腐敗の王国軍 中編

 スアピの顔にはいつのまにか笑みは消えており、上体を前に倒して少年の話を真剣に聞こうという態度を示している。


 ムランもイヨンも真剣な顔で少年が話の続きをしてくれるのをじっと待っている。


 少年は黙って唇を噛んでいる。やがて搾り出すように話始めた。


「これは噂なのですが、将軍より下の兵を雇い兵や志願兵だけにしているのはいざというとき僕達を使い捨てにするためではないのかと…」


「なんでそんな噂が…?」


「これもまた噂なんですが、近く決戦を挑んでそのドサクサに紛れて反乱軍のリーダーを逃がし、その条件として司令官はリーダーが溜め込んでいた金を受け取るという密約ができていると…そしてリーダーの逃走を助けるために敵も味方もわからない大混戦を起こすと…そしてその時に国軍の代わりに最前線に僕達は出されて…」


「君達は死ぬわけか…」


 ムランが静かにその先を話す。


 しばらく場を重苦しい雰囲気が包み込む。 


 それは数十秒だったはずなのだが、誰もが何倍にも何十倍にも感じていた。


 やがて…。


「ま、まあ…あくまでそれは噂ですけどね!まさかそんなことあるわけがないですよね!」


 努めて少年の一人が明るく笑うが、場の重苦しさは変わらなかった。


「い、嫌だな…ほら…お前が変なこというからこんな感じになっただろ…」


 場の重苦しさがさらに重くなっていく。


少年の友人はさらに焦っていく。


「ま、まったく…くだらないこと言ってないで…もう屯所に帰ろうよ?明日も早いんだから、寝不足じゃ手柄も立てられないぜ?」


 そういって少年の手を引いて外に出ようとする。


「お前達!何故この時間にこんなとこにいるのだ!」


 少年達がテントの外に出ると、目の前にガルムが立っている。


 ランプを持ち、名前を書かれた名簿のようなものを持っているところを見ると、見回りをしていたようだ。



「お前らは確か昼間の勤務だったな!何故自分達のテントにおらずこんなところにいる!」


「そ、それは……その……」


 まさか昼間に大暴れした戦士を見に来ましたなんてことは言えずに少年達が口ごもっていると、


「俺がこいつらを呼び止めたんだよ、なんか文句あるか?」


 少年達の肩に手を回してスアピが凄む様にガルムを睨みつける。


「ほう、私の部下達を勝手に引き止めるとは、自分の身分もわからないほど愚かだったとはな…」


「おいおい…身分が高いだけじゃ戦いでは生きられねえぞ?」


「貴様に言われなくてもわかっている。伊達に戦場暮らしが長いわけではないぞ?」


「長く暮らしてても見る目の無さは変わらねえみたいだな?」


「ほう?なかなか言うじゃないか」


 どんどん強くなる場の緊迫感に少年達が困り果てていると、スアピの後ろからムランたちが出てきてその場を治める。


「ああ申し訳ありません。実は私達は来たばかりですので、彼らに色々と聞いていたのです。長い間部下を引き止めまして申し訳ありませんでした」


「……少し自分の従者の教育をした方がいいですな、ただでさえ領主ともなれば高貴な人と付き合うこともあるのですから、礼儀知らずな従者を連れていると身の為になりませんぞ」


 ひとしきり嫌味を言うとガルムは少年達に顎で命令して連れて行く。


 少年達はバツの悪そうな顔をしながらこちらを見ると上官の後についていった。


「何だよあの嫌味野郎は!」


 ガルム達が去るとスアピがそう吐き捨ててテントの中に戻っていった。


「…大丈夫?」


 冷や汗をかきながら溜息をつくムランにイヨンが水を差しだす。


「ありがとう…しかし…」


 言いかけて心の中で呟く。 


自分が思っているよりもこの遠征には裏があるのかもしれない。


 満天の星空の下でキリキリ痛みはじめる胃を抑えながら水を飲み干した。 




 翌朝、ムランは作戦司令部の中で縮こまっていた。


 彼の横にはオルドがいて、その隣にガルム、他の将軍達、そして司令官のアルベルトがいる。


「ゴホン……副司令官殿、その者は何者ですかな」


 じろりとムランを見ながらある将軍が口火を切る。


「そうですな…本来ならこの作戦会議は将軍職以上の者しか参加できないはず…何故この場にこのような者がいるのですかな」


「………………」


 ムランがいることについて将軍たちから文句が出る。


 どこの誰かわからない者がいるのか納得いかないのだろう。


 当然だ。 この場にいるムランでさえ何故自分がここにいるのかわからないのだから。


「申し遅れました。ここにいるのは私の副官のムラン=グランと言うものです」


「えっ…?ええーーーー」


 素っ頓狂な声を上げて驚くムランを尻目にオルドはさらに言葉を続ける。


「実は私、恥ずかしながら今回の戦が初陣でして、本来なら用意すべき副官を用意しておりませんでした。今更ながらではありますがこの者を副官として任命しました。ご連絡が遅れましたこと深くお詫びいたします」


 そういって深々と頭を下げる。 ムランも空気を読んで一緒になって頭を下げる。


 将軍達は納得いかない顔をしていたが、何しろ副司令官にそう言われては文句のつけようもない。


 将軍達も貴族ではあるが、オルドの家柄から比べれば、家格は足元にも及ばない。


「それでは作戦会議を始めますかな」


 ガルムが静かに会議の始まりを告げた。




「退屈だな」


 テントの中で寝転びながら、横で寝ているイヨンに話しかける。


 ムランが朝早くにオルドに呼ばれて行ってからしばらく立つが、いまだに戻ってくる気配がないので、この従者二人は暇を持て余していた。


「おい、聞いてんのか?」


 返事をしないイヨンにスアピが上体を起こして顔を覗き込む。


どうやら横になっているうちに寝てしまったようで、白くプクプクとした頬をやや紅潮させて、安らかな寝息を立てている。


 軽く頬を指で突付いてみると、プニュッとした感触が指先に伝わる。


 さらに突付いてみると一瞬とろんとした目を開いて『ふにゃっ?』と一声鳴いててまた寝てしまった。


「お、おもしれぇ…」


 今度は高速で頬を突付くと、そのたびに頬がプニプニプニと揺れ、そのたびにイヨンが『うにゃっ?』『ふにゅっ?』『ぶにゃっ?』と声を発する。


ひとしきりそれを楽しむとやがてイヨンは苦悶の表情になって何の反応も示さなくなった。


「俺も少し寝ちまおうかな?」


 いい加減に突付くのも飽きて、独り言を言いながらイヨンの横にゴロンとまた横になった。


 僅かに聞こえる歓声が心地よく耳に入ってくる。


「まったく……本当に戦場なのかね~」


 横にいるイヨンに話しかけるように、自分自身に言うように、あるいは皮肉のように言って目を閉じる。


 よく眠れそうだな……。


「起きてください!」


 誰かがテントの入り口を開いて大きな声を出す。


「うわっ!なんだっ!」


 驚いてスアピが起き上がって訪問者を見ると、昨夜自分達に噂を教えて落ちこんでいた少年だった。


「驚かすな馬鹿野郎!」


「あっ!申し訳ありませんでした……しかし早く来て下さい!」


「ああっ?何でだよ?」


「訓練です!来ていないのは貴方たちだけなんですよ!」




 それから少ししてスアピは槍を持ってしかめっ面で立っていた。


 横にはイヨンも立っているが、グッスリ寝ていたのを急に起こされてしまったからか、眠たそうにうつらうつらしながら赤く長い髪を揺らしている。


 周りには先ほどの少年達と同じように、街や村から志願して今回の遠征に参加した若者達がいて、チラチラとスアピ達の姿を覗き見ている。


「……なんでこいつらこっちを見ていやがるんだ?」


 機嫌悪そうにじろりと見ると若者達はさっと視線を逸らす。


「昨夜の私達と同じですよ…乱暴な門番を倒した戦士に興味があるんです」


 いつの間にか隣に先ほどの少年がいて、そっと小声で話しかけてくる。


「ふーん…戦士ね」


 じろりと隣を見ると昨日乱暴な門番を倒し喝采を浴びていた戦士はよだれをたらしながら立ったまま寝ている。


 ぐ~らぐ~らと揺れながらも絶妙なバランスを維持し、寝息を立てている。


「…誰も信じねえだろうな」


「はは…そうでしょうね」


「おい!お前等何している!訓練を始めるぞ」


 屈強な大男が三人の前にやってくる。


「あん?誰だお前は?」


「今日の訓練を担当している副長です。ガルム様直属の」


 少年が耳打ちする。


「あーなるほど…これは失礼しました」


 先ほどとは打って変わって殊勝な態度を取る。


『これ以上問題起こすとあいつがやばいからな』心の中でつぶやくと、引きつった笑顔をして返す。


「ふんっ」


 何か言いたげではあったが、副長はそのまま立ち去ろうとしたところで何かに気づいた。


『あっヤバイ!』と思ったときには手遅れで副長はイヨンの顔を覗き込んでいる。


 イヨンは相変わらず寝ていて、何かいい夢を見ているのか? しまりのない顔でニヤニヤ笑っている。


 口元からはさきほどよりもよだれがでていて、それが顎から垂れそうになっていた。


「くっ、この非常事態に寝ているとは…貴様起きろ!女だからとて許さんぞ!」


 耳元で怒鳴られているイヨンがゆっくり目を開ける。


 まだ寝ぼけているのかヌボーっとした顔で副長を見つめている。


「おい!何をしている!早く起き……」


「…うるさい」


 その瞬間背中に背負っていた大剣を副長の頭に叩き込む……が、それは空を切り、地面にめりこんだ。


 とっさにスアピが副長を蹴り飛ばして守ったのだ。


「危なかった~、この馬鹿が!」


 剣を地面にめり込ませたまま、すやすやと寝始めているイヨンの頭に拳骨を叩き込む。


「イタ~イ!…うう~っ!」


「うう~~、じゃねえ!また一悶着起こすところだったろうが、もう少し頭を使え!俺みたいにな」


「あの~…」


「あん?何だよ?」


「その…副長がのびてしまってるんですが?」


 地面に仰向けで倒れている副長はその大きな体躯を力一杯広げて大の字になって倒れている。


 白目をむいて。


「あれ?おかしいな…手加減したつもりだったんだけどな」


 ぽりぽりと頭をかきながら困った顔をしている。


「うう~~!」


 そしてそれを納得いかなげに睨んでいるイヨン。


「どうしましょうか?副長がこれでは訓練になりませんよ」


 少年が困り果てたようにつぶやく。


「な、なんだよ?」


 イヨンの抗議の目と少年達のすがりつくような目で見られながら、戸惑ったようにスアピがたじろぐ。


「こうなっては手段は一つしかありません!」


 にこりと笑いながら少年がその手段を口にする。


 一同驚きを隠せないが、兎にも角にも少年の提案によって訓練する副長がいないという問題は解決されたのだった。




 一方、会議を終えて部屋を出るオルドとムランの顔は怒りとも諦めともつかない顔をしていた。


 オルドはいつもの若々しい笑顔は消え、難しそうに口を真一文字にしている。


 ムランはムランで複雑な顔をしてオルドの後をついていく。


 原因は会議の議題であった。


 最初に食料や物資の問題が出たが、それはムランたちの持ってきた物で当分は賄えるという結論に達したが、問題は次の議題である。


 『つまり誰が前線に立ち、いかにして敵を攻略するか』ということであるが、列席の将軍達は誰も手を上げずにいて、沈黙だけが作戦会議場を支配していた。


 痺れを切らして司令官のアルベルトが別の将軍に水を向けるが、その将軍は『まだ我輩の出る幕ではありませぬ。こういうことはこの方が適任では?』と別の将軍に譲ろうとする始末で、その将軍も『我々の軍はまだ着いたばかりで陣立ても決まっておりませぬ』となんだかんだと理由をつけてまた他の将軍に前線を譲る。


 そんなことが決して短くない会議の時間の中で大勢を占めていた。


 アルベルトは内心の苛立ちを隠せずに組んだ両手の親指をせわしなく動かしている。 


 なんだかんだと理由をつけているが、こいつらは結局自分の軍が前線に出て、物資や人員を消費したくないだけなのだ!


 いざ前線に出てしまえば物資も使うし犠牲も出るだろう。 


その犠牲者への見舞金や使用する物資は全て自分達の手弁当なので出来ることならば前線に出ずになるべく自分達の懐を浪費しないで済ましたいという心底が見え見えだった。


 彼らの気持ちはアルベルトもよくわかっている。 


 なぜなら彼も同じ立場ならそうしているからだ。


 だからといってこのまま何も手柄を立てずにいれば致命的な不名誉になるのは間違いない。


 しかしここで司令官権限を振りかざして無理やり将軍達を動かせば恨みをかって後で何事か不利益をこうむるだろう。


 身分自体はアルベルトの方が上なのだが、彼らからの支持がなくなれば、すぐに自分の政敵がそこをついてくるだろう。


 まさに八方塞りである。


 その時不毛な話し合いの中で何者かが声を上げて抗議する。


「いつまでこんな無駄なことを続けているのですか!我々は反乱を鎮圧にきたのでしょう?こんなことではいつまでたっても敵は倒せません!」


 正論である。 その場にいる誰もが正論であることはわかっている。


 本来なら誰も反論の仕様がないのだが、残念なことに彼は将軍ではなく副官であり、さらに貴族ですらない田舎領主の息子である。


 彼らとは身分が違うのだ。


 その身分の違いが正論を言う彼に反発となって跳ね返る。


『生意気を言うな!まともな軍教育すら受けたこともない田舎者が!』


『まったくだ……身分の違いを考えよ!本来ならこの場にいるだけで感謝して異論など出来ようはずがないものだがな』


 テーブルに座る貴族の将軍達に口々に罵倒を浴びて彼は悔しそうに下を向く。


 彼の上官であるオルドだけがじっと将軍達の言葉を聞いている。


『ここまで副官が勇ましいことを言ったのならばここはオルド殿に任せてみてはいかがかな?諸君よ……』


 最初にアルベルトに水を向けられた将軍がこれ幸いとばかりにオルドに前線を押し付けてくる。


『異議なし!副官殿はよほど自信があるようなので、お手並み拝見と行きましょうかな』 


『私も今回は名門グランスカル家の戦作法を楽しみにしておりますぞ』


 口々に自分達のことを棚にあげて前線を押し付けてくる将軍達に貴族の傲慢さを知っていたはずのムランでさえ怒りがわいてくる。


 将軍達はオルドの反応を待っている。


 この生意気な副官を叱り飛ばしてこちらに謝罪させるも良し……旨味のない前線勤務を任せるも良し……どちらに転んでも自分達にとっては損のないことである。


 顔にありありと考えていることが透けて見え、ムランはぎゅっと下唇を噛む。


 この人たちは本当に貴族なのだろうか?


 自分が父や本から知った貴族像というのは名誉を重んじ勇敢であり知性を備えた尊敬すべき人間だったはずだ。


 確かに現実と理想が違うということはわかってはいるが、あまりにも彼らは臆病で卑怯であり軽蔑すべき人間に思える。


 チラリとオルドの方を向くと、彼はにこりと笑ってこちらを見て、すっくと起ち上がる。


『わかりました……このオルド=グランスカル、前線を指揮し必ずや勝利を挙げてみせましょうぞ!』


 予想以上のオルドの言葉にそれ以上何も言えず将軍達は黙り込んでしまい、そのまま会議は終了した………。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る