第193話 港町
イングマルは事件の後、河沿いに移動しながら海に向かっていた。
今回のようになったのは「知らず知らずのうちにたるんでいるからだ。」と思い、一から鍛え直そうと思った。
以前ローズが「弱いままで居ること、不幸に甘んじていることは理不尽と悪意を招き寄せるのだ。」と言っていたことを思い出していた。
イングマルがはじめからちゃんとしていれば、今回のようなことにはならなかったかもしれないし、犠牲者を出さなかったかもしれない。
しかし病気やけが、自分の意思ではどうすることもできない場合がいつでも誰にでもある。
今回イングマルが悪意を回避していたとしても別の誰かが身代わりにされていて、撃退出来なかったら理不尽がまかり通っていたことになる。
「自分に降り掛からないから」と言っても、理不尽や悪意そのものが消えて無くなる訳ではないのだ。
このような事はこの先、いくらでも起こるだろう。
今のイングマルには理不尽や悪意そのものを無くすることは出来ない。
やはり自らを鍛え律し、どんな理不尽や悪意にも打ち勝つようにしておくしかないと思っていた。
とは言え何か特別な事をするわけではない。
いつものように早起きし規則正しく素振りを行い、動物たちの世話をし商品作りし、道具や馬車馬具を定期的にメンテナンスしていつも万全の状態にしておく。
最近は乗馬やクロスボウを使うことがほとんどないので特に念入りに訓練し手入れした。
一連の作業が体が勝手に動くように出来れば、それほど大変と思わなくなる。
だがその行為そのものが惰性ややっつけ仕事みたいにただ数をこなすことが目的みたいにならないようにしなければならない。
イングマルにはすべて経験から得たことであり作業の一つ一つが生存のための動作であり、一つとしておろそかにすることはない。
お座なりになりそうなときは、過去の恐怖や敗北感、後悔の念を思い出して気合いを入れ直すのであった。
イングマルは海に出た。
初めて見た海は強い風が吹いていた。
鉛色の荒れた波、空も同じくらい灰色で厚い雲に覆われていた。
向こうの砂浜で漁師が漁網を片付けていた。
感動というよりは厳しく寂しく辛い、そんな自分の運命そのもののようであった。
こんな海の向こうに別の世界があるとは信じられなかった。
そのまま海岸を何日も移動していると大きな港町が見えてきた。
王都も大きな都市だったがこの街も同じくらい大きな街だった。
が王都のような華やかさは感じられなかった。
行き交う人々も皆屈強な男ばかりで陰気な顔をしており、街並みは皆一様で
おしゃれとは無縁だった。
港には大小いろんな船が停泊していた。
天候不良のため避難しているらしい。
そのせいで街に大勢船乗りがたむろしていた。
目の前の大型船にイングマルは目を奪われた。
パッと見はずんぐりしていて大きな樽の建物のようだった。
船の大半は2本から3本のマストが建っている。
マストがなければ船は文字通り大きな樽だった。
しかしマストがあるお陰で大変美しいものになる。
王都で見た大聖堂も美しかったが、機能に徹した目の前の帆船はそれ自体が自然から生まれた生き物のようでとても美しかった。
河を行き交う船とは違い大型船は甲板が大分高い所にある。
そのため荷の上げ下ろしはおもにクレーンが使われている。
木造のクレーンは構造は現代の物と同じだで、ワイヤーを巻き上げるのは大きなドラムの中に人間が入ってそのなかを歩いて行う。
船から色んな荷が上げ下げされていて、その荷の数の多さにイングマルは釘付けになった。
馬車の数十台分はあろうか?これだけの荷を運ぶのは馬車なら余程大きな隊商を組まねばならない。
それほどの量の荷を一度に運べてしまう。
港の沖にとまっている船はさらに大きい。
イングマルは大小の船にただただ圧倒されていた。
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