロカと一緒にそれを見送る。

「すごいね。説得できちゃった」

「お酒が醒めただけだと思います。酔ってなかったらいいお父さんなんだなって思います」

 シロカが白い掌を見せる。

「お酒との繋がりを解きました」

「そんなこともできるの?」

「繋がりを探すのに時間がかかるから、巫女相手には使いにくいです」

 そんなに時間かけてるようには思えなかった。

「二人とも、大丈夫?」

 慌てて宮司さんがやって来た。

「はい。シロカがなんとかしてくれて」

「出過ぎた真似でした。すみません」

「なんか飛んでたしね……」

 宮司さんもしっかり目撃していたみたい。

「何かあればこちらでちゃんと対応するよ。やり過ぎだから、次はこっちを待ってほしい。いや、遅れてすまなかった。任せっきりでゴメン」

 宮司さんが頭を下げる。

「それじゃ、落ち着いたら、また社務所をお願い。巫女舞いも。慌ただしくてゴメンね」

 詫びながら、宮司さんはバタバタと自分の仕事に戻って行く。

 参拝客も落ち着きを取り戻していた。自然、社務所のほうに並ぶ人が増えるし、早く来てほしいという声もかかっている。

「じゃあ、戻りましょう」

「うん。あ……もう次の巫女舞いの時間」

 思ったよりも時間が経っていた。

「じゃあ、社務所は引き続きわたしに任せてください。だいぶ慣れてきたんですよ」

 シロカは足早に社務所へ戻って行く。

 それを眺めて、あたしも神楽殿のほうに向かおうとして、ふと考えていた。

 お客を投げ飛ばした上に、不思議な力で紐を抜き出していたシロカを止めた。

 助勤の巫女としては正しい判断だったと思う。でも、シロカの言ってることはもっと正しいと感じた。

 あたしはさっき何をしていたんだろう。

 首を横に振る。

 そういうの考えている場合じゃない。助勤の巫女としても、今はこの人数不足の神社の元旦に、やることをやらないと。

「……っ!」

 神楽殿に向かおう足を踏み出した瞬間、鈍い痛みが走った。

 思わずうずくまる。

「菊花?」

 シロカが振り向く。

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