『未確認生物』と『信仰』

えるす

プロローグ 未確認生物と森の図書館

「今回は一段と大きな噴火ですね、博士」


 図書館の窓から外を眺めていた私は、博士の方へ振り向き声をかけた。


「そうですね、助手。フレンズが増えるのは喜ばしいことですが、セルリアンも多く生まれるでしょう。しばらくはいつも以上に警戒するよう呼びかけなくては……」


 博士は読んでいた本から顔を上げ、窓の外を見やった。星の光を覆い隠すほどの虹色の輝きが、夜空を覆い尽くしていた。





 一週間前に噴火した火山は、いまだに『サンドスター』を噴き上げ続けている。

 サンドスターとは、島の真ん中にある火山から時折噴き上がる虹色の輝きだ。それが動物や、動物だった物に触れると我々『フレンズ』を。無機物に触れると『セルリアン』を生み出す。

 私もかつては「ワシミミズク」という鳥だった(もっとも、その頃は自分にそんな名前があることは知らなかったのだが)。しかしフレンズになり、今はこの島の長である博士こと「アフリカオオコノハズク」のフレンズの助手をしている。


 サンドスターから生まれるもうひとつの存在……セルリアンは、フレンズに対して強い攻撃性を持っている。

 何がセルリアンにそうさせるのか。正確なところはよくわからないものの、セルリアンに食べられたフレンズはサンドスターを奪われ元の動物に戻ってしまう。そこから考えるならセルリアンの目的はサンドスター……それも火山から噴き出したばかりのものと、フレンズと反応したサンドスターには何か違いがあるのかもしれないと考えられるのだが……


 ともかく、セルリアンはフレンズを襲う。しかしフレンズになる前の動物を襲うことはない。これが何を意味するか?

 フレンズになったばかりの動物は、セルリアンに対して警戒心を持っていない、ということだ。そうしたフレンズは容易にセルリアンの餌食になる。

 もちろん例外もいる。野生の勘で直感的にセルリアンを敵と認識し、逃げたり戦ったりする者も。


 一番の問題は……「野生の勘」も、逃げたり戦ったりする技術も身につけていない幼い動物がフレンズになってしまった時。

 フレンズになった動物は、元の動物とはかけ離れた姿となる。それはつまり、群れの中で同族と見なされないということだ。

 幼い動物がフレンズになる。親から子と見なされなくなる。親と離れ離れになる。セルリアンに襲われる。元の動物に戻る……あとはもうほとんど決まっている。生きる力を持たない動物に待つのは死のみだ。

 しかしセルリアンに襲われる前に他のフレンズと出会うことができれば、フレンズの中で生きていくことができる。だから少しでも多くのフレンズをセルリアンより早く見つけ、助けてやりたいのだ。


 のだが……今回の噴火は、サンドスターの量がかつてないほど多い。各地のセルリアンハンターも頑張ってくれてはいるが、生まれるフレンズも、セルリアンも多すぎる。かつてないほどの犠牲が出ることは、避けられそうもなかった。





 現在、ジャパリパークは各ちほーに「指揮をできるフレンズ」と「戦えるフレンズ」を配置してパトロールに当たらせている。

 博士は図書館でパーク全体の指揮。各ちほーの指揮をしているフレンズが、鳥のフレンズを通して図書館に状況を報告する。その情報を元に、各地にどの程度ハンターを配置するか、どの程度ジャパリまんを配給するかなどを決める。

 私はしんりんちほーのフレンズの指揮。ハンターや腕の立つフレンズに指示を出しつつ、連携してセルリアンを狩る。フレンズには昼行性の者と夜行性の者がいる。だから戦える者は実力を最も発揮できる時間帯に動き、それ以外の時間帯は休息をとらせるようにしていた。私も昼はハンターに現場を任せ、休んではいる。しかし連日の戦いで疲れが取れなくなりつつあった。この戦いはいったいいつまで続くのだろう……





 太陽がまだ昇る前、空が僅かに明るくなり始めた頃。私はようやく図書館に帰りついた。夜の間ひたすらセルリアンを狩り続け、私は疲れきっていた。

 今日はただでさえ増えているセルリアンがとりわけ多く、いつも以上に気の抜けない狩りだった。それにいつも以上に大きい個体が多く、飛べるフレンズ(つまり私のことだ)でなくては石を狙えない場面が多かった。おかげで余計に疲れが酷い。

 入口で見張りをしていたハンターを見つけ、少し話す。


「お疲れさまなのです。様子はどうですか?」

「あっ、お疲れさまです助手。今日はセルリアンが多かったようで、報告がひっきりなしでしたよ。今はようやく落ち着いて、みんな休めてますが……」

「……やはり、他のちほーもそうなのですか。こちらも酷いものでした。情報感謝するのです。お前も交代で適当に休むのですよ」


 そう言い残して私は図書館に入った。落ち着いたと言っていたが、博士は休めているだろうか?





 図書館の中央には、一本の大きな樹が生えている。私も博士も元がフクロウなので、普段は樹の上にいることが多かった。

 でも今の博士は、見張りとの連絡を取りやすくするため下に降り、椅子に座って仕事をしている。おかげですぐに博士の元へ行けた。一晩中飛び通しだったので、翼はもうへとへとだ。


「ただいまです、博士」


 声をかけると、博士は顔を上げてこちらに笑顔を向けた。


「おかえりです、助手。お疲れさまでした」


 博士の笑顔を見ると、疲れが和らいでいくのを感じた。しかしまだ起きているところを見るに、博士はまだ仕事が残っているのだろうか。


「博士、まだ仕事が終わらないのですか? でしたらお手伝いしますよ」

「あっ、いえ、もう仕事は終わっているのです」

「……?」


 なら、博士はなぜ起きていたのだろう。


「報告があれば、見張りのハンターが知らせに来てくれます。今は休める時にしっかり休まないとですよ、博士。それも長の仕事……」

「いえ、それはわかっているのですが……」

「でしたら……」

「ですが……助手の無事を確かめなくては心配で眠れなかったので。それに最近、助手が帰ってきても仕事があって会えないことが多かったですから、その……」

「博士……」


 ……博士はズルい。そんなことを言われては、言い返せるわけがない。


「あっ、決して、助手の力を疑っているわけではないのですよ? 私は助手を信頼してるのです。でも今日は特にセルリアンが多かったようなので、万が一ということも、と思って……。助手を狩長にしたのは私ですし、もし助手に何かあっては……」

「博士」


 私は博士の言葉を遮り、努めて優しい声で語りかける。


「確かに私に狩長を命じたのは博士です。でも、それを受けたのは私なのです。私がやりたいから受けたのです」

「助手……」

「博士が私を信頼してくれているのは、しっかりわかっています。私はそれが嬉しいのです。だからこそ、私はその期待に応えようと、こうして頑張っているのですよ」


 博士は本当はとても臆病で繊細なのに、島の皆の前ではふてぶてしいほどに堂々と振る舞う。長が堂々としていなければ、皆を不安にさせるから。

 そんな博士の唯一の心の拠り所が私、助手だった。だから博士が私を必要としているなら、応えてあげたいと思う。博士が皆を不安にさせないよう頑張っているなら、博士が不安になったとき支えるのが助手である私の役目だと思うのだ。


「……そうですか。いえ、そうですよね。大丈夫です。信じていますよ、助手」


 博士の顔が少し柔らかくなったのを見て、私は別の話を切り出した。


「そういえば、森で面白いものを見つけたのですよ、博士」

「面白いもの?」

「本です。図書館にあるべきかと思い、持って帰ってきました」


 私は本を取り出し、博士に表紙を見せる。そこには『未確認生物図鑑みかくにんせいぶつずかん』と書かれていた。


「未確認生物……ヒトが空想で生み出したという動物、ですね」


 博士はなんでも知っている。私も知識の量には自信があるが、博士には遠く及ばない。だから私は博士のことを尊敬していたし、博士から知識を授けてもらうのが好きだった。博士の解説が始まる。


「パークにヒトがいた頃には、『未確認生物のフレンズ』もパークにいたようですよ。あの四神もフレンズの姿をとっていたとか……もっとも、向こうは未確認生物というよりその上、『神』と呼ばれる存在だったようですが」

「その『未確認生物』や『神』のフレンズが今いないのは、ヒトが消えたからなのでしょうか? 博士」

「おそらくは、そうでしょうね。本来存在しないものがヒトの信仰によって姿を、力を与えられていた……」


 そして何より、私はこうして博士と答えのわからない話をするのが大好きだった。他のフレンズではこんな話はできない。これは私と博士だけに許された特別な時間であり、今はいつ終わるともしれない戦いの日々の束の間の憩いでもあった。


 しかし、そんな時間も長くは続かない。やがて日が昇り、図書館に朝日が差し込み始めた。


「……名残惜しいですが、そろそろ休みましょう、博士。私も、一緒ですから」

「……そうですね、助手」


 我々はこの島の長だ。我々がやらなければならないこと、我々にしかできないこと、我々自身のための時間より優先しなければならないことが、今はたくさんある。


「……助手」

「なんでしょう?」

「この本、私がもらっても構いませんか?」

「え?」

「そ、その……助手から私への、贈り物ということで……」


 私はしばらく呆けたような顔をしたあと、思わず笑いだしてしまった。


「や、やはり変でしょうか……」

「いえ、いいですよ。これは私から博士への贈り物です。大事にしてくださいね」

「……はい!」


 すると博士が本を大事そうにぎゅっと抱きかかえるので、私は思わずまた笑ってしまいそうになるのを必死でこらえる。でもこんなに喜んでもらえるとは思っていなかったので私も嬉しかったし、持って帰ってきてよかったなぁと思う。

 我々は椅子を並べて、お互いの肩に頭を預けて眠る。なんだが久しぶりの感覚。博士の体温が心地よかった。


「おやすみなさい。助手」

「おやすみなさい。博士」


 そう言って目を閉じると、忘れていた疲れが蘇ってきて、私は瞬く間に眠りについていた。





 いったいどれほど眠っていただろうか。私は急に何かに吹き飛ばされ、目を覚ました。


「うっ!?」


 椅子から床に転げ落ち、体を打った。


「痛たたた……」


 何事? セルリアン? しかし辺りを見渡しても何も……


「……博士?」


 私からかなり離れた床に、博士が倒れている。


「博士!」


 私は博士に飛び寄り、抱え起こした。体の疲れは残っていたし、床に叩きつけられた時の痛みもあった。でも、考えるより先に体が動いていた。


「大丈夫ですか博士!?」

「う……」


 よかった、とりあえず意識はある。しかし私よりも強く体を打ったのか、私の腕の中でぐったりしている。


「いったい、いったい何が……」

「助手、あれを……」


 博士はそう言って、私の背後を指さした。思わず振り向くと、床に緑色の炎が立ち昇っていた。


「な……」


 それも恐らく、ただの炎ではない。炎を中心に、サンドスターが集まってきているのだ。窓から大量のサンドスターが流れ込み、部屋の中に風を生み出しながら、本に向けて殺到していく。サンドスターが増えるほどに炎は燃え、炎が燃えるほどにサンドスターの輝きは増していき、それはやがて部屋中を照らしだし、目に痛いほどになった。

 そのうちに今度は段々とサンドスターが収束していき、緑色の光が何かを形作り始めた。何か我々の理解を越えたことが起きようとしている、それだけはわかった。それがパークにとって良いことなのか悪いことなのかはわからない。しかし、あまりに理解を超えた光景を前に体が動かず、私はただ吹き荒れる風から博士を庇いながら一部始終を見ているしかなかった。





 やがて、再び爆発が起こり、それとともに炎と光が消え去った。

 しかし何か、煙か霧のようなものが立ち込めよく見通せない。私は煙の向こうに向けて目を凝らした。

 目を凝らす。目を凝らす。目を──


 ──目が合った。


「……!」


 思わず身構える。何者? セルリアン? いや、たぶん違う。あの感情の感じられない丸い一つ目ではない。横並びに二つ。視線から我々と同じく、こちらを警戒しているのを感じた。

 睨みあっている内に、煙が晴れ始める。段々と見えてきた相手の姿を前に、我々はようやく口を開いた。


「……フレンズ……ですよね? 博士」

「……ヘビのフレンズ……に見えますね、助手」

 

 フードがあればヘビ。フレンズの基本的な見分け方のひとつだ。眼前の、おそらくフレンズだと思われる存在には、ヘビの特徴であるフードがあった。赤い目の付いた茶色のフードに、より濃い茶色の縞模様が走っている。模様は頭から胴体、腕、そして尻尾まで続いていた。フードの下から覗く髪は青みがかった緑色で、瞳もまた同じ緑色の光を放っている。

 見た目だけならヘビのフレンズで間違いない。しかし、その誕生の過程と、そして対峙してから今まで続く何か異様な雰囲気が、断定を難しくしていた。


「博士、あいつは……本当にフレンズなのでしょうか? あんな生まれ方をするフレンズなど、見たことも聞いたことも……」

「形を見るならフレンズですが……だとしても我々とは何か異なりますね。それに過去には『フレンズ型のセルリアン』がいたなどという話も……」


 博士がそこまで話した時。


「……何をコソコソ話してる」


 そいつは唐突に口を開いた。


 その時に感じたものを、なんと形容したらいいだろうか。

 恐怖、とは違う。我々を圧倒する何か。一言で言うなら、


 圧。


 ただの質問。でもその瞬間我々に向いた意識、そこに込められた力は、普通のフレンズのそれとはまるっきり違うものだった。


「あ……う……」

「は……博士……」


 博士はそれだけですっかりすくみ上がり、震え出してしまった。

 取り乱した博士を見て、逆に私は少し冷静さを取り戻す。平気なわけではない、でも、私が、私がなんとかしなければ……! 少なくとも、こいつは意味のある言葉を発した。ならば、話しの通じる相手であるはず……


「お前は……何者ですか」


 ……ダメだ。やっぱり、私も相当に気が動転している。生まれたばかりのフレンズに、自分が何者かなんてわかるはずもない。それを調べ、教えてやるのが長としての我々の仕事の一つなのだから。


 しかし。


「オレ……? オレは……」


 そいつは少し考え込んだあとに、


「……ツチノコ」


 そう答えると、前のめりに倒れて、そのまま動かなくなった。

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