6.元素魔法教室
コロは模様替えした後、せき込みながらマモリの後を追いかけた。マモリはもう胸元に隠し物はなく、一人せかせかと教室を自分の思い通りに飾り付けしていた。マモリぐらいの元素魔法の専門家になると、何もないところから棚を生やしたりすることができる。対価として少し森の木が減る。机やいすも仕立て上げ、黒板の場所にはチョークを生やし、チョークの粉で元素魔法、エレメンタルマジックと書いた。
「コンクリートが好きなんだと思ってた」
「本当は石壁が好きだ。」
杖を壁に向けて壁をごつごつと削られた石にした。この万能さにコロは親近感を抱いている。
「さて。コロ、やけにそわそわしてるじゃないか。いったい何を隠してる」
それはマモリの方も、と言いたげにコロはマモリを見たが、ポケットから素直に、二つの宝石箱を取り出した。
「これ。私の友達。」
二つとも同時に開けると、昨日と同じように光を吸収してから人型を成した。二つの宝石の原石を構成したのがマモリの祖父に当たる人物だというのは宝石箱を見るだけで分かった。ミセスジュエリーボックス。英世に何度か渡り、夫人とマモリは顔を合わせたことがある。目が大きいとは言えないが、瞳が大きく、濃い色をしていて、差し込まれた光が妖美な人物だったと覚えている。長いこと親睦のある人物だが、最近祖父が言うにはどこかの傘下に入ったという。入ってしまったともいえる。コロがこれまで欲しいとせがんだものであったし、
「よかったな。」
とだけしか言えなかった。複雑だ。
最悪、マルーリに説明を丸投げするかもしれないな。と思いながら二人の宝石を見た。昨日姿を現した時の恰好ではなく、チョウメイはいわゆる学ランをパステルカラーに変えたものを着ていて、ルイはネックウォーマーにRという大きな飾りをつけて、黒い服はマントに見えるが、半分顔が隠れているのでてるてる坊主に見える。あえて説明するが、これはコロの趣味ではなく、二人の好みの結果だ。
奴隷のように働かされている宝石しか知らなかったので、コロが見せた二人が信じられなかった。宝石たちは、光の質量のあるホログラムだ。本体は首元
にある宝石。なので首元を隠す格好をしている。
あと、ヤマメに代わって従者として面倒を見ていた身としては、宝石を友人として初めて紹介されたことにも動揺した。
数分、少しざわめく声が近づいてきた。マモリはまだ自分の教室で準備をしているが、コロは宝石を連れて、もっと自然な関係を築いてくると宣言しどこかに行った。
第零章でマモリ、ヤマメ、ホウライは杖を使用して元素魔法を行使したことはなかった。ここは、空白を説明させていただこう。
ある日マルーリはなんとか暇を見つけて、城の杖を探しに向かった。どこにあるかは明確に分かっていたものの、最下階の広間に行くのはどうも骨が折れる。というわけで、かなり先延ばしにしていた。湿原の方にキョウマで降りて、門から入れば早く済むが、マルーリは巨大な門を開けることができるほどの怪力を持ち合わせていない。
広間の大階段の間の謁見用の階段。そこに飾られている。蛇の装飾とうろこの装飾。手触りは異形の森の木のもの。蛇の頭をよく見ると目が4つ。マルーリは試しに門に向かって杖を振った。
門は強風に吹かれたように勢いよく開いた。
マモリはその光景を見ていた。
そもそも杖というのは、歩行を安定させ、足腰の掛ける負担を減らし、安心感をもたらすものである。それが発展し、位を象徴するものになったものもある。だが、杖と先代が呼んだ装飾された棒は不思議な力を持った。
どちらのハーモニウムも成長する。生物並みに髪が伸びたりするのだ。マモリはそれを切り取りオーブにしていたが、手のひらにあるオーブも膝にあるオーブも、どちらも既に巨大になりすぎていた。どうするか、と考えていたところで、城を操る杖を見た。
現在マモリが使用している杖は大部分が異形の森の木。それに自身のオーブを少しずつ練りこんでいる。集中が一点に集まるようになったので、元々巨大な力であるマモリの元素魔法は、安定を手に入れ、より力強いものになった。
二度と、他の人にマモリ自身の過剰なエネルギーを触れさせることはない。
ざわめきが教室の手前まで来ると、マモリはたった一つの扉を杖一振りで開けた。
「入り給え」
入ってくるのは比較的グリマラでも若いエバーワールダー達。半分ぐらいの人が異形のようだが、ブラックウィンの黒ずくめや、ホワイトウィンのつまらなそうな奴らもいる。この中で目を引いたのは、カゴウの末子ユウガとその一つ上ホタル。それと目が虚ろなスイセイとスイセイを追ってきたツキヨ。
紫髪の大理石肌に少し顔をしかめたが、相談しながら席を決められてゆき、割とスムーズにざわめきが収まると、マモリは杖を振って扉を閉めた。いつまで待ってもコロは来ないだろうと思ったからだ。
「さて、昨日お知らせしたとおり、マルーリさんが他の教授者を見つけるまで私一人がここで教室を開く。元素魔法。
ご存知の通り、私は元素魔法を発生させた一族、エレメトの一人であり、現当主である。エバーワールドの隣星、バイサーバの方では元素神をしている。
今日は、元素魔法の成り立ちや誰でも使える程度の元素魔法を教える」
描写すると、まさに魔法使いの使う部屋という風に飾りつけられたこの教室。重たい長机、同じような椅子。石壁に沿っておかれた木の棚には生物の内臓やら植物を乾燥させたものやらが所狭しと置かれている。
そんな中、服もバラバラで、姿かたちもバラバラな人たちが一番この部屋の雰囲気にそぐわない恰好をしている、赤芋ジャージのマモリを見ている。
マモリもその雰囲気の違和感に気づかない人ではないので、また杖を一振りして、赤芋ジャージの上から、ベージュ色のローブと、マモリの髪より明るい色のスカーフにかぶせて、六芒星が描かれたペンダントが現れた。
一部は「おぉー」と目を輝かせる。残りは、マモリの恰好を見て、「ああ、あの人か」という感じだ。赤芋ジャージより今の恰好の方が知れているのだ。
「まず、元素魔法と相反するエバーワールダー固有の能力を分かるものは?」
ユウガが手を上げる。
「どうぞ」そう言ってユウガに手を向ける。
「シェイプシフト、変身です」
「その通り。元素魔法は外に影響をあたえ、シェイプシフトは自身に影響を与える。ただし、想像力がどちらも必要だ。
元素魔法を行使すれば、異形たちの本当の姿を暴くこともでき、それより強力なシェイプシフトを自身に施せば、それを止めることができる。
この関係は覚えておいてほしい。
元素魔法は、エレメトが考え出したもので、その昔、先代の世のときまで、山が煙を吐き出していたのを知っているのは…この中にはいないな。とにかく、先代がホウライ・エレメトやヤマメ・エレメトを説得させるまで山は煙を吐き出していた。それまでエレメトは岩の中にいた。
どうして岩の中、山の中に閉じ込められていたのかを私は知らないが、」
一瞬、ツキヨを睨みつけた。
「その環境が元素魔法を生み出した。無からは何も生み出せないが、有り余るほど岩があったので、それの構成を組み替えることで生活に色を加えたんだ。
もし、祖父や大伯父が、誰かに陥れられたのであれば、同じ目に遭わせることは当然といえる。」
スイセイの目の前で手を振って、スイセイの気を確かめていたツキヨはマモリを見た。マモリは睨みつけた時にそのしぐさをしているのには気づいていなかった。
「どうしたんだ?」
「こいつ、なんかおかしいんだよ。いっくら引き留めても何も言わずにづかづかと。普通じゃないって何か、思って。ついてきた」
周りの視線がスイセイに集まる。それにも関わらずスイセイはどこか向こう側を見ている。ツキヨはマモリに好きで来たわけじゃないという風な顔をした。
マモリはスイセイの席までいき、目をよく見た。
「手荒だが、仕方ないな。上昇せよ」
少しずつ、スイセイの体から汗、というより、スイセイの体が溶け出す。指の第一関節が形を失ったとき、スイセイの目に力が戻った。
「はあえ!?なんでこんなところに!?しかもとけてう!?」
「下降せよ。すまないな、どうも気が飛んでいたようで。あんたを戻すにはこの手しかなかった。煉獄でも見たか?」
スイセイの体が白くなると、溶け出した部分が元に戻った。
「いえ、普通に本を読んでいただけで、その最後に何かを読んでから、その文が…なんだったか思い出せないです」
「はあ、すまないが今日はこれで終わらせていただく。あんたはもう少し診させてもらう。その同居人は帰れ。」
学校の最初の一日は、不可思議な事件から始まった。
コロは吹き抜けの広間が見える部屋、昨日式典を見るのにスイセイが入った部屋に二人の宝石を連れていた。三人の真ん中にはホログラムのマモリの教室が映し出されている。
「さすがマモリだ。私の術を解いた。」
宝石たちは反応を示さない。それこそ石像のように、全く動かない。
教室からスイセイとマモリ以外の人がすべて出た後、マモリの教室からホログラムを映し、一人歩いている人物に注目した。スイセイと同じように目が虚ろになっているシルヴィアだ。
「そろそろ彼女にご挨拶しに行こうか。」
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