第184話 さまよう刃
皆と別れてすぐに一旦イングマルは東へ向かい、国境を越えて隣の国へ出た。
後を付けてくる者が居ないか確認するためだった。
追跡者が居ないことがわかると国境沿いを移動しながら、すぐ国境を戻り王都へ向かった。
王都では北方の盗賊団の討伐の戦勝にいまだ賑わっていた。
野次馬やら見物人の多くいるところを同じような見物人として見て回り、すっかり有名人となっていたヴァーベルト公爵の長男というのを、遠くから眺めた。
すぐにわかった。兄弟はよく似ていた。
長男の方が利口そうである。
数日、野次馬に混ざって長男を観察して屋敷の周りを見ていた。
出入りする人をよく観察し、長男によく会っている人をチェックしていく。
何日も観察していると、重要人物が絞られてきた。
その一人一人を調べて行った。
一人は側近、一人は王宮の官僚、一人は親戚の者、そして一人は御用商人だった。
さらにもう一人、御用商人と行動を共にしている初老の男がいた。
イングマルは初めて見る者だが、誰かはすぐにわかった。
ジャンポールから託された書類のトップに乗っていた人物、ニコラス・エランその人だった。
砦の村の戦いから生き延び、再び権力者に取り入って再起を図ろうとしていた。
イングマルの予想した通りだった。
自分が彼ならどうするか?と考えた。
イングマルは彼の行動をよく観察し、行動パターンを把握すると彼の専属の馬車の御者を見つけ声をかけて連れ出した。
当身を食らわせ気絶させて縛り上げ、服を剥ぎ取り納屋に放り込んでおいた。
イングマルは御者の衣服に着替えると、何食わぬ顔で馬車の御者になりすました。
ニコラスを待っていると雨が降ってきて、ボロ布を頭からかぶった。
いつものように公爵の息子の屋敷から出てきたニコラスは、雨を避けるため急いで馬車に乗り込んだ。
ニコラスは一人興奮して「全てうまくいった!」と喜んでいた。
北方の討伐軍の一部を、イングマル退治に回してもらえる手筈になったと言う。
「さすが旦那様。いつも見事な手筈ですね。」とイングマルは微笑みながら言った。
いつもはほとんど話さない御者が珍しく話をするので少し驚いていたが、ニコラスは上機嫌である。
「ああ。一からやり直しだが、奴さえ片付けてしまえば後は何とでもなる。
また新しい拠点を作って、すぐ取り戻せる。」
「まあ、ガキのくせに大した奴だったが、自分以外にあんなのがいてもらったら困るからな。」と独り言のように言った。
「そうですか。でもいなくなってしまえば、張り合いがなくなるんじゃないですか?」と御者は聞いた。
ニコラスは「フン、たかが小僧一人に。倒した後はやることは山ほどある、すぐ忘れてしまうもんだ。」
「ところでどこへ向かってる?いつもと違う道だな。」
そういって御者を見たが、いつもと違う人物とやっと気がついた。
ニコラスは焦って「だ、誰だ!お前は!いつもの御者はどうした!?」と叫んだ。
御者は微笑んだまま「彼なら急用で。代わりに僕が来ました。」と答えた。
ニコラスは「そ、そうか。お前は友人か何かか?」と少し安心したように聞いた。
御者は微笑んで「僕はイングマル。イングマル・ヨハンソン。」
「やっと会えましたねー。ニコラスさん。」と答えた。
ニコラスは一瞬分からなかったがすぐに驚いて「き!貴様!どうやって!?」と叫んだ。
イングマルは微笑んだまま「あなたにいてもらっては、この後何かと不都合でしてね。」と言った。
ニコラスはひきつった表情で「ど、どうするつもりだ!?」と聞いた。
イングマルは「みんなの所に行ってもらいます。」ときっぱりと答えた。
ニコラスは「と、砦の村か!?だれがそんな所へ行くか!」と叫んだ。
イングマルは笑いながら「違いますよ。あなたに売られて死んだ者たちのところですよ。
五つの村の人たちも、みんな呼んでますよ。」と答えた。
ニコラスは歯ぎしりしながら「き、貴様・・・・・・」とつぶやいた。
イングマルはニコニコと「剣がいいですか?それともロープ?お薬という手もあるか。」と嬉しそうに聞いた。
ニコラスは「ふざけるな!誰が貴様なんかの手にかかるか!」と叫んで馬車から身を乗り出して飛び降りようとしたが、気が付くと橋の上にいた。
とても狭い木橋で、慌てて飛び降りれば川に落ちてしまう。
ニコラスは慌てて身を引っ込めた。
イングマルは構わず馬車ごと川へダイブした。
外にいたイングマルは、すぐ馬の留め具を外しその馬に捕まって泳ぎながら、川岸にたどり着いた。
馬車は一瞬で沈んでしまい、雪解け水で増水し深くて冷たくて広く流れの速い川からは何も浮かんでこなかった。
翌日、ニコラスの屋敷に馬だけ戻っていたが、ニコラスも馬車も行方不明になってしまい知り合いの間ではニュースになっていたがすぐ忘れ去られた。
軍のイングマル退治という話もうやむやになってしまった。
今は、北方の討伐に討ち漏らした残党が再び城に立て籠り、新たに体制を立て直そうとしている。
その話題でもちきりであった。
イングマルはどこへ行くというあてもなかったのだが、自然と足は北へ向かっていた。
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