第15話 取り調べ

 明り取りの窓は硝子も嵌め込まれておらず、吹く風は冷たい。もうそろそろ冬将軍がお出ましになる頃だろう。


 人が通るには狭すぎる隙間が、子供の背丈ほどの高さで三つ、壁に沿って並んで口を開けている。なまじそこから出れたとしても、ここは塔の六階である。落ちて死ぬのが関の山だ。


 ブランデにあるヴァベラニア王宮の裏手に、城壁一枚を隔ててその塔はあった。


 ディヤル塔と名付けられた監獄は、まず一階には兵士の詰め所がある。一本だけの階段があり、二階には窃盗などの軽微な罪を犯した者を交流しておく牢屋が。三階から五階までは雑居房が立ち並び、上に行くほど罪が重い。


 六階には取調室と貴族諸侯用の牢屋があり、その造りのまま七階、八階まである。貴族の牢というのは鉄骨ではなく壁で区切られた部屋に、洗面所と寝室が付いている。ちょっとした一般人の家よりも良い造りだが、そうでもしないと発狂する程貴族というのは良い環境に慣れ過ぎているのだ。


 もちろん扉の前には警備兵が二人立っているし、食事は粗末なものだ(それでも、下の犯罪者に比べれば格段に良い物が出されている)。


 そうして八階に拘留されているソプリテン伯爵は……爵位を取り上げられたのでソプリテンは、未だブツブツと文句を言っていた。取り調べの最中もずっとだ。


 埒が明かないと王に相談の書面を出したところ、何と王自らが取り調べに赴く事になった。


 寒風が吹き抜ける室内に、王は暖取りの外套を纏った立派な姿で、ソプリテンは粗末な生成りの上下を纏った姿で、向かい合って座っている。


「余はそれ程までに耐え難いか、ソプリテン」


 その寒風もかくやという冷たい声で、ソプリテンの呟きを断ち切ったシャイアに、ソプリテンは顔を上げる。


 がた、と椅子の上で仰け反った。


 人が人に向ける目ではない。畜生を見る目でもない。邪魔な羽虫を叩き潰す、そういう目でシャイアはソプリテンを見る。


「ならばなぜ死なぬ。一人勝手に死ねば済む話であろう」


 酷く機嫌を損ねた羽虫に、シャイアは眉間に皺を寄せて心底迷惑そうに言い放つ。


「お前、幾人の兵を殺したと思っている」


 兵等幾らでも変わりがきく、とは思っていてもとても声にはできない。


「兵の命など変わりがきくか? 貴様の弟もそう思うのであればそういう者であった。ならば貴様が気に入らぬのは余の治世。治世を覆す程の力も無く、情けなくも西の国に頼ろうとした癖に、自らが王になるだと? 笑わせるな」


 ソプリテンの声にならない声を代わりに読み上げて論破する。すると、今度は負けた国王のクセに何を、と思った。


「確かに余は敗北を喫した。しかし、それが何故貴様に責められねばならぬ? マヤ国王は良い御仁であった。土地を寄越せ、という交易は存在しないのだ。我が国で受け入れるには、強引な手段を取る他仕様が無かったと、泣きながら謝ってくれたよ。彼の王の威厳を損ねる為に余は言わぬがな。それも察せぬ貴様如きが、余の治世を嗤い、余の治世に不満を抱くか。己の方がと夢を見たか」


 ソプリテンの顔が驚愕に染まる。何も変わっていなかったのだ、先代の折りより厚い友情を築いていた事は。


「そうだとも、何も変わらぬ。今をもってマヤ国王は我が友人であり、貴様が彼の王の隣に立つ事は未来永劫にあり得ぬと心せよ。国というのは、たった一人の友の事情も測れぬ愚か者が背負って良いものでは無い」


 先程からソプリテンの考えの悉くを読んでは先回りをして答えるために、シャイア一人がしゃべり通しになっている。シャイアは心底呆れたという顔でソプリテンを見、もういらぬ、とばかりに手を振った。犬か何かを追い払うような仕草であった。


「追って沙汰する。貴様は死刑以外にはあり得ぬが、見せしめにする程の価値も無い。孤独に死ね」


 そうしてシャイアは立ち上がると、ディヤル塔を後にした。


 ソプリテンは冷たい鉄の椅子から暫く立ち上がる事ができなかった。




「ふぅーー……」


 シャイアは今日の執務を放棄すると、私用のサロンの長椅子で伸びていた。クッションを枕に天井を見上げたまま大きく息を吐く。額には氷嚢を乗せていた。


(王様らしい事をするのは、やっぱり疲れる……)


 齢十七の青年としては、常にソプリテンに対するような気の張り方をしているのは心身共に疲弊する。


 皆が求める威厳のある王というものになろうと思えばなれるのだが、シャイア自身が早死にする可能性の方が大きい。


 あの内乱の後、戦後処理は国立軍に任せてシャイアは一小隊とガジェ、リァン、リユニア公爵、バルクと共に王城へ帰った。


 宴は終わっていたが、未だ領主達は王宮内に残って居たので、立食形式の晩餐会を開いて事の顛末を説明した。大いに面白おかしく脚色したのもあるが、バルクを貴族諸侯に披露できたことは大きい。


 今後はアッガーラの民が農地に直接作物を買いに来る事もあるだろう。聞けば、ウルド山脈の西峰も東峰も皆彼らの暮らす集落があるという。三月に一度、首長が集まってどこかの村で会議をするという決まりらしい。暮らす範囲が広大すぎるため、国と国との交易よりも、それぞれが買い付けに行く方が効率が良いという話だった。それに伴い手形を発行する事、今回の御礼の品はバルク達が責任をもって各村に行き渡らせる事を約束した。


(リァンが無事帰還した事に、ローザは泣いていたっけ……)


 リァンは、何もできなかった、と悔しく思っていたようだが、そんな事は無い。あの場では最も良い戦法を考えてくれたと思うのだが、結局アッガーラが居なければどうなっていたか分からなかったのも本当だ。


 ナタリアは、帰って来たシャイアを見て酷く安心したように息を吐くと、おかえりなさいませ、と膝をついて出迎えた。心配をかけたようだ。ナタリアが確りと宴とその後の歓待を引き受けてくれたおかげで、随分と戦いやすかった。西の領主を一人も返さなかったのは大きい。


 しかし、そのナタリアも何かを考え込んでいる事が多くなった。


(話を聞いてやらないとな……)


 そうは思えども、ナタリアから言われない限りは踏み込んではいけない気もする。どうしたものか、と思いながら、次はロダスの報告について考えた。


 ジャモマイル子爵は素直に吐いたという。


 今回、山賊の出る範囲は元から広かった。バルクの話によれば、あれらはアッガーラの脱走者らしい。身元は引き渡さなくてもよいという事だったが、脱走しただけであれだけ山を自由に駆け、リァンの策無しでは捕らえることができなかったと考えると、今後領主の教育を考え直さなければならない。


 兵法に通じていない者に、いきなり策を立てろと言っても土台無理な話だ。リァンに一任すれば、リァンが忙殺されてしまうだろう。幸い、知識は学ぶ気のある者には本という形で開かれている。


(リァンのような発想が出来る者はもっといるはずなんだ……、識字率を上げて、もっと人を……)


 思考がやたら広大なところまで広がってしまった。気付いたシャイアは苦笑いをして氷嚢をどけると、視界いっぱいにナタリアの顔があった。


「わっ?!」


「申し訳ございません、何かお考え事のようでしたので、様子を見ておりました」


「い、いや、大丈夫大丈夫……」


 心臓が飛び出るかと思う程驚いたが、それはそれである。あんな至近距離に居たのにシャイアには気配の一つも悟らせなかった。今はちゃんと、居るのが気配で分かる。


「シャイア様に、ご報告とご相談をしなければならない事があります」


 シャイアが椅子に座って空いた場所にナタリアは腰掛けると、少し迷いながらも、ナタリアはそう言った。

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