最果ての景色
遊月奈喩多
楽園からの脱出
第1話 楽園の底で
楽園都市、エデン。
住民は主に2種類に分けられる。
まずは人間。自身の力は凡庸で、特出した能力など持ち合わせていないものの、その技術力によって作り上げられたものは数知れない。
次に、魔族。基本的に人間とよく似た姿をしており、体内の構造も大体は人間と同じである。人間との差異は、濃淡の違いはあれ頬に必ず浮かび上がるリンゴの形をした痣と、1人につき1つ備わっている特殊な能力の存在である。
このエデンは、かつて世界各地で人間と魔族の抗争が繰り広げられていた頃、ある人間の科学者がその原因を相互の不理解であるとして提唱した、人間と魔族の共存都市第1号。ここで主に行われた科学者による技術援助によってもたらされた利便性は先住していた魔族の民から大いに受け入れられ、その計画が実行されてからわずか数年にして、最後の戦地であった南方の都市でも人間と魔族の和解、共存が確認されるに至った。
このエデンが両者共に終わりを望んでいた抗争を終わらせ、そして全ての民が理想としていた平和を実現したといってもいいだろう。その後もこのエデンは、主に医療技術の発達から人々にとっての理想郷のように謳われることのある、まさに楽園であり続けている。
抗争を終わらせるきっかけになったとして、エデンの提唱者にして設立チームのリーダーである
黒崎戀の未だ終わらぬ遠大なプロジェクトが始まってから百数十年。
楽園都市エデンの中央に位置して、市政・治安維持・都市内の電気供給などを担う総合施設テラ、通称「中央収容所」の地下1階。
カイル=エヴァーリヴはその中性的な、ともすれば少女と見紛うような顔を憂鬱そうに曇らせながら、収容所の薄暗い廊下を歩いている。
体格のいい若い看守に手を引かれながら目指すのは、看守長であるロドリーゴ=スミスの私室。心身ともに醜悪を極めたこの男からは何度も呼び出されているのだ、用件はわかりきっている。抵抗しようとしても叶わないのなら、捕まったりして余計な傷をつけられないように逃げずにいるしかなかった。
カイルの前に立つ若い男も、上司が自室でこの少年と営む行為について知っているようで、軽く同情するような表情とともに振り返って口を開く。
「しっかしあんたも大変だよなぁ、あんな変態に目ぇつけられて。でも、あんたもあんたなんだぜ? 俺らに楯突いて目に付くようなことしでかしてるわけだし、それでなくともあんたは…………」
そこで言葉を切って、若い看守はカイルを見つめる。その両目に燃えるものを感じ取って、カイルは一瞬身構える。しかし、すぐに諦めの表情とともに体の力を抜き、現実を認識せずに済むように目を瞑る。その視線は、この収容所に入れられてからずっと感じていたもので、抗ってもどうしようもない。カイルは、自分に向けられる欲望に抗うことに疲れきっていた。
若い看守は近くの空き部屋にカイルを引き込み、灰色の囚人服を力任せに剥ぎ取った。そのままの勢いで冷たい床に押し倒す。カイルは、自分の上で四つん這いになっている男の欲望に満ちた視線よりも後頭部の痛みが気になって、後で医務室に行かないとな、と考えていた。医務員だけは、自分にも分け隔てなく接してくれるから――。
「やっぱ勿体ねぇよな、あのおっさんにこんな上玉は!」
熱の籠もった息を露になった白い肌に吹きかけながら、その若い看守がカイルの上に覆い被さろうとしたときだった。
「おい、何やってんだよお前」
そんな少年の声が聞こえた次の瞬間、カイルの上から看守の姿が消えた。激しい打音が響いた方を見ると、壁に叩きつけられて気を失っていた。何が起こったのかわからず呆然としていたところに「大丈夫か?」と声をかけられ、視線を動かす。そこには1人の少年が立っていた。カイルはその姿に目を縫い付けられた。
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