第89話  ラウラの帰還









盗賊団を撃退した後、みんなはより一層戦闘訓練に力を入れるようになっていた。


盗賊との戦いだけでなく、一般の男であっても油断できないことがわかると全く隙を見せることはできない。



練習ではうまくいくのに、本当の戦いでは半分も力を発揮できない。




イングマルは「練習あるのみ。」としか言わない。


焦ってしまうと普段なんでもないことがうまくいかなかったりする。




しかし初めの頃何もできなかった時と比べれば、もう彼女たちは1つの戦力となりつつある。



イングマルとは比べるべくもないが50人近いクロスボーの一斉射撃は、相手にとっては恐ろしいものである。




イングマルがいなくても彼女たちだけで対応できるようになればいいのだがこればかりは理屈でどうにかなるものではなく、訓練と経験を積んで自らを鍛えてゆくほかない。



イングマルは少しでもプラスになればと、馬車の荷台に取り外し可能な盾をつけていちいち屈まなくてもいいようにした。



良い板材は手に入れにくいので葦や柳を何重にも編みこんで束ねたものを使って至近距離からクロスボウを射って、貫通しないようにテストを繰り返した。



火矢を使われると燃える可能性があるので表面にねんどをぬり込み、さらにその上から漆喰を塗りこんだ。



そのままでは白くて目立つので、上から彼女たちは思い思いの絵や模様を描いていた。






イングマルは麦わらの束でかかしを作り、ヒモにつないで馬で曳きながらみんなに流し射ちの訓練をさせる。



流し射ちは横方向に移動する標的を撃つのだが非常に難しい。



標的の速度と距離を見計らってクロスボウを標的の動きに合わせて動かし、標的を追い越しながら矢を放つ。



矢を放つときには、何もないところを撃つことになる。



タイミングが合った時は、標的に吸い込まれるように矢が飛んで行く。



命中したその瞬間は実に気分がいい。


戦闘のためではなく、スポーツとしてならとても楽しいものになるのだろうが彼女たちには生きるため身に付けなければならない技術である。


楽しんでいるゆとりは無い。




ローズら数人はもともとセンスが良いのだろう。



たちまちタイミングの取り方をつかんでいた。



すっかり上手になったローズも皆に教えれるようになった。



口下手なイングマルが教えるよりもローズが教える方が上手にいく。







連日移動と戦闘訓練に明け暮れていたがやっと次の目的地、ラウラの村に近づいてきた。



村とは言え進歩的な設備があり、上下水道が村の中心部に完備されているという。



いつものように到着前日に晩餐を開いて、ラウラとのお別れのパーティーを開いた。



少し不安だったけれどみんな励ましてくれて、帰れる喜びとみんなとの旅が終わるという寂しさを感じていた。






翌朝みんなで素振りの稽古を行い、ラウラはイングマルに短剣とクロスボウを返そうとしたが、イングマルは「お守りがわりに持っていって。」と言ってきた。









やがて村に近づくにつれて、火事の後のような焦げた匂いがしてきた。



村に到着すると辺り一面、焼け野原だった。


誰もいなかった。





しばらく経っているのだろう、雑草がはびこっている。





ラウラは「本当に自分のいた村なのか?」よく分からなかったが広場跡に渇れた見覚えのある噴水があるので、やはりこの村だった。





ラウラが盗賊にさらわれてから数ヶ月たってはいたが、この間に何があったのか?



イングマルはみんなに「ここにいて。」といい、馬に乗ってあっちこっち見て回った。



よく見てみるとそれぞれの家には家財らしきものは残っておらず、死体らしいものもない。



どうやら村は放棄されたものらしい。



ラウラの家跡にも行ったが、何にも残っていなかった。








ラウラもみんなも訳が分からなかった。



イングマルは近くに誰かいないか探してみたが誰もいなかった。






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