2


柳悟やなぎさとるは退屈していた。




学校にいてもやることがなくといって家にいてもやることはない。




およそ彼にはやりたいことがなかった。




いや、なくなったというべきか。




周りでは同じく退屈しきった顔で男子がパズルゲームをぽちぽちやっている。




別に楽しいわけではないが惰性なのだという。




女子も同じパズルゲームにいそしんでいるものもいれば、恋愛ゲームで割合楽しそうにデートをしているものもいる。




残りは仲間同士で談笑だ。




全員が満足しているわけではないだろうが、それでも何かしらで時間を潰せる彼らを悟は




羨ましく思う。




彼にはもうそんな気力もなかった。




青い空を窓枠を通じてぼーっと眺めていると。




しかし驚くべきことがおこった。




「おい、お前だろ、あの書き込み!!」




「はあ、な、何のことだよ!!」




いきなりのどなりごえ。




クラス中が吸い寄せられるように声の出所を探った。




悟は振りかえると、すぐに目についた。




一ノ瀬に斉木。




どちらもクラスの上位種だ。




別に傍観者を決め込んでいるわけではないが自然そういう立ち位置におさまっている悟よ


り遥かに上の存在。




そんな彼らが激するなんて、ひどく珍しい。




彼は目の前の背中をちょいちょいと叩いた。




「なんだよ悟?」




馴染みの遠藤が怪訝な顔でこちらに問いかける。




悟は尋ねる。




「どうしたんだ、アレ?」




すいっと指差した先では一ノ瀬が斉木につかみかかろうとして、周りに取り押さえられて


いる図があった。




「なにがあった?」




「ああ、あれか。…ゲームだよ」




「ゲーム?」




「そ」遠藤はやれやれといった様子で「ゲームが原因」




まさか一ノ瀬や斉木といった上位種がそんなことで争うとは思えず、悟は眉をしかめる。




遠藤もその疑念を読み取ったのか口調を正して




「や、ゲームが原因っても、ゲームそのもののことで争っているわけじゃなくてな。」




「じゃあいったい何がー」




「『ジャバリング・デッド』ってゲーム、知ってるか?」




ジャバリング・デッド。




悟も聞き覚えがあった。




斜陽に入りつつあるスマホゲーム界隈で唯一売上を伸ばしているゲームだったはずだ。




「そのジャバリング・デッドがどうしたんだ?」




「昨日、新システムが導入されたんだけどな、そのシステムが問題なんだよ」




そこで遠藤は詳しいことを自身あきれつつ話してくれた。




いわく、ジャバリング・デッドは単純な格闘ゲーム。






しかしその本質は残酷さにあるという。




「残酷さ?」




「簡単に言えば敗者へのペナルティがヤバイのさ」




「…例えばどんな」




「そうだなあ」遠藤はちょっと考え込んで




「まずこのゲーム。プレイヤーごとにポイントが与えられててな」




「ふむ」




「勝てばよりポイントが多く得られる。そのポイントは通貨としても使えて、現実の商品と


交換できる」




それだけならそれほど珍しいシステムでもない。




むしろ順当なソーシャルゲームだ。




「それのどこが?」




「だから敗者がさ…例えば、リーグごとに対戦するんだけどな、上位リーグによってはそれまでのポイント全没収されることも珍しくない」




「は?」




「そんで敗者のプレイの晒しあげも行われる」




「公式が?」




「そう、公式が」




遠藤はこくんとうなずいて




「このゲーム、敗者に対してこれ以上ないほどキビシーんだよ。嗜虐心を煽るような設計になっているというか…」




「そんなのが人気なのか?」




「性格の悪いやつが多いんだな」




遠藤はひとりで納得している様子だった。




悟はまだ怒り冷めやらぬ様子の一ノ瀬と斉木をちらりとみやって




「じゃあ、あいつらが喧嘩してるのは?」




「新システムのせいだ」




「新システム?」




「ああ。昨日導入された。まさしくゲームタイトルを現しているシステムだ」




「タイトルって…」




「ジャバリング・デッド」




「口さがない死者…」




それを体現するとはどういう意味だ?




遠藤「ちょっと待ってろ」と言って何やらごそごそやっていたが、やがてスマホを取り出し


てくると




「実際にやった方が早い」




そして彼はデフォルメされたドクロが蠢くタイトル画面を見せつけてきた。




「これな」




「これが?」




「そう。今新システムにアクセスするから」




そしてまたしばらく画面に向かって打ち込んでいたあと




「ほれ」




遠藤は悟を呼び寄せ、画面を見ることを促す。




悟は立ち上がり、しぶしぶそちらに動いた。




どこかデフォルトみたような横スクロールの、あやりに陳腐なバトルが流れる。




「オラっ!…このっ!…くそ!」




遠藤のプレイはお世辞にも上手いとはいえず、ちょっとした赤色の光を出しただけで後は




相手の紫色のドクロに一方的にやられてしまった。




『ゆーあルーズ』




馬鹿にしたような、ドクロで縁取られたフォントがおどる。




「弱っ」




「馬鹿、わざとだよ」




疑わしいが、敗者へのペナルティを見るには負けてみる必要がある。




「ほらっ」




遠藤の肩ごしにのぞきこんでいた悟は、次の瞬間に思わず目を疑った。




『ペナルティ


●柳悟はタンショウ包○野郎で????』




「…遠藤」




「ほらな」




「なにこれ?」




「俺のお前に対する悪口」




悟は一発殴る許可が欲しかった。




「まあまあ。これはあくまでサンプルだから」




遠藤は悟の表情に現れた憤怒を機敏に読み取り




「でもこれでわかったろ?」




「わかるかっ!!」




「えーと、つまりさ」




『ジャバリング・デッド』に導入された新システム。




それは敗者に「喋る」ことを強制するものだった。




「喋る?」




「この文章だけどな」




遠藤はスマホを振って示すと




「俺が新システムに参加するに当たって、予め書いて、運営に送っといたものなんだ」




つまりこういうことだ。




『ジャバリング・デッド』に新設された超上位リーグ。




それに参加するには、まずプレイヤーはある個人への悪口を書くことを強制される。




その誹謗中傷を運営に了承されれば後は同じ。




参加者はデフォルメされたドクロを操って戦うことになる。




ただし、負けたら失われるのはポイントではなく…




「その人間があらかじめ書き連ねていた悪口が晒されるんだ。ネット上に即座に拡散される」




それが敗者に対するペナルティ。




『口さがない死者』にさせられるペナルティだ。




嗜虐心を煽り、リスクをかける戦いとしてはこれ以上ないシステムだろう。




負ければ待っているのは炎上である。




「じゃあ、一ノ瀬と斉木が喧嘩しているのも…」




「どちらかがゲームのプレイヤーで、敗北したから誹謗中傷が流失したんだろうな」




互いを信じられないようなものを見るあいつらがこれで理解できた。




だが…




「そんなもの、適当な悪口を書いて参加すればいいんじゃないのか?」




悟の尤もな疑問に




「これが強制のデスゲームならさ、それもありだろうけど」




遠藤は首をふる。




「これはあくまでどこまでいってもゲームであることがポイントなんだ。これは自由参加


なんだよ。ゲームってのは楽しむためにやるものだろ?」




「だから…か」




「そう。だから参加者は、ガチの、漏れたらアウトな個人への誹謗を書き連ねて、リスクを得るんだ。その方が楽しいから」




そのリスクを取った結果が、今の上位種二人ということである。




悟はしかし納得がいかないようで




「それにしたって…そもそもこんなもの国が許すはずがない」






「だから余計に盛り上がってるのかもな」




遠藤は冷笑を浮かべて




「そうだ、悟、お前もやってみたらどうだ?なんせお前はー」




「ごめんだよ。こんなくだらないゲーム」




悟は吐き捨てるように言う。




気づけば一ノ瀬と斉木の喧嘩も収まっていた。




しかし不穏な空気は消え去っていない。




かつて天才的なゲームの腕で素人ながら名を馳せた悟。




彼の食指が動くことはなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る