第62話  盗賊狩り3



 




 盗賊団のリーダー格の男が、前に出て叫んだ。






「我は貴族、ラーゲル家の末裔、騎士のエミール・ルベルである !!



1対1の勝負がしたい !!



我こそはという者は名乗り出よ!」と叫んでいる。






うそか本当かわからないが、没落した貴族の末裔らしい。





前線の後方にこの作戦の総指揮官のなんとかという伯爵がいたが、このことを聞いて「そんなもんに構わず、さっさと全員討ち取れ!。」と言っている。




最前線には傭兵はいるけれど、貴族は誰もいない。




身分的に釣り合う相手はやはり伯爵なので、みんな伯爵を見つめ”相手したれよ。”と目で訴えたが、伯爵は知らんぷりしている。




確かに今更一対一の勝負など無視して良いのだが、相手は「一対一の勝負は怖くてできんのか!臆病者め!」と言って叫んでいる。





新人のアルベルトが我慢できず「俺が行く!」と言って出ていった。



「おれは商人のアルベルトだ!相手してやる!」と名乗り出る。





相手は「まいる!」と豪快に剣を打ってきた。




アルベルトも同じように打ちこむ。










はげしい打ち込みが続いたが相手の強力な下段からの跳ね上げでアルベルトは剣を跳ね飛ばされてしまった。




そのまま彼は、転げるように逃げて戻ってきた。







相手は「いやしい商人ふぜいが、オレを倒せるものか!」と叫んでいる。




「次は誰だ!他にはいないのか!」






みんなはまた伯爵を見つめるが「早く矢を射続けて、討ち取れ!」と騒いでいる。





みんな「どうしよう?」と互いに困った顔を見合わせた。










イングマルが剣を持って前に出た。



みんな「おい!やめとけ!」というが、構わず丘を登って行く。






エミールは「ガキの出る幕ではない!ガキでも容赦しないぞ!」という。





イングマルはエミールにだけ聞こえるように「僕の本名はイングマル・ヨハンソン。


マクシミリアン学園の剣術試合に優勝して、剣士の称号を受けた。


騎士と同等の身分です。」と言った。





エミールは「ほう。だが子供のお遊戯に勝ったからと言っても、我には通用せんぞ。」




イングマルは剣を構えた。






イングマルは「もう勝負はついているのだから無駄なことをせず、降伏したらどうですか?」と聞いてみた。





「捕まえれば拷問の末、火あぶりか斬首だ。



ならば最後までやる。」と言った。







「高貴な身分だったのに、どうしてこんな事を」と聞いてみた。










「これは世直しだ!」




「よく聞け、小僧! この世は理不尽だ! 理不尽な悪意に満ちている!。



本当の苦しみや悲しみは、それを経験した者にしか分からない。





すべての人がその苦しみ、悲しみを経験することで本当に大切なものは何なのか、わかるようになる。




多くの人が死んで全ての人が苦しみ悲しんで、この世が瓦礫野原とならなければならない。





その瓦礫の中から、本当に未来を生きる資格を持った者が生まれるのだ。




未来のために、今、この世のすべての者に破壊と恐怖、苦しみと悲しみを与えるのだ!」と叫んだ。





イングマルは半分も理解できなかったが「神にでもなったつもりか!」と聞いた。




男は笑いながら宙を見て「俺にはそれを行う資格がある!使命があるのだ!」と叫んでいる。





「ハハハハハ!地上の者、全て死ぬべし!」と叫んでいる。







エミールは斬りかかって来る。




イングマルはすべてかわす。







「かわすだけでは俺は倒せんぞ! 神に選ばれし我を倒してみよ!。」










彼の間違った思い込みを断つには、言葉や文字は通用しない。



完膚無きまでに、相手を倒さなければならない。







イングマルはかつて自ら編み出し封印した、必殺剣を使うことにした。










10mほど距離をとって、低く身をかがめる。




勢いよく駆け出すと宙を飛び、イングマルの体が1本の槍のようにまっすぐに伸び、加速と重量のすべてを剣先に集中させる。





相手は剣で払おうとしたが宙を浮いているイングマルの体は力の逃げ場がないので全く弾けず、そのままエミールの胸の甲冑を突き抜け、剣の鍔まで入り二人とも一緒にはじき飛ばされていった。








イングマルは起き上がり、剣を引き抜いた。







エミールは笑みを浮かべたまま「見事。」とつぶやいた。







「礼を・・・礼を申す。・・・。ああ・・カヨ・・やっと・・やっと会え・・・た・・・。」






そう言って微笑んだまま死んだ。






他の者たちはそれを見ると、次々と降参した。





エミールの生い立ちやどんな半生だったか、誰も知らなかった。










この一連の戦いでフェルト子爵配下の盗賊団は、エストリアからほぼ一掃された。










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