腐敗の王国軍 前編
自分達が持ってきた荷とズヨンから格安で買った荷を手に入れたことで一行の荷は数倍にもなった。
これだけの量の物資を持ってきたなら、立派な手柄になりトールの面子も多少は果たせるというものだが、彼らの顔は晴れてはいなかった。
オルドは俯いていて、ムランも困った顔をして、スアピとイヨンも黙りこんでいる。
「申し訳ありません…私がしっかり見ていれば…」
オルドがムランに謝るが、ムランはあわてて、
「いえ…仕方のないことです。どうか気になさらないでください」
スアピたちは無言でそれを見ている。
彼らの顔が晴れていないのは何故なのか?
それは…ムランが最初に捕まえたあの兵士が殺されていたからである。
彼はムランに後ろ手に親指を縛られ、荷馬車の前に転がされていたが、その後の兵士達との戦いを終えて見ると彼は首の後ろに針を刺されて死んでいたのである。
「あいつか…」
首の後ろに刺さった見覚えのある針を見ながらスアピが顰めっ面で呟く。
あわてて周囲を探索してみたが、そのときにはあの黒衣の男がいたことを証明するものは何一つ残っていなかった。
「しかし…いつの間にあいつ殺られてたんだ?オルド様は全然気づかなかったのか?」
ろくに舗装されていないガタガタの道を馬を器用に操って荷馬車を動かしながらスアピが遠まわしに責める。
スアピの言い方にオルドがまた俯いてしまうとムランがあわててフォローをする。
「あの男は凄腕でしたから…オルド様が気づかなかったのも無理がありません。お前だって逃げられただろ?」
「っぐ…、うるせえな!あの時は油断したんだよ!」
拗ねたようにそっぽを向くスアピにイヨンが後ろでクスクスと笑っている。
それにつられてムランたちも笑い出すとスアピは照れたように顔を赤くしながら荷馬車を先に進ませて行く。
やがて目の前に柵に囲まれた大きな扉が見えてきた。
その前には兵士が四人立っており出入りする人間を厳しく見張っている…はずなのだが、どうも様子がおかしい。
兵士達は入ろうとする人間に一言二言耳元でささやき、何かを受け取ると、ろくに調べもせず扉を開けている。
オルド達が扉の前に来ると、彼らはオルドたちの荷物を見て急に嫌らしげな笑みを浮かべ近づいてくると、
「ずいぶんと張り切って商売しに来たみたいだが、ここではまず俺達に金を払わないと入場できねえシステムになってんだぜ?」
「なっ…」
オルドが驚愕のあまり声を出せずにいると、調子に乗った兵士の一人が、
「どうしても金が嫌ならこの女でもいいぜ?綺麗な赤い髪してるじゃねえか…」
そう言いながらイヨンの髪に触れようとした瞬間、その兵士の身体がものすごい勢いで扉に弾かれた。
あまりの衝撃に扉の閂が壊れ、扉が勢い良く開いてしまうくらいに。
「あ~あ…やっちまったな」
セリフとは裏腹に嬉しそうにスアピが呟く。
「お前等…何しやがる!俺達国軍に逆らうってことは殺されても文句は言えねえよな?言えねえよ…」
他三人の兵士達が剣を抜き、迫ってくる。
ばたばたと巻き添えを恐れた人々が散っていく…。
「やめろ!私達は…!」
止めようとするオルドを無視して兵士達はイヨンに向かって突進していくが、一人目は大剣でかち上げられ真っ直ぐ上空に飛ばされ、二人目は大剣を頭に叩きつけられその場に昏倒し、三人目は逃げようと後ろを向けたところで回り込まれ剣の腹で吹っ飛ばされた。
その手際のよさに周囲の人間達が黙りこんでいると、最初に上空に打ち上げられた兵士が落ちてきて一言『グエッ』と発してその場で気絶する。
その瞬間、黙り込んでいた人々が喝采を上げた。
まるで大道芸人のショーを見た時のようなもしくは良く出来た活劇を見たときのように歓声を上げて騒ぎ立てる。
その歓声を受けているイヨンは顔を自身の髪のように赤く俯き、慌ててムランのところに行きその背中に隠れてしまう。
騒ぎを聞きつけて衛兵が駆けつけるまでその歓声はずっと続いていたのだった。
「全く……この忙しいときに余計な騒ぎを起こしおってからに…」
明らかに不快な顔をして司令官室に入ってきた国軍司令官がムラン達を睨みつける。
「しかしアルベルト様…兵士が賄賂を要求しあまつさえ危害を加えようとしたので仕方なくこの者らは戦ったのです。彼らには罪はありません。それに彼らは我々の為に無理をして物資を用意してくれました。どうかご確認してください」
物資の目録を渡されたアルベルトはその物資の量に驚愕する。
とても一つの街しか持っていない領主が用意できる量ではない。
どういうことだ?目録をじっと見てみると、目録が二つに分けられていることに気づいた。
これは……?
一枚目の紙をめくって二枚目の目録を見る、この物資を用意した田舎領主の名前と目録が書いてあり、その下に後から追加されたであろう目録が書いてある。
どうやら追加の目録は途中で商人から物資を買ったようで、目録の最後には物資を買った商人の名前が書いてある。
「こ、これ……は……そうか……貴様だったのか」
「はっ?」
目録を乱暴にオルドに突っ返すと畏まっているムランに、
「なるほど……さすがは陛下に取り入って兵士から領主に成り上がった者の息子だな、小癪なゴマすりが上手いようだ」
「……それはどういう意味でしょうか?」
「ふん!貴様のような下賎な輩の手の内は読めているわ!商人に手を回し物資を買い占めて恩を着せようと思ったのだろうが、このワシは騙せぬわ!本来なら戦時妨害で処刑してやるところだが、オルド殿に免じて命だけは助けてやる!とっとと出て行くがよい!」
冷たく言い放つとなおも軽蔑な目でムランを見下ろす。
「アルベルト様!この者達はそのようなことは……!」
「わかりました!」
周囲によく響く大きな声でムランが叫ぶ。
「しかしムラン殿……貴殿の努力をこのような形で誤解されるなど……」
「どうかお気になさらずオルド様……司令官殿、我らはそのような小癪なことはしておりませんと言いたいのですが、貴方様は信じてはくださらないのですね?」
アルベルトが「当然だ」という顔で睨みつける。
その時どこからか『カチャッ』という音が響いた。
アルベルトやオルドが何の音だろうかと耳をすませた瞬間、よく通る声でムランが話し始める。
「そこまでおっしゃられてはこのムラン=グラン、かつての父のように軍に従軍し、司令官殿の目の前で敵を討ち取り我がグラン家の武門の誇りを見せたいと思います。どうか我らに従軍の許可を!」
ムランの真剣な物言いを冷めた目で見るとアルベルトは「勝手にしろ」と言い放ち司令官室から出て行く……。
オルドも司令官を追って部屋を出て行く。
「はっ、ありがたき幸せでございます……」
彼らが出ていった後にムランが静かにそれだけ呟いた……。
「しかしお前があんなに従軍の許可を求めるなんてな……」
あてがわれたテントの前で荷物を降ろしているとスアピが面白いものを見たような顔でからかってくる。
「あそこまで言われて帰ってきたなんて親父に知られたらそれこそ処刑だよ。それにお前等あの時後ろで武器掴んだだろ?俺がどんなに肝を冷やしたと思ってるんだ」
「なんだ気づいてたのか?あのアホ貴族があまりにもムカついたからよ……つい、な」
ニヤッとした顔をするスアピの横で洗髪用のタライを降ろしていたイヨンもコクコクと激しく頷いている。
「やっぱり……危ないところだった」
もう少し自分が言うのが遅ければ、スアピやイヨンが司令官をボコボコにしていたのを確信してホッと胸をなでおろす。
「ムラン殿~!」
オルドが手を振りながらこちらに走ってくる。
今は陣地内にいるからか、重い鎧を抜いで、簡素な服装をしているようだ。
ムランも手を振り返すが、ふとオルドの後ろに鎧をつけた軍人がいるのを見つけた。
「ムラン殿…さきほどは申し訳ありませんでした。よかれと思ってやったことが裏目にでてしまったようです」
心底申し訳なさそうにムランの手を取るとそう言って頭を軽く下げる。
「いえ…気になさらず。それで…この方は?」
装飾もない傷だらけの鎧を着込み、軍人らしい厳格な雰囲気をした壮年の男が自分達を睨んでいるので緊張した風にムランが質問をする。
「こちらはガルム将軍です。ムラン殿は将軍の指揮下に入ってもらうことになりましたので……将軍、ムラン殿です」
「はじめまして将軍。ムラン=グランです。後ろの二人は私の従者のスアピとイヨンです」
二人も無言で頭を下げる。
「……ガルム=スラングだ。まず始めに言っておくが、物資を買い占めて恩を着せようとする輩に手柄を上げられるとは思えんが、せいぜい足を引っ張らないことだな」
「将軍!ですからそれは誤解だと……」
「どうだか?ことに領主と言うのは普段は税を搾り取ることだけ考え、いざと言う時には自分の懐からは出し惜しみする者ばかりですからな」
こちらを伺いながら嫌味そうに話すガルムにムランはニコニコと応対している。
が、後ろの二人は明らかに敵意をむき出しにしてガルムを睨みつけている。
「ふん…まあいい。この私に武門の誇りというものを見せてみろ、期待はせんがな…」
それだけ言い捨てるとガルムは司令官室の方へと歩いていった。
「なんだ…あのオッサンは!」
「あいつ…嫌い」
好き勝手に悪口を言う従者二人をムランがたしなめる。
「お前等、もう少し愛想良くしてくれよ、冷や汗がでるだろうが……」
「いやあ…あの方は悪い人ではないのですがいかんせん軍人気質の強い方なので…」
オルドがフォローするが、従者二人は納得いかないようでまだ悪口を言い続けている。
「なかなか風格のあるお方でしたね」
ムランが率直な感想を言う。
「はい…実質あの方が兵の選定や訓練を担当していますから、あれでなかなか部下からも慕われているそうですよ?」
その後オルドも司令官に用があるのでと三人と別れて司令官室に向かった。
「それにしてもよ?あの司令官といい、あのオッサンといい、軍の奴らってのはどうしてこう胸糞悪い奴が多いのかね?」
あらかた荷物を降ろし終わり休憩の為に地面に座り込んだスアピが水筒から水を飲みながらムランにぼやく。
「さてね…親父と一緒にお偉いさんめぐりしたことあるけど、どこの軍貴族も大なり小なりあんな感じだったけどな。もう俺は慣れてるよ」
淡白な主の反応にスアピは苛立ちを覚えながら、ふともう一人の相棒がいないことに気がつく。
「イヨンはどこいったんだ?」
「ああ…馬にくれる飼い葉と俺達の食事を貰いにいってるよ」
「大丈夫か?あいつに二つ以上のことを頼むと凄いことになるぞ」
「いくらなんでも馬鹿にしすぎだろう。貰って帰ってくるだけだぞ?」
はははと馬の毛づくろいをしながらムランが答える。
自分の主が笑顔を見せたことに気を良くしてスアピがさらに面白おかしく話し続ける
「いやいや…お前こそあいつを見損なってるぞ?あいつはいつだって俺達の斜め上を行くんだ。きっと今頃飼い葉と食事をもらったはいいが、迷子になってると見たね」
「…誰が迷子?」
二人がバッと後ろを振り向くとイヨンが飼葉の束と食事を荷車に載せ、両手に皿を持って立っていた。
「いや、別に…なんでもねえよ」
「…そう」
イヨンはムランに飼葉の束を渡すと、荷車に載せていた鍋を取り、
「イヨンがよそるね…」
と言って皿によそり始めた。
「なんだ…ずいぶんと今日は気がきくじゃねえか」
スアピがイヨンに軽口を叩くが、イヨンは俯きながら無視する。
その反応に『つまらねえな』と思いながらスアピが手渡された皿を見ると、皿の上にはこれでもかと言わんほどに飼葉がこんもり乗せられていた。
「なんだこりゃ~!お前何してんだよ!」
スアピが抗議するとイヨンはフンとそっぽを向いて、
「イヨン…迷子になんかならない」
と言い、自分の分のスープをそのまま一気に飲み干してしまう。
「ああーー!お前!なんてことを…ムラン!」
スアピがムランの方に向き直ると彼はまだスプーンをスープに入れたところだった。
「お、お前の分を少し分けろ!」
「馬鹿いうな…お前が悪いんだろうが!」
じたばたと暴れまわる二人をよそ目にイヨンが自分の分の皿を片付けていると、ふと視線を感じ、目線を上にあげる。
何かがテントの影に隠れるのを見た。
「………?」
じっと隠れていたところを見ていると、また誰かがチラリとこちらに頭を出してくる。
敵? ゆっくりと動きやすい体勢になり、チャンスを待つ。
やがて、また顔がテントの影に隠れたところでシュっと走り出す。
身軽に走りよりテントの前で飛び上がる。
そのまま飛び越えると剣を構えて着地する。
急に大剣を構えた人間が自分達の目の前に現れたことで驚いた彼らがその場で腰を抜かした。
スアピとムランも挟み込むようにテントの両脇から走ってくる。
「大丈夫か!イヨン!」
「オラ!挟み込んだぞ!」
あの黒衣の男のことを想像し、三人が来てみると、敵と思っていた者達は情けなくへたりこみ震え上がっているただの少年二人だった。
「なんだ?こいつら?」
拍子抜けしたスアピが槍を肩に担いでしゃがみこむ。
「おい…お前等何者だ?」
本人的には穏やかに聞いたつもりなのだろうが、少年達にはかえって迫力があったようで何も言えず震えている。
「だからお前達は何者だって聞いてんだろうが!」
なかなか口を開かない少年達にイラっとしたのか、スアピが大声を出す。
「ヒ、ヒイ~。ご、ごめんなさい」
なんだか自分が少年達に理不尽に絡んでいるように思えてきたので、後ろにいたムランにタッチし、代わりに聞いてもらう。
「……それで、君たちはどうしたんだ?見たところ見習い兵のように見えるけど?」
預かっている孤児たちの様子を見に孤児院に行き孤児たちと話をしているムランは慣れた様子で、まず彼らが話しやすいように穏やかな笑顔を浮かべながらゆっくりと質問をする。
彼らの服装や年齢を考えておそらく見習い兵であることは間違いないだろう。
しかし見習い兵が何故自分達を見張っていたんだろうか?
おそらくはアルベルトかガルムが命令したのだろうということは想像できたが。
しかし彼らから聞かされた理由は斜め上を行っていた。
『あの威張ってた傭兵たちをやっつけた戦士を見ようと思って…』
思わずスアピと顔を見合わせる。
当のイヨンはよく解っていないのかキョトンとした顔で二人を見ている…。
「本当にこの方があの騒動をおこしたのですか?」
テントの中でイヨンの持ってきたスープを飲みながら少年の一人が信じられないという風にイヨンを見つめる。
「その通り!こいつがあの威張り腐ってた奴らをその馬鹿力でぶっ飛ばし…」
スアピが急に後ろに倒れる。
その一瞬後に鋭い斬撃が、さきほどスアピの頭があった所を通過する。
「…馬鹿じゃない」
「…っとまあ、こんな風に気が短いから気をつけろよ?」
一瞬でも遅れていれば頭が飛ばされていたというのに倒れこんだまま手を後ろに組んでニヤっと笑うスアピに少年達は困った顔をしている。
「確かにこんなに鋭い斬撃を出せるなら、あんな傭兵たちなんて目じゃないでしょうね…」
「傭兵って…、あいつら傭われた兵だったのかい?」
「はい…あいつらだけじゃないです。国軍とは名ばかりで八割はあいつらのように雇われた兵と街や村からの志願兵なんです」
「おいおい王国から直接派遣された精鋭の兵だと聞いてたぞ?」
スアピが上体を起こし意外そうな声を出す。
「それは実際僕達も入隊してみて驚いたのですが、実際の国軍所属者は司令官直属兵と将軍クラスだけなんです」
「なんだそりゃ…一体どうなってんだ?」
「わかりません…でも僕達としてはそんなことはどうでもいいんです。ただこのままじゃ使い捨てにされるかもと思うと…」
「おい!そんなことを上に聞かれたら!」
友人の言葉に少年はハッとした顔を浮かべべ黙ってしまう…。
「…そりゃどういうことだ?」
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