最終話 領地に錦を飾る

― 王国歴1033年 初夏


― サンレオナール王国北部、ボルデュック領




 ステファンの求愛を受け入れたルーシーは学院卒業式の直後、ボルデュック領に戻った。彼女にしてみればいつものように帰省しただけだったのだが、今回の彼女とステファンの帰還は町中の噂になった。


 二人が仲良く荷馬車の上で手を繋いでいたところを目ざとく目撃した町民が何人かいたからである。彼らはその後すぐにおめでたい知らせを聞くことになった。


 ボルデュック家に温かく迎えられたルーシーは、これまた妙なところで目ざとい父親のジョエルに報告するよりも先に聞かれた。


「で、君達式はいつ挙げるの?」


「お、お父さま?」


「あの、ボルデュック侯爵、先にお嬢様に求婚する許可を頂きたかったのですが……」


「許可も何も……今更これ以上待つ必要ないよね。ルーシー、ステファンがオジサンになる前にさっさと結婚してしまいなさいっ」


「オジサンとはひどいですね、ボルデュック卿」


「お父さまったらもう! そうよ、ステファンさんはまだ若いです!」




 結婚式はその秋にボルデュック領で行うことになった。ステファンの実家ラプラント家には二人で挨拶をしに行き、彼らがボルデュック領で結婚し、そこに留まることにも快諾を得たのである。


「僕らの式はやはりここボルデュックの教会で挙げないとね。君が王都の大聖堂じゃないと嫌だって言うのなら別だけど」


「まあ、ステファンさんったら! 領地の皆に祝ってもらえるこの町以上に相応しい場所はありませんわ」




 そして慌ただしく王都を引き上げるルーシーだった。特にアナは急な知らせに喜びながらも大層寂しがった。


「ルーシー、学院を卒業したと思ったらすぐに領地に帰ってしまうなんて……」


「お姉さま……」


「貴女の気持ちも分かるけれど……夏は王都でゆっくり過ごしても良かったのに、寂しくなるわ」


「だって私、もう……」


「ステファンさんと一時でも離れたくないのよね」


 ルーシーは真っ赤になりながら頷いた。


「ええ。四年越しの恋がやっと実ったのですもの」




 結婚後の二人はボルデュックの屋敷の母屋に住むことになった。


「将来のことはまだまだ分からないけれど、次男の僕はラプラント領ではなくてこの地に骨を埋めてもいいと思っているよ」


 そのステファンのその言葉は本当になる。王都でずっと王宮医師として勤めているテオドールは侯爵位を継ぐことには興味はなく、爵位を譲り受けたのは実質領地の管理をするステファンとルーシー夫婦となった。




 ルーシーが挙げた領地復興のための案は、ルーシー本人はすぐさま却下されたとばかり思っていた。しかし、そのうち幾つかの案はステファンが再考し実用化されることとなった。


 まず、いわゆる温室で植物栽培の案である。卒業式の時の薔薇の花束は、ステファンが密かにラプラント領で実験的に屋内で育てて咲かせたものだった。


「生花のような特別のお祝い事や行事に使うものなら、少々高くても冬場には売れるところでは売れる。流石に大量生産は出来ないけれどね」


 ルーシーに内緒でステファンは実家で冬の間も薔薇を咲かせるのに成功したのである。そして少しずつ冬に売り出した薔薇は、値段が張っても冬に生花を買い求めたいという王都の裕福な客層に人気となった。


 ボルデュック領で葡萄酒作りをするという案もあった。ルーシーの言葉にジョエルはこっそりアトリエの横に葡萄の木を植えて育てていたのである。


 ステファンの言葉通り、案の定葡萄が熟れる時期にはすっかり冷え込み、折角なった実は凍ってしまった。


「ステファン、やっぱり駄目だったよ。自分でたしなむ分くらいは葡萄酒が作れるかもと企んで植えたのに……」


 しょんぼりとしたジョエルは凍った葡萄をステファンに見せたのだった。彼はその果実を見て、一粒つまんで味見をしてみる。


「そうですねえ……いや、これは……ちょっとこの凍った葡萄で果汁を絞ってみましょう!」


 凍結したことにより水分が奪われ、濃縮された果汁から香りも風味も濃厚で糖度の高い葡萄酒が作れたのである。


 いわゆるデザートとして飲まれるアイスワインである。そしてボルデュック領のアイスワインは名産品として名を馳せるようになった。




 ある夜のことである。ボルデュック家の居間では夕食後皆で団欒中だった。侍女のマリアが皆にお茶を淹れてくれている。


「ルーシーが出してくれた案のいくつかは結局は日の目を見るようになったね。最初はとんでもないと思ったものでさえ」


「そうですよ、奥様はやはり私達が思いもよらないような提案をされますからなあ」


 執事のピエールは仕事の量は減らしたものの、未だにボルデュック家に勤めているのだった。


「さあ、私はそろそろ休ませてもらいましょうか」


 そしてピエールは自室に引き取った。


「私、これからもどんどん色んな提案をするから任せてね!」


「あまり何もかも張り切りすぎても、今あるものを更に充実させるのも重要だよ。君には薬師としての仕事もあるのだから」


「そうだよ、ルーシー。ボルデュック領は十分復興したじゃないか、あまり欲張り過ぎるのは良くないよ」


「そうですわね、お父さま。それに私には妻としての務めもありました」


「うん。夫婦二人でこれからも皆と一緒にゆっくり確実にボルデュック家と領地の発展に努めようね」


「はい!」


「よろしい、いい子だ」


「もうステファン、またそうやって私のこと子供扱いするのですから!」


「ははは、でもこうして笑いの絶えない賑やかな日々が夢だったんだよ、僕の若い奥さん。君とそんな家庭を一緒に築いていける、ありがとう。愛しているよ」


 ステファンはそうして長椅子の隣に座ったルーシーの腰を抱いて彼女に口付けた。


「ちょ、ちょっと皆が見ているところで……」


「もう誰も居ないよ」


 ピエールは一足先に休み、お茶を淹れていたマリアも厨房に戻ったのか居なかった。ジョエルもいつの間にか消えている。ボルデュック家の夜は静かに更けていくのだった。



     ――― 完 ―――




***ひとこと***

三年間待った分、二人幸せになりました。ボルデュック領もますます発展していくことでしょう。

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