第十一話 遠くの恋人より近くの他人

 アナとジェレミーが発った後、ルーシーはステファンに聞いてみることにした。


「ステファンさん、ルクレールさまのこと良くご存知なのですか? どんな方ですか?」


「うーん、実は僕も今日初対面だったんだ。彼は有名人だったから僕は貴族学院時代から知っていたけれどね。学年も学科も違ったし、途中で編入した僕のこと彼は知らなかったと思うよ」


「どんなふうに有名だったのですか?」


「彼自身は問題児で良く授業をサボったりしていたみたい。あれだけ格好いいからもちろん女の子にはとても人気があったよ。僕が編入した時にはもう彼の姉君が王太子妃として王家に輿入れされることが決まっていたからそういう意味でも有名だったね」


「そんな方が……(なぜうちの姉なんかと……)」


「ルーシー、考えていることが顔に出ているよ」


「えぇっ?」


「僕が思うに、あの二人お似合いの夫婦になるのじゃないかなあ」


「ステファンさんはどうしてそう思われるのですか?」


「ただ何となくだけどね。ジェレミーさんだってね、そっけ無く振る舞っているけどアナさんのこと満更でもなさそうだ」


 ルーシーにはそのステファンの確信が理解できなかった。




 それからしばらくして、ルーシーはミランダたちから大変なことを聞かされた。


「ルーシー、大ニュース! 気を確かに持って聞きなさいよ!」


「なあに?」


 ミランダとソフィーはお互いの肘をつついている。


「ねえ、もったいぶってないで早く言ってよ」


「実はね、貴女のステファンさまが昨日若い女と一緒にいたのよ!」


「え?」


「あれはボルデュック領の人間ではなかったわ」


「それって……ステファンさんの恋人なのかしら?」


「分からないわ。その女、昨晩はうちの宿に泊まったわよ。食堂で二人何か話していたから給仕しながら気を付けていたのだけど……」


「私は彼らの後ろの席に座って少しだけ会話を盗み聞きしたわ。女の名前はロレッタ、どうやら彼の領地の人みたい。でもね、仲の良いラブラブカップルという雰囲気には程遠かったって言うか……周りがうるさくて聞こえないのよ!」


「悪かったわね、騒々しい食堂で!」


「彼女は折角こんな辺鄙な地まで来たのにとか何とか……でもステファンさんの方はね、ボルデュックの屋敷に泊めるわけにはいかないって……」


「だから昨晩うちの宿に一泊してね、宿帳を確認したわ。名前はロレッタ・ゴスランよ。ステファンさんは仕事で忙しいでしょうし、昨晩はお屋敷にお戻りだったでしょう?」


「ええ、昨晩も夕食は皆と屋敷でとっていたけれど……彼、恋人か婚約者が居たのね……それも不思議ではないわ……」


「ルーシー、気落ちするのはまだ早いわよ!」


「そうよ、今日は放課後残れるの?」


「いいえ、すぐに帰ってマリアを手伝うって約束したから……」


「分かったわ、ソフィーともっと探りを入れておくわ!」




 その晩ステファンはボルデュック家で夕食を取らなかった。ルーシーは気が気ではないが、ステファンに本当に恋人が居るのならしょうがない。


 夕食後は宿題にも手がつかず、ステファンが帰宅するのを今か今かと待っていた。気になって仕方のないルーシーはジョエルのアトリエにまで足を運んだ。ここなら隣の部屋にステファンが帰ってきたらすぐに分かるからである。


「お父さま、お茶を持ってきました。お邪魔でなければ……」


「ルーシー、まだ起きているのか? もう遅いだろう」


「お父さま、私もう十四ですよ。初等科の子供ではないのですから……」


「私にとってはルーシーはいつまでも小さな末っ子のルーシーだよ」


「そうですね」


 父親と話している間も隣の部屋で物音がしないだろうか気になってしまう。


「ステファンさんは今晩はまだお帰りではないのですね」


「そうだね、珍しいね彼にしては」


「ええ……私、そろそろ母屋に戻ります……お休みなさい、お父さま」


「うん、お休みルーシー」




 ジョエルのアトリエには彼自身が描いた家族五人の肖像画がある。まだ赤ん坊のルーシーを抱き座っている母親の両隣にテオドールとアナ、皆の後ろにジョエルが立っている絵である。ジョエルはその絵の中に居る彼の亡き妻に向かってぼそりとつぶやいた。


「私たちの小さなルーシーも恋をするような歳になったとはね……」




 その時母屋に向かって歩いていたルーシーの耳に馬車の音が聞こえ、ステファンが帰宅したのを確認した彼女はほっとした。


「ステファンさん、お帰りなさい」


「ルーシー、こんな夜遅くにどうしたの?」


(ステファンさんまで……子供はもうとっくに寝ている時間だって言いたいわけ? 自分は恋人と会ってきたのよね!)


「父のところにお茶を持っていったところです……お休みなさいっ!」


 ルーシーは母屋に駆け込んだ。




 翌朝学校でルーシーは友人たちの報告を聞いていた。


「ミランダのお母さんなんてね、娘が急に自ら手伝いをかって出るようになったから怪しんでいるのよね……」


「安心しなさい、ルーシー。貴女のステファンさまは彼女と食事をしただけよ、彼女の部屋には一歩も入ってないわ。私、ずっと見張っていたもの。それにね、あの女は今日の乗り合い馬車で帰るわよ。ステファンさんが宿の受け付けで馬車の時間を確かめていたから」


「そう……」


「何よ、元気出しなさいな」


「あの女、結構美人だけどキツい感じで我が儘っぽいわ。小悪魔っていうか意地悪な猫みたいなタイプ。うちの町にいるとやたら目立つのよね。だって場違いで派手な高価なドレスを着ているのよ……王都や大都会じゃないのにね……賊にどうぞ襲ってくださいって言っているようなものよ」


 ミランダは歯に衣を着せない。


「そりゃあ私だって彼女が着ていたような流行りのドレスには憧れるわ。でもね、祭りの日でもないのに……」


「貴族なのかしら?」


「私たちには分からないわねぇ。だって知っている貴族と言えばボルデュック家の方々だけだもの……ああ、貴女のステファンさまもそう言えば貴族だったわね」


 友人たちはふざけて『貴女のステファンさま』などと呼ぶのだった。しかし、こんなことをステファンには絶対聞かせられない。ルーシーに対する彼の態度は常に幼い妹に対するそれである。




 その日帰宅したルーシーは執事のピエールを捕まえてこっそり頼み事をした。


「ねえピエール、ステファンさんがね、若い女性と一緒のところを町で目撃されたのよ。領地の人じゃないそうなのだけど、彼にそれとなく聞いてみてくれない?」


「それは私も知りませんでしたね。彼を訪ねてどなたかいらっしゃったのでしょうか。他でもないルーシーお嬢様の言い付けです、このピエールにお任せ下さい。と言ってもステファンさんもご自分のことをペラペラ喋る方ではありませんから……」


「あの、私が色々探っているとは言わないで欲しいのよ」


「承知しておりますよ」


 そしてしばらくしてピエールから報告が入った。


「お嬢様、駄目でした。ステファンさんは口が堅くて……鉄壁の守りです。でも私が思うに彼を訪ねて来た女性とは特にねんごろな仲というわけでもなさそうですね。特別な関係であることを隠したくて口を割らないような感じではなかったです」


「そう……ありがとうピエール。また何か分かったら教えてね」


「もちろんです」


 ピエールから聞いたことをどう取っていいのか考えてみたが、良く分からなかったルーシーだった。


「ラブラブで片時も離れていたくない恋人同士ではないってことみたいだけれど……」




***ひとこと***

ルーシーパパ、意外にも娘の気持ちに気付いています。そしてルーシーお嬢さまのために一肌脱ぐ忠実な執事ピエールさんですが、諜報活動にはあまり向いていないようです。

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